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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    ノヴァとヴィクター
    シオンさんが亡くなった後の話
    第二部一章を経ての妄想です 非常に精神状態が良くない

    ノヴァはヴィクの抱える矛盾に気づいていたけど、実際そこに甘えてた部分もあるんじゃないのかな

    Travers le Voile 如月シオンが亡くなった直後のノヴァの様子を、私はほとんど覚えていない。正確には、覚えていないわけではない。私の中に強く強く焼き付いて、フラッシュを焚きすぎた写真のように、真白く飛んでしまっている。
     ノヴァの涙や慟哭、そしてそれらを隠そうとする姿勢、結局隠し切れない端々の言動。それを薄いヴェール越しに受けて、私はどうするべきなのだろうと、一歩引いた場所に立ち竦んでいた。

      “普段通り”が何を指すのか――普段通りではない状況にあるとき、私は常にその問いに取り憑かれている。普段通りの私の振る舞い。それが普段の状況に即したものであるならば、その私が普段通りでない状況に置かれたとき、果たしてどんな風に振る舞うのが正解であろう。ヴェールを挟んだ私の世界。感情を露わにするノヴァの姿が、その時私を、強く強く揺さぶった。ヴェールが剥がれそうになる。私はそこから顔を背ける。





    「ヴィク~、いやぁ、色々迷惑かけちゃってごめんねぇ~」

     忌引き休暇を経たノヴァは、あまりにも普段通りの様相だった。ドカリと二人掛けソファの真ん中に腰を下ろす。

    「……今日から復帰でしたか」
    「そうそう。まさか半月も休めるなんて思ってなくてさぁ、絶対仕事溜まっちゃってヤバいよねぇ!?」
    「貴方の分の仕事は既に他の人員に割り当てられています。個人的なことは知りませんが、仕事に関してはむしろ、貴方のすることは今特にありませんよ」
    「えぇっ、そうなの!? そっかぁ、それなら俺は、シオンの研究の続きでも引き継がせてもらおうかな」

     うんしょ、と体勢を変えるノヴァを、思わず振り返った。ノヴァはソファに伸びたまま、ノートパソコンを膝に広げている。

    「さ~てと、何だ、進捗報告から見れるんだっけな?」
    「ノヴァ」
    「ありゃ、そうか、これ個人の研究データの始末とか、部長権限でやんなきゃなんないのか~」
    「ノヴァ」
    「うわ~っ、どうしたらいいんだ~? 父さんの時は正式におれが継ぐ形だったから特に躊躇いもなかったけど、一研究者のデータを勝手に見て勝手に判断するなんて……ゴメン、シオン! 開けさせてもらうよ!」
    「……ノヴァ」

     立ち上がると、ノヴァはようやくこちらを向いた。

    「ヴィク。……ヴィクまで、そんな態度はやめてくれよ」
    「……」
    「ここに来るまで皆、腫れ物に触るかのようにおれを扱うんだ。そりゃ、そうなるのもしょうがないけどさ。でもなんか疲れちゃって、ヴィクなら普段通りにしてくれるかなぁって、ここに来たんだ」

     ノヴァはノートパソコンを閉じて小脇に抱え、腰を上げる。白衣には珍しく糊が効いていて、左手の薬指には指輪が嵌っていた。

    「仕事中のところにごめんよ。じゃ、また何かあったら来るから~」

     へらりと笑って、ラボを後にする。音を立てて自動ドアが閉まった。ノヴァの鼻歌が追いかけてくる。
     私は再び椅子に腰掛けて、中途半端なところで止まっているプログラムを一旦終了させた。
     何故か涙が出そうだった。





     あれからノヴァは、前にも増して私のラボへと足を運ぶようになった。ニューイヤーが一段落した今こそヒーローたちの休暇取得期間であり、皮肉なことに研究部も常にないほど安寧の日々を送っている。きっと、忙殺された方が有難いだろうに、冬の低い日差しに当たってぼんやりと過ごす時間が、有り余るほどに多かった。

