カルガモ親子から始まる恋カルガモの親子が歩道で歩いていた。高校3年生の男子生徒が急いで携帯で連絡を入れた。どこに電話すればいいかわからなかった池場(イケバ)はとりあえず110に電話をかけた。
すぐに交番から駆けつけてくれた男性は20代後半の見た目で、ガッシリとした体躯をしていた。
「よし、いいぞ。このまままっすぐ行けば池につくぞ」
カルガモに向かって話している警官から目が離せなくなっていた。
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翌日
「やぁ、君は昨日カルガモの電話をくれた子だね。こんにちは。どうしたんだい?」
「あ・・・の・・・」
池場の声は震えていた。用意した菓子を右手で押し出すようにサっと出す。
「あっ、抹茶クッキーかい?ありがとう。大好きなんだ、抹茶味のお菓子」
喜ぶ顔を見て、池場はホっとした。
「昨日の・・・カルガモを池まで送ってくれたお礼です・・・」
「いいんだよ。お礼なんて。仕事だしね。でも、もらえるものはもらっとかないとね。あ、本当はこういうのもらうと上司に怒られるんだ。ナイショね」
「あ・・・ウ、ウス・・!」
翌日、そのまた翌日も一人でいるときを狙って池場は菓子を届け続けた。
来るなと言われるまで行こうと決めた池場だったが、半年経過した今も一度も拒否されることはなかった。
「わ、今日はマドレーヌかあ。本当に器用だね。こんなに難しいお菓子が作れるなんて。将来はパティシエを目指してるのかい?」
「ぇっ?い、いや・・将来は・・・特に何も」
「もう高校三年生だって言ってたよね。来年は大学生になるの?」
「いえ・・・どこか就職できればとは・・・思ってます」
「そっか。ならさ、ぼくんちの料理人として就職する?・・・なんて」
「しゅ、就職します」
「え」
「お、おれ・・・あなたのとこなら・・無給でもいい・・」
「え・・・」
「お、おれ、カルガモと一緒に歩いてるの見て・・・惚れました・・・」
「ハイ?!」
「迷惑だったら・・・スンマセン・・・!でも、あなたの家でご飯、作れたら死んでもいい・・・!」
「死んでもって・・・いや、さっきのは冗談で・・・」
「え・・・冗談・・?」
池場の顔がみるみる顔が赤くなっていった。
「すいませんでした・・・!」
池場がダッシュで交番から出ようとした。
「わ、あ、ちょ・・と待って」
逃げる人間を捕まえるプロだ。警察官、中野は言った。
「キミ、もしその気持ちが本当なら・・・高校を卒業した後その言葉、もう一度僕に言ってくれるかな」
「・・・!」
池場が驚きでへたりとその場で座り込む。
「最近気になる子ができたんだ。料理が上手で、カルガモの心配ができる、純粋な子」
「・・・へ」
ダバ、と池場の目から涙が出る。
「はは、泣いちゃったね」
中野が手元のティッシュで池場の目元をぬぐう。
「ひぐ・・・ッウソみたいだ」
「嘘じゃないさ。でも、僕の気になる子はまだ高校生でね。告白もできない。君なら理解してくれるよね」
「・・・ひっく・・・・はい」
「良かった。僕に永久就職するのはまだ早いから、とりあえずは週一のアルバイターとしてうちに来てくれるのはアリかな」
「はい・・良いですけど・・・いつからですか?」
「うーん。次の土曜日からなんてどうかな」
「え」
「週2がいいんだけど、僕まだ新米だからあんまりお給料出せないんだよね」
「いいえ・・・給料なんか、いりません」
「そうかい?」
「そうです・・・」
先ほどまで泣いていた池場の目元がだんだんと赤くなる。
「そっか。ありがとう。食費は全部僕が出すから、手ぶらで来てね。住所はココ」
「あ、ありがとうございます・・・ウチの近所だ」
「そうなの?すごい偶然。じゃあ、次の土曜日、よろしくね」
ぎゅ、と両手を握られて、池場は顔が溶けるような思いをした。
fin.