Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💐
    POIPOI 25

    お箸で摘む程度

    ☆quiet follow

    ベスティ ワンライ

    第33回お題「潔癖」お借りしました。
    女遊びと悪友と生理的嫌悪の話。
    ※二人のキス・フェイスの嘔吐表現があります

    ##ベスティ

    下賤屋の潔癖 煌びやかなビル街は内装まで華やかだったけれど、大概便所にまでは気を遣ってなどいないものだ。ウォシュレットの付いていない寒々しい個室にDJを押し込んで、外から見えないように立ち塞がる。磨りガラス戸の向こうではネオンライトと喧騒と欲望が渦巻いて、それが一層この便所の粗末なつくりを際立たせていた。剝き出しのコンクリートにはみ出た漆喰。水道管が剝き出しの手洗い場。DJが背後で苦し気に呻いた。便器に顔を突っ込んでいる色男を、見たくないと思うのは、別にこの男を憐れんでのことではない。

    「DJ、大丈夫~?」
    「けほ、ん、だいじょぶそう、かな」

     DJは少し舌足らずに言った。レバーを引いて水を流すと、吐瀉物が渦に飲まれて消えていく。胡乱な目をしたDJは、ペーパーを巻き取って座面と蓋をおざなりに拭き、もう一度水を流す。首の後ろと両脇のあたりに、ぞわぞわと怖気が走った。鼻孔が少しだけ饐えた臭いを嗅いで、咄嗟に息を止める。水道で口を濯いでいたDJは、こちらを向くと、土気色をした顔で笑った。

    「アハ、ビリーが吐いたみたい。ひっどい顔色だよ」
    「それはこっちの台詞……って、もう平気なの?」
    「平気じゃなさそうな人の顔見たら平気になっちゃったよ。ほら、早く戻ろ」

     ここに来た理由の張本人がそう言ってくれるなら、もう留まる理由はない。取り繕うこともできずに、押し扉を靴底で開いた。
     戻ったフロアはミラーボールに反射する光に照らされて、灰一色の風景に慣れた目を容赦なく刺す。革張りのソファで心配そうにこちらを見る女の、唇の赤さが妙に目を引いた。笑い声、怒鳴り声、足音、キスの音、自主規制。この空間の音はどこか他人事のように冷たく、俺を一歩冷静にさせてくれる。大丈夫だと言いながら隣でまだふらふらしているDJの、その腕を肩に引き寄せた。

    「ゴメン、この人ダメなんだ、アルコール。だから今日はもうおしまいで、ネ?」

     えぇ~、と猫撫で声がDJに向いている。DJは弱々しい目を俺の方に向けた。女の声はどこか遠くに聴こえるのに、DJの濡れた目線は灼けるようだった。彼女は少し俯いて立ち上がり、豊満な乳房をわざとらしく揺らしながらDJの頬を突く。それから、俺の唇の横にキスを落とした。ぞわっと鳥肌が立つ。俺はそそくさとテーブルを後にして、DJをレジスターに差向けながら、そっと掌に爪を立てていた。


     俺の便利屋稼業やDJの人付き合いの関係で、俺達はたまにそういう店に出向く。今日は、三度目くらいの店だった。ちょっと下品なその店は現実離れしていて、ばいたっぽい金髪の女もそうだった。でっぷり太った親父が他の女とポーカーをしている隣で、DJと俺と、その女と、初めて見る女が座った。厚化粧はのっぺりしていて、どの女も同じ顔に見えた。それでも前に接待してくれた女は俺たちのことを覚えていて、DJにコークハイボールを持ってきたのだった。多分それは本当のコークハイよりよっぽどハイボールの割合が薄いものと思われたが、それが逆に中途半端で、味の違いに気づかなかったDJはグラスを重ねてしまったのだ。
     少しカマをかけたつもりだったんだろう。普通この年の男なら、多少のアルコールには耐えられる身体を持っているはずなのだから。俺が好奇心旺盛にさまざまなカクテルを注文する傍ら、DJは頑なにコークしか頼まなかった。多少は怪訝に思われてもおかしくはない。グラス一杯200ミリリットルのコークが8ドル。その辺のストアで買えば500ミリリットル60セントやそこらで売っているコークだ。言ってしまえばそれは女代で、酒を頼んでいないぶん、DJはより多く女に金を入れている。いいじゃん、それで。でも親密になりつつあると思った彼女は、DJへの興味が湧いてきて、それでコークにアルコールを混ぜてみたりしたんだ。