    「シオンはさ~、この時期が一番好きだって言ってたんだ。ほどよく仕事してほどよく遊べるって。確かに一番暇が多い時期だから、それでこの時期に入籍しようとしてたんだよね」

     芳しい香りが立ち上ってきて、私はカップを温める湯を零した。ゆっくりと飲めるように、このところはエスプレッソではなくドリップコーヒーを淹れる機会が多い。頂き物の質の高いブレンドも、ノヴァの菓子に合わせられるのはやぶさかでないだろう。トレーに乗せて運べば、持参したクッキーを摘まんでいたノヴァは、嬉々としてカップに手をつけた。

    「やっぱり、ヴィクの淹れるコーヒーは格別だねぇ」
    「淹れたのは私ではなく機械です。それに、買ったそのままの機能では足りないと、貴方が改造してくれたじゃありませんか」
    「あぁ、そうだったそうだった。ポップコーンパーティーの人数分一度に淹れられるようにしたり、濃さを変えられるようにしたりね」

     いつからか、ポップコーンパーティーの人数が一人増えた。私は居たり居なかったりであったが、ノヴァは必ず声を掛けた。参加すれば喜んだし、参加しなければ悲しんだ。
     私は、ノヴァと彼女の仲がどのように深まっていったのか、詳しくは何も知らない。オズワルドの研究を引き継ぎ、それに没頭してからは、感情の起伏を避けられないことには出来る限り関わらないよう努めてきた。ノヴァと彼女が恋愛関係であると聞いた時にも、婚約をしたと聞いた時にも、驚かなかったと言ったら嘘になる。だが、驚いて、そして何かしら別の感情を抱いたということを認めないように、私はヴェール越しに、努めて普段通りの受け答えを行った。

    「ねぇ、俺さぁ、ちょっと太ったと思わない?」
    「……そうでしょうか? どちらかと言えば、憔悴した分瘦せたかと思いましたが」
    「あ、そう? ならプラマイゼロってことかぁ。いやね、こうしてお菓子作りをしてても、シオンの分まで作るのに慣れちゃっててさ。マリオンやジャックたちにも食べさせてるけど、結局俺が二人分食べてるから、太ったかなぁと思ってさ」

     分かっているなら、一人分減らせば済むことでしょう。そう言おうとして、だが言っていいものか分からずに、私はコーヒーを啜った。その間に巡らせた思考は明確な一つの答えを導き出すことはなく、結局私は口を開いた。

    「分かっているなら、一人分減らせば済むことでしょう」
    「分かってるんだよぉ~……でも今日はもう作っちゃったからさ、ほらヴィクも、食べて食べて」

     ノヴァは嬉しそうにクッキーを押し付けてくる。どうやら正解だったらしい。私はそっとため息をついて、几帳面に厚みの揃ったクッキーを口に入れた。





     その日持ち込まれた良質かつ強大な力を秘めたサブスタンスの検証には、想定以上に時間を要し、ようやく保存できる状態になった時には既に夜明けが近かった。

    「あ~っ、やっっと終わったぁ……!」
    「お疲れ様です。手間はかかりましたが、良い収穫がありましたね」

     夜更けにノヴァに泣きつかれてから数時間。二人で随分と没頭していたため、そんなに経過しているとは思いもよらなかった。事実を確認しただけで急に身体が重さを覚える。ノヴァは普段通り、ごろりと床に寝そべった。

    「ほら、ベッドに行ってください。ここしばらくはきちんと睡眠を摂っていたんでしょう? 習慣づけたほうが貴方の為です」
    「この達成感と床の冷たさのハーモニーがいいんだよ。あ~あぁ」

