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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    POIPOI 32

    お箸で摘む程度

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    ベスティ ワンライ

    第33回お題「潔癖」お借りしました。
    女遊びと悪友と生理的嫌悪の話。
    ※二人のキス・フェイスの嘔吐表現があります

    ##ベスティ

    下賤屋の潔癖 煌びやかなビル街は内装まで華やかだったけれど、大概便所にまでは気を遣ってなどいないものだ。ウォシュレットの付いていない寒々しい個室にDJを押し込んで、外から見えないように立ち塞がる。磨りガラス戸の向こうではネオンライトと喧騒と欲望が渦巻いて、それが一層この便所の粗末なつくりを際立たせていた。剝き出しのコンクリートにはみ出た漆喰。水道管が剝き出しの手洗い場。DJが背後で苦し気に呻いた。便器に顔を突っ込んでいる色男を、見たくないと思うのは、別にこの男を憐れんでのことではない。

    「DJ、大丈夫~?」
    「けほ、ん、だいじょぶそう、かな」

     DJは少し舌足らずに言った。レバーを引いて水を流すと、吐瀉物が渦に飲まれて消えていく。胡乱な目をしたDJは、ペーパーを巻き取って座面と蓋をおざなりに拭き、もう一度水を流す。首の後ろと両脇のあたりに、ぞわぞわと怖気が走った。鼻孔が少しだけ饐えた臭いを嗅いで、咄嗟に息を止める。水道で口を濯いでいたDJは、こちらを向くと、土気色をした顔で笑った。

    「アハ、ビリーが吐いたみたい。ひっどい顔色だよ」
    「それはこっちの台詞……って、もう平気なの?」
    「平気じゃなさそうな人の顔見たら平気になっちゃったよ。ほら、早く戻ろ」

     ここに来た理由の張本人がそう言ってくれるなら、もう留まる理由はない。取り繕うこともできずに、押し扉を靴底で開いた。
     戻ったフロアはミラーボールに反射する光に照らされて、灰一色の風景に慣れた目を容赦なく刺す。革張りのソファで心配そうにこちらを見る女の、唇の赤さが妙に目を引いた。笑い声、怒鳴り声、足音、キスの音、自主規制。この空間の音はどこか他人事のように冷たく、俺を一歩冷静にさせてくれる。大丈夫だと言いながら隣でまだふらふらしているDJの、その腕を肩に引き寄せた。

    「ゴメン、この人ダメなんだ、アルコール。だから今日はもうおしまいで、ネ?」

     えぇ~、と猫撫で声がDJに向いている。DJは弱々しい目を俺の方に向けた。女の声はどこか遠くに聴こえるのに、DJの濡れた目線は灼けるようだった。彼女は少し俯いて立ち上がり、豊満な乳房をわざとらしく揺らしながらDJの頬を突く。それから、俺の唇の横にキスを落とした。ぞわっと鳥肌が立つ。俺はそそくさとテーブルを後にして、DJをレジスターに差向けながら、そっと掌に爪を立てていた。


     俺の便利屋稼業やDJの人付き合いの関係で、俺達はたまにそういう店に出向く。今日は、三度目くらいの店だった。ちょっと下品なその店は現実離れしていて、ばいたっぽい金髪の女もそうだった。でっぷり太った親父が他の女とポーカーをしている隣で、DJと俺と、その女と、初めて見る女が座った。厚化粧はのっぺりしていて、どの女も同じ顔に見えた。それでも前に接待してくれた女は俺たちのことを覚えていて、DJにコークハイボールを持ってきたのだった。多分それは本当のコークハイよりよっぽどハイボールの割合が薄いものと思われたが、それが逆に中途半端で、味の違いに気づかなかったDJはグラスを重ねてしまったのだ。
     少しカマをかけたつもりだったんだろう。普通この年の男なら、多少のアルコールには耐えられる身体を持っているはずなのだから。俺が好奇心旺盛にさまざまなカクテルを注文する傍ら、DJは頑なにコークしか頼まなかった。多少は怪訝に思われてもおかしくはない。グラス一杯200ミリリットルのコークが8ドル。その辺のストアで買えば500ミリリットル60セントやそこらで売っているコークだ。言ってしまえばそれは女代で、酒を頼んでいないぶん、DJはより多く女に金を入れている。いいじゃん、それで。でも親密になりつつあると思った彼女は、DJへの興味が湧いてきて、それでコークにアルコールを混ぜてみたりしたんだ。



    「お願い、チョット待ってて!」

     途中退場の今日は普段よりも大分早いから、まだ健全な店々も開いている。俺はDJをその場に置いて、デパートに駆け込んだ。
     少し敷居の高いところなら、バスルームも手入れが行き届いている。花まで飾られているそこで、水道に手を突っ込んだ。首元を這いまわるいやな感覚が消えてくれない。手袋をしたままでハンドソープを無理やりプッシュしていたら、鏡越しの影と目が合った。DJだ。

    「わぁッ!」
    「ごめん、ビリー」
    「いや、ちょっとビックリしただけ、」
    「そうじゃなくて」

     その声音が多少萎れているのが、ただ酔っているせいじゃないみたいだ。俺は水を止めて、DJを振り向く。何だか殊勝な顔つきをしていて、俺は目をぱちくりとする。

    「汚いの苦手なのに、介抱させちゃってほんとごめん。飲み物気付かなかったのもバカだった」

     色を失ったままの顔面と、濡れた瞳と、唇と。俺はDJをじっと見た。鳥肌はおさまって、ぞわぞわするのも消えている。

     重たい手を持ち上げて、DJの顔を掬い上げる。そのまま引き寄せて、キスをした。DJが目を見開く。俺は唇を一舐めすると、口角を上げた。うん、やっぱりそうだ。俺が汚いと思ったものは、

    「DJじゃないから、大丈夫だよ」

     手を離すと、手袋から溢れた水のせいで、DJの顎に水が滴った。あ、なんかそれは、ヤダな。DJが濡れるなら吐瀉物であっても彼自身のものがいいと、俺は何となくほの暗い感覚を覚えた。


    Fin.

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    お箸で摘む程度

    TRAINING研究部
    感覚からヴィクターを想起してみるノヴァのお話。
    move movement poetry 自動じゃないドアを開ける力すら、もうおれには残っていないかもなぁ、なんて思ったけれど、身体ごと押すドアの冷たさが白衣を伝わってくるころ、ガコン、と鉄製の板は動いた。密閉式のそれも空気が通り抜けてしまいさえすれば、空間をつなげて、屋上は午後の陽のなかに明るい。ちょっと気後れするような風景の中に、おれは入ってゆく。出てゆく、の方が正しいのかもしれない。太陽を一体、いつぶりに見ただろう。外の空気を、風を、いつぶりに感じただろう。
     屋上は地平よりもはるか高く、どんなに鋭い音も秒速三四〇メートルを駆ける間に広がり散っていってしまう。地上の喧噪がうそみたいに、のどかだった。夏の盛りをすぎて、きっとそのときよりも生きやすくなっただろう花が、やさしい風に揺れている。いろんな色だなぁ。そんな感想しか持てない自分に苦笑いが漏れた。まあ、分かるよ、維管束で根から吸い上げた水を葉に運んでは光合成をおこなう様子だとか、クロロフィルやカロテノイド、ベタレインが可視光を反射する様子だとか、そういうのをレントゲン写真みたく目の前の現実に重ね合わせて。でも、そういうことじゃなくて、こんなにも忙しいときに、おれがこんなところに来たのは、今はいないいつかのヴィクの姿を、不意に思い出したからだった。
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