    「お願い、チョット待ってて!」

     途中退場の今日は普段よりも大分早いから、まだ健全な店々も開いている。俺はDJをその場に置いて、デパートに駆け込んだ。
     少し敷居の高いところなら、バスルームも手入れが行き届いている。花まで飾られているそこで、水道に手を突っ込んだ。首元を這いまわるいやな感覚が消えてくれない。手袋をしたままでハンドソープを無理やりプッシュしていたら、鏡越しの影と目が合った。DJだ。

    「わぁッ!」
    「ごめん、ビリー」
    「いや、ちょっとビックリしただけ、」
    「そうじゃなくて」

     その声音が多少萎れているのが、ただ酔っているせいじゃないみたいだ。俺は水を止めて、DJを振り向く。何だか殊勝な顔つきをしていて、俺は目をぱちくりとする。

    「汚いの苦手なのに、介抱させちゃってほんとごめん。飲み物気付かなかったのもバカだった」

     色を失ったままの顔面と、濡れた瞳と、唇と。俺はDJをじっと見た。鳥肌はおさまって、ぞわぞわするのも消えている。

     重たい手を持ち上げて、DJの顔を掬い上げる。そのまま引き寄せて、キスをした。DJが目を見開く。俺は唇を一舐めすると、口角を上げた。うん、やっぱりそうだ。俺が汚いと思ったものは、

    「DJじゃないから、大丈夫だよ」

     手を離すと、手袋から溢れた水のせいで、DJの顎に水が滴った。あ、なんかそれは、ヤダな。DJが濡れるなら吐瀉物であっても彼自身のものがいいと、俺は何となくほの暗い感覚を覚えた。


    Fin.

    Tap to full screen .Repost is prohibited

    お箸で摘む程度

    MOURNING元同室 生徒会選挙の別Ver.
    .昼休みのカフェテリア、注文口まで続く長い列はのろのろとしてちっとも進まない。ヘッドフォンから流れる音楽が、ああこの曲は今朝も聴いた、プレイリストを一周してしまったらしい。アルバムを切り替えることすら面倒くさくて、今朝遅刻寸前でノートをリュックサックに詰めながら聴いていたブリティッシュロックをまた聴いた。朝の嫌な心地まで蘇ってくる。それは耳に流れるベタベタした英語のせいでもあり、目の前で爽やかに微笑む同室の男の顔のせいでもあった。
    普段はクラブの勧誘チラシなんかが乱雑に張り付けられているカフェテリアの壁には、今、生徒会選挙のポスターがところ狭しと並べられている。公約とキャッチフレーズ、でかでかと引き伸ばされた写真に名前。ちょうど今俺の右側の壁には、相部屋で俺の右側の机に座る、ウィルのポスターがこちらを向いている。青空と花の中で微笑んだ、今朝はこんな顔じゃなかった。すっかり支度を整えて、俺のブランケットを乱暴に剥ぎ取りながら、困ったような呆れたような、それでいてどこか安心したような顔をしていた。すぐ起きてくれて良かった、とか何とか言ってくるから、俺は腹が立つのと惨めなのとですぐにヘッドフォンをして、その時流れたのがこの曲だった。慌ただしい身支度の間にウィルは俺の教科書を勝手に引っ張り出して、それを鞄に詰め込んだら、俺たちは二人で寮を飛び出した。結果的には予鈴が鳴るくらいのタイミングで教室に着くことができて、俺は居たたまれない心地ですぐに端っこの席に逃げたんだけれど。
    1441

    お箸で摘む程度

    TRAININGオスカーとアッシュ ⚠️死ネタ

    レスキューと海賊のパロディ
    沈没する船と運命を共にすることを望んだ船長アッシュと、手を伸ばせば届くアッシュを救えなかったレスキュー隊のオスカーの話。
    海はあたたかいか 雲ひとつない晴天の中で風ばかりが強い。まるでお前の人間のようだ。
     日の照り返しと白波が刺繍された海面を臨んで、重りを付けた花を手向ける。白い花弁のその名を俺は知らない。お前は知っているだろうか。花束を受け取ることの日常茶飯事だったお前のことだ。聞くまでもなく知っているかもしれないし、知らなかったところで知らないまま、鷹揚に受け取る手段を持っている。生花に囲まれたお前の遺影は、青空と海をバックにどうにも馴染んでやるせない。掌に握り込んだ爪を立てる。このごく自然な景色にどうか、どうか違和感を持っていたい。

     ディノさんが髪を手で押さえながら歩いてきた。黒一色のスーツ姿はこの人に酷く不似合いだが、きっと俺の何倍もの回数この格好をしてきたのだろう。硬い表情はそれでