社長と工場勤務男性の初めての恋眼鏡がよく似合うオールバックの男が両腕を組み、とある従業員にくどくどと説教をしていた。
「なぜ貴方のような人がこの会社にいるのか理解できませんね」
「はいはい、すみませんでしたね、不相応な従業員で」
「不相応とまでは言っていない。きちんとした言葉遣いで話せないのかと言っているんだ」
「敬語なんてまともに使ったことねえ・・・中卒なんで勘弁してださいよ。これでも綺麗なコトバ選んで説明してるつもりなんです」
次期社長の染屋敷 句朗(そめやしき くろう)はいつものごとく北見に小言をたたいていた。
染屋敷は主に子供用の玩具を製造して大きくなった会社である。
しかし年々ネットゲームに需要が傾き、子供用玩具の売れ行きが怪しくなってきた。
そこで、何か社の発展を大きく前進させる案が無いかと行き詰まりを感じた社長はコンサルタントに頼ることにしたのだ。
現役コンサルタントをしている息子に。
会社を継ぐことよりも経営コンサルタントの道を選んだ息子とは仲が悪かったが、今回の経営悪化について会社の未来について息子と話していくうちに関係が良好になっていった。
通常のコンサルタントを雇うと数百万はくだらないと説明され、父は息子にすがる思いでなんとか会社を立て直してほしいと願った。
息子である句郎は父の頼みにこたえ、コンサルタント業を続けながら時期社長としてほぼ無償に近い料金で会社の運営のサポートをすることになる。
「アンタ次の社長になる人なんですよね?なんで俺らとおんなじ作業着来て仕事してるんですか?」
「仕事に混ざって、どれぐらいの仕事量か調べるためです」
句朗は自社が持っている工場を各箇所を回り、社内のコストになる面を調べることにした。
まず第一歩として全体で5%のローコストを掘り起こすことにしたのだ。
工場にはろくに仕事をしないで部下に職務を任せている上司がわんさかいた。
まずは給料泥棒のリストラと、設備品の棚整理から一斉に始めた。
9割のおもちゃ工場にこの取り組みをし、ラストのおもちゃ工場が今いる場所となる。
「ははあ、なるほど。この工場でどれぐらい人がいるか調べて、いらない人間をリストラさせるってわけですね」
「まあ、そんなところですね」
今年30になる北見はこの染屋敷会社に勤めて14年目。長く真面目に仕事をしていると、人間の奥底の考えが読み取れてくる。
この工場に来た初日から句朗は人手が多すぎるため人員を削除し、機械に切り替えた方がいいだの、工場内はもっと清潔にした方がいいだのと色々と文句を言うたび、北見が相手をし、対応をしている。
北見は下っ端の位置ではあるが、工場のことを誰よりも熟知していた。そして何より、工場にいる全員が次期社長と対話するのを控えたいと考えていた。なぜなら今回の句朗の見学は人員削減のために見回りにきているようなものだと社員全員が知っていたからだ。
何かヘタなことを言えばリストラに合うのはわが身かもしれない。
そんな理由で全て対応は北見に任されていた。
北見は学歴は無いがおもちゃ工場の運営については誰よりも詳しい。季節によってどんな玩具が好まれるのか、時代の変化でどんな玩具が廃れていったのか、そして社内の管理状況についてなんでも語ることが出来る。北見は対等にコンサルタントの句朗と話ができていた。
「まあ、いいでしょう。貴方の話は興味深い点がたくさんありました。今夜飲みにでもいきましょう」
北見は驚いた。てっきり嫌われているものだとおもっていたからだ。少し安堵した。
「俺なんかでよかったら、よろこんで」
句朗はフッと笑った。
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「お待たせ、ちょっと待たせちまったかな・・・すみません」
「いや、かまわないですよ。焼き鳥と海鮮、オススメのお店があるんです。どっちがいいですか?」
「えーと、・・安いほうで」
「じゃあ焼き鳥にしましょうか」
リストラ対象と、社内の効率化推進、会社のブレーンになり得そうな人材の発掘を社内から厳選すべく自社が持つすべての工場を回ってきた。
今回の目的は悪い方向へ傾いてしまった会社の業績を上げるために動いていたのだが、とんでもない掘り出しものを発見した。
北見という男は工場の流れをすべて熟知しており、今後はこういうおもちゃが流行になるかもしれない、またはオンラインゲームと実際のおもちゃを無線で連携させた商品はどうか、といった提案もしてきた。
そしてプレゼンもうまく、コンサルタント営業をしている句朗ですら驚く提案力を持っていた。
言葉が少しビジネスの常識には欠けているが、それを気にさせないほどの魅力を北見は持っている。
なにより顔が句朗のタイプど真ん中。
恋愛対象にならないわけがなかった。句朗はあまのじゃくで、好きな男に対して無駄につんけんとした態度をとってしまうことがある。直さなければならないことは自分自身でわかってはいるものの、好きだと意識するとどうも自制心が聞かないのだ。
「俺、飲み屋に入るの初めてです」
「はは、北見さん、あなた面白い冗談を言いますね」
最後の工場で運命的な出会いを句朗はしてしまった。
句朗は好きであればあるほど、最初のうちはネチネチと小言を言ってしまうタイプでなかなか素直になれない。
こんなことを言いたかったわけではないのにと何度後悔したか知れないほどに。
一度仲良くなってしまえば天邪鬼は止まるので、勇気を出して意中である彼を飲みに誘ってみた。