     だらしない声を上げて床を転がる、ノヴァは何も変わっていない。私はコーヒーを淹れようと、ノヴァに背を向けてコンロへ向かおうとした。

    「あぁ……おれも一緒に死んじゃえばよかった……」

     耳が拾ったその音列。あまりにも普段通りの声音だというのに、聞き過ごせやしないその言葉。勢いよく振り返ると、ノヴァは仰向けに寝転がり、その目元を両手で覆っていた。

    「ノヴァ」
    「別に、本気でそう思ってるわけじゃないよ。でも、ふとした瞬間に考えるんだ。おれは、シオンのいない現実を、普段通りに生きようとしている。でもふとした瞬間、シオンがいないと気付いたときに、俺はやっぱり……」

     手の隙間から瞳が覗く。涙は浮いていないが、ひどく曇り、光のない瞳だった。
     急に私は、ノヴァの姿がよく見えるようになった気がした。ヴェールを脱いで、視界がクリアになったような気がした。
     そんなノヴァに、私は直接言葉を投げる。ごく自然に、そうすることが普通だと思った。

    「忘れましょう」
    「忘れられないよ」
    「忘れずに生きてはいけないんでしょう?」

     ただ純粋に、心の底からそう思った。オズワルドなら、感情なく考えるならと、その前提は今はない。ただ純粋に、私自身が、そう思っていた。

    「忘れずに生きていきたい。でもそれが、できないかもしれない」
    「では忘れる方が先でしょう。何故死ぬ方を選ぶのです」
    「ヴィクも、本当に大切な人が死んだら分かるよ」

     そう言われて、口を噤んだ。立て続けに交わされていた言葉が途絶えて、ノヴァははっとしたように上体を起こした。

    「っごめ……、ごめん、今のは、」
    「いえ……」

     ノヴァは起き上がっだけで何も言わず、結局また顔を覆った。

    「……私の大切な人は皆既に亡くなっています。父も母も、オズワルドも……。いずれも、悲しくもありませんでしたし、涙も出ませんでしたし、忘れるくらいなら死のうと思ったこともありませんよ」

     私はノヴァの隣に立って、心無い、慰めのような形をしたものを投げ掛けた。ぼんやりとその姿を見下す。肩を震わせるノヴァの姿が、一枚の布と薄いガラスを越して、遠く遠くにあるように思える。


     ノヴァの露な感情や言葉が、私のヴェールを靡かせる。
     だが、ノヴァが感じていることの本質は、きっと理解しようとしてもできないものであろう。

     私がそれを理解できるときが来るとすれば、それはノヴァが死んだときであるかもしれないと、私は思った。



    Travers le Voile fin.

     
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    お箸で摘む程度

    MOURNING元同室 生徒会選挙の別Ver.
    .昼休みのカフェテリア、注文口まで続く長い列はのろのろとしてちっとも進まない。ヘッドフォンから流れる音楽が、ああこの曲は今朝も聴いた、プレイリストを一周してしまったらしい。アルバムを切り替えることすら面倒くさくて、今朝遅刻寸前でノートをリュックサックに詰めながら聴いていたブリティッシュロックをまた聴いた。朝の嫌な心地まで蘇ってくる。それは耳に流れるベタベタした英語のせいでもあり、目の前で爽やかに微笑む同室の男の顔のせいでもあった。
    普段はクラブの勧誘チラシなんかが乱雑に張り付けられているカフェテリアの壁には、今、生徒会選挙のポスターがところ狭しと並べられている。公約とキャッチフレーズ、でかでかと引き伸ばされた写真に名前。ちょうど今俺の右側の壁には、相部屋で俺の右側の机に座る、ウィルのポスターがこちらを向いている。青空と花の中で微笑んだ、今朝はこんな顔じゃなかった。すっかり支度を整えて、俺のブランケットを乱暴に剥ぎ取りながら、困ったような呆れたような、それでいてどこか安心したような顔をしていた。すぐ起きてくれて良かった、とか何とか言ってくるから、俺は腹が立つのと惨めなのとですぐにヘッドフォンをして、その時流れたのがこの曲だった。慌ただしい身支度の間にウィルは俺の教科書を勝手に引っ張り出して、それを鞄に詰め込んだら、俺たちは二人で寮を飛び出した。結果的には予鈴が鳴るくらいのタイミングで教室に着くことができて、俺は居たたまれない心地ですぐに端っこの席に逃げたんだけれど。
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    お箸で摘む程度

