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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    ベスティ ワンライ

    第29回お題「HELP」お借りしました
    ノンバーバルな二人

    ##ベスティ

    NUJV スマートフォンに吹き込まれた声は、そのままではなく、似た音声に置き換えられて電波に乗ってくるらしい。耳元に響くこの声は持ち主のものそのままじゃない、感情も……そう思おうとしたところで、キンキンと響く金切り声は俺の鼓膜にそのまま響く。二万ヘルツにも近いんじゃないか。頭が痛くなってくる。

    『約束を破るつもり!? こっちは一ヶ月近く待たされてんのよ!』
    「ごめんって。俺も色々忙しいんだから……」
    『一ヶ月前の約束より大事な用事って一体何なの!?』

     教えなさいよ、と迫る声が、俺の良心を切りつける。彼女の言うことはごもっともなのだ。このところ疎かになっていたクラブのイベントへの出演を求められ、じゃあ月末に、と適当な返しをしたのがおよそ一ヶ月前のこと。丁度ハロウィーンの準備をしていた時期で、とてもそれどころじゃなかったのである。流石に十一月末にもなれば都合はつくだろうと、それは事実だったのだけれど、多忙に紛れて口走った日程は忘却の彼方。当日の夕方になって怒りの連絡を頂戴し、すっかり丸腰で途方に暮れている。

     どうしたもんかな、と腰に手を当てた。雑音を垂れ流すスマートフォン。きっともうクラブには客が入り始めているんだろう。物理的に赴くことは不可能ではないけれど、準備の疎かな取り繕ったプレイをすれば、自分が一層不快な気分になることは目に見えている。かといってでっち上げの用事を作り上げても、ファンの情報網とは恐ろしいもので、嘘がばれればただでは済まされないことが予想できた。本当にどうしたものか。


     と、談話室の向こう側、観葉植物の隙間から、ぴょこぴょこと跳ねるオレンジ色の頭が覗いているのに気がついた。パトロールから戻ってきたところだろうか、グレイと話をしながら歩いていく。このままではエレベーターホールの方に行ってしまうだろうから、癪ではあるがこの状況、もう便利屋に縋るよりほかはない。

     スマートフォン耳から離し、両腕を大きく広げた。ゴーグルの面がこちらを向いて反射する。手旗信号 “N” “U” “J” “V”……即ち “HELP”! ビリーはすぐさまサムズアップで応えた。お助け可能な情報屋を名乗るなら、このくらいは解けてくれなきゃ困ってしまう。


     グレイの背をポンと押して向かってくるビリーを、電話の向こうに生返事をしながら眺めていると、大分手前で耳元に指さされた。小首を傾げているから、頷いてやる。両手の人差し指を上下に向けて、下の指を右回りにぐるりと一周させた。極めつけのウインク。ビリーが口角を上げる。

    「フェイスさん!」

     足音を立てながら近づいてきたと思えば、急に腹から声を出す。スマートフォンを少し離した。

    「何、オスカー」
    「そろそろ支度をしないと、パーティーに遅れますよ。ご両親もブラッドさまも、もうお待ちです」
    「はいはい、分かってるってば……」

     笑いそうになるのを何とか堪える。ビリーの表情筋も震えている。肉声はあまり似ているとは言えないけれど、少し離れたマイクなら、似た音声を電波に乗せて届けてくれるはずだ。電話やラジオを介して聴けば、充分オスカーに聞こえただろう。

    「ね、そんなわけで、家の都合ってヤツ……じゃあね、本当にゴメン」

     通話を切って、息を吐く。肺から空気が抜けると、横隔膜が痙攣して、笑い声が勝手に溢れ出た。

    「アッハハ、助かったよ、オスカー」
    「ンフフ、俺っちにかかればこのくらいは朝飯前! どう、大正解だったでしょ?」
    「はいはいっと……で、今のはいくら?」
    「DJは話が早いナ〜!…… じゃ、俺っちのおかげで手に入れた自由、俺に頂戴?」

     ええ、と文句を言おうとしたところで思い留まる。どうせ外にも出られないし、面倒事を避けてはみたけれど、結局暇を持て余すだけの空き時間だ。

    「ノンバーバル・コミュニケーションはベスティにだけの専売特許……なら、DJにしか無いもので支払ってもらうしか無い、よネ?」

     言いながら見せてくる卑猥なハンドサインに、言葉は無くとも真意を推し量ることができてしまう。経てきた月日の長さをひしひしと感じながら、俺は一発友人の頭を殴りつけた。


    Fin. 2021/11/29
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    お箸で摘む程度

    TRAINING研究部
    感覚からヴィクターを想起してみるノヴァのお話。
    move movement poetry 自動じゃないドアを開ける力すら、もうおれには残っていないかもなぁ、なんて思ったけれど、身体ごと押すドアの冷たさが白衣を伝わってくるころ、ガコン、と鉄製の板は動いた。密閉式のそれも空気が通り抜けてしまいさえすれば、空間をつなげて、屋上は午後の陽のなかに明るい。ちょっと気後れするような風景の中に、おれは入ってゆく。出てゆく、の方が正しいのかもしれない。太陽を一体、いつぶりに見ただろう。外の空気を、風を、いつぶりに感じただろう。
     屋上は地平よりもはるか高く、どんなに鋭い音も秒速三四〇メートルを駆ける間に広がり散っていってしまう。地上の喧噪がうそみたいに、のどかだった。夏の盛りをすぎて、きっとそのときよりも生きやすくなっただろう花が、やさしい風に揺れている。いろんな色だなぁ。そんな感想しか持てない自分に苦笑いが漏れた。まあ、分かるよ、維管束で根から吸い上げた水を葉に運んでは光合成をおこなう様子だとか、クロロフィルやカロテノイド、ベタレインが可視光を反射する様子だとか、そういうのをレントゲン写真みたく目の前の現実に重ね合わせて。でも、そういうことじゃなくて、こんなにも忙しいときに、おれがこんなところに来たのは、今はいないいつかのヴィクの姿を、不意に思い出したからだった。
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