そこで、意外なことを知ることになった。
「アルバイト?!15から働いてるのに?」
「そー・・・」
北見は酒に弱く、敬語を使えないほど酔っている。
「自給、940円で・・・」
「自給制?しかも安すぎるだろう!北見さんの上司は何をやっているんだ!十何年もいれば昇給しまくっていいだろうに。転職しなかったのが不思議です」
「俺・・なんか、どこ行っても雇ってもらえねよ・・・自給で働かせてもらってるだけで・・・ありがた・・・い・・・」
コテン、と頭を後ろのふすまに預け、ぐー、と眠りに入ってしまった。
「あっ、寝ないでください、貴方まだ話は終わってませんよ。というかまだ飲み始めて30分しかたってないのに・・・」
一緒に酒を飲んだはいいものの、北見は酒をほとんど飲まない生活を送っていたらしく、ビールを一杯飲んだだけでつぶれてしまった。
仕方が無いと諦め、携帯を取り出し、タクシーを呼ぶことにした。北見のサイフから個人証明書を取り出し住所を確認する。
酔っ払いをおぶって通知カードに記載されている住所をタクシーの運転手に伝えた。
タクシーから降りた際、本当にここなのかと絶句する。
洗練された優雅な暮らしをしてきた句朗からすれば北見の家は目を見張る外観だった。
着いたアパートは予想していたものより古く、狭い建物だった。
木造住宅で、年季が入っているため歩くたびギシギシと床が悲鳴を上げる。
「大丈夫か・・・このアパート」
いくつかの部屋の窓が割れており、また一部の部屋にはどこからか飛んできた看板が突っ込まれたままだった。
先週、記録的な大きな台風があったが、そのときに破損したようなあとがいくつも残ったままだった。
「修理も行き届かないようなアパートに住んでいるのか・・・」
歩くたびにギシギシと音がなる木造住宅だった。
「今時こんなに古いアパートもあるんだな・・・」
役に立つ日は来ないが、人間はこのようなボロ家でも住むことができるものなのかと勉強にはなった句朗だった。
玄関には家族写真が飾られていた。
北見がまだ中学生の写真のようだった。
ぐったりとしている北見を畳の上に横たわらせる。
「布団はどこだ?」
ふすまをスライドさせ、収納場所で敷布団を発見した。
「一組しかないか・・・」
時刻は夜の9時だった。
このまま迎えのタクシーを呼んでもいいが、せっかく家まで来たのだから一緒に眠るぐらいなら許されるだろうと考える。
今日は北見の家で泊まることにした。
部屋をぐるりと見渡す。
1DKの家だった。広さはあるが、年期が入っていそうな家の造りではあった。
あるのはタンスと机。
台所には電子レンジと冷蔵庫しか見えない。
殺風景な部屋に自分の生活と比較してみる。
「男で30歳になってこの生活は・・・ちょっと同情するな・・・なぜアルバイターなんだ?」
「警察のお世話になっちまったからだよ」
「わっ、起きていたのか、驚いた。・・・警察の世話何か犯罪を犯したのか」
アルバイトに敬語を使う必要が無いとおもったのと、北見が先ほどから敬語を忘れているため自分もタメ口で話すことにした。
「人を・・バイクで・・・事故っちまった・・・」
「相手は・・・?」
「・・・足ケガさせた。そのひいた相手がお得意様の息子さんでよ・・・社長から、社員にはしないし、昇給も今後いっさいナシにするからなってすげえ怒られたんだ・・・嫌なら転職しろって」
「父がそんなことを?」
「ああ、きびしいなって最初思ったんだけどさ、怪我したソイツ、もともと足悪くなるまでサッカーやってて・・・事故のせいでサッカーが思いっきり出来ない体に・・・」
グッと声をつまらせ、言い切る前にズビっと鼻をすする音が聞こえた。
察した句朗は机の上のティッシュ箱を渡した。
「さんきゅ・・・半年くらい刑務所で反省して、もう一回働かせてほしいって土下座して、雇ってもらったんだ。出所したあと本当に仕事無くて・・・前科持ちの俺をまた雇ってくれて、本当に感謝した。だから、クビとかになるまで、恩返そうっとおもってる。給料は安いけど、ぜんぜん良いんだ。いま、幸せだし、ほんと、ぜんぜん・・・」
またコテンと頭の力を抜き、完全に眠りに入ろうとしている北見の額を撫でる。
もう一度部屋を見渡した。
店に入る前に入念に財布の中身をチェックしていた北見の姿を思い出す。
あれは金が足りるかどうかの確認だったようだ。
「そんな環境で幸せだなどと本気で思えるわけがないだろう・・・」
「しあわせ・・・だぞ・・・」
まだ眠りきっていないのか、返答する北見に対してフっと笑みがこぼれる。
染屋敷はこのノリで告白をしたらどうなるか試してみた。卑怯だが、北見にとって自分と付き合うとメリットが大きく、なにより北見のように懐の大きい人間なら性別関係なく愛してくれそうだと感じた。
「北見、私と付き合わないか?」
「つき・・あう?」
うっすらと目を開けている。
寝ぼけているような顔だ。
「ああ。どこかに付き合ってくれと言っているんじゃないぞ。恋人にならないかと聞いている」
「・・・ん・・うれし、けど・・・だめだ・・・俺なんか・・・と」
嬉しい、という言葉に今にも浮いてしまいそうな気分になる。
「なぜダメなんだ?」
「染屋敷・・・さんは俺なんかには・・・もったいない・・・」
「質問を変えよう。私とキスができる?」
「・・・ん」
コク、と頷き、その後はいくら質問しても眠りから戻ってこなかった。
眠った男の頭を撫で、ガッツポーズをした。
翌日、既成事実を装った染屋敷はだますように彼を自分の恋人にする事が出来たのだった。