    TRAININGオスカーとアッシュ ⚠️死ネタ

    レスキューと海賊のパロディ
    沈没する船と運命を共にすることを望んだ船長アッシュと、手を伸ばせば届くアッシュを救えなかったレスキュー隊のオスカーの話。
    海はあたたかいか 雲ひとつない晴天の中で風ばかりが強い。まるでお前の人間のようだ。
     日の照り返しと白波が刺繍された海面を臨んで、重りを付けた花を手向ける。白い花弁のその名を俺は知らない。お前は知っているだろうか。花束を受け取ることの日常茶飯事だったお前のことだ。聞くまでもなく知っているかもしれないし、知らなかったところで知らないまま、鷹揚に受け取る手段を持っている。生花に囲まれたお前の遺影は、青空と海をバックにどうにも馴染んでやるせない。掌に握り込んだ爪を立てる。このごく自然な景色にどうか、どうか違和感を持っていたい。

     ディノさんが髪を手で押さえながら歩いてきた。黒一色のスーツ姿はこの人に酷く不似合いだが、きっと俺の何倍もの回数この格好をしてきたのだろう。硬い表情はそれでも、この場に於ける感情の置き所を知っている。青い瞳に悲しみと気遣わし気を過不足なく湛えて見上げる、八重歯の光るエナメル質が目を引いた。つまりはディノさんが口を開いているのであるが、発されたであろう声は俺の鼓膜に届く前に、吹き荒れる風が奪ってしまった。暴風の中に無音めいた空間が俺を一人閉じ込めている。その中にディノさんを招き入れようとして、彼の口元に耳を近づけたけれど、頬に柔らかい花弁がそれを制して微笑んだ。後にしよう、口の動きだけでそう伝えたディノさんはそのまま献花台に向かって、手の中の白を今度はお前の頬に掲げた。風の音が俺を閉じ込める。ディノさんの瞳や口が発するものは、俺のもとへは決して届かず、俺は参列者の方に目を向けた。膨大な数の黒だった。知っている者、知らない者。俺を知る者、知らない者。
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    お箸で摘む程度

    TRAININGグレイとジェット
    グレイとジェットが右腕を交換する話。川端康成「片腕」に着想を得ています。
    お誕生日おめでとう。
    交感する螺旋「片腕を一日貸してやる」とジェットは言った。そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って僕の膝においた。
    「ありがとう」と僕は膝を見た。ジェットの右腕のあたたかさが膝に伝わった。

     僕とジェットは向かい合って、それぞれの柔らかい椅子に座っていた。ジェットの片腕を両腕に抱える。あたたかいが、脈打って、緊張しているようにも感じられる。
     僕は自分の右腕をはずして、それを傍の小机においた。そこには紅茶がふたつと、ナイフと、ウイスキーの瓶があった。僕の腕は丸い天板の端をつかんで、ソーサーとソーサーの間にじっとした。

    「付け替えてもいい?」と僕は尋ねる。
    「勝手にしろ」とジェットは答える。

     ジェットの右腕を左手でつかんで、僕はそれを目の前に掲げた。肘よりもすこし上を握れば、肩の円みが光をたたえて淡く発光するようだ。その光をあてがうようにして、僕は僕の肩にジェットの腕をつけかえた。僕の肩には痙攣が伝わって、じわりとあたたかい交感がおきて、ジェットはほんのすこし眉間にしわを寄せる。右腕が不随意にふるえて空を掴んだ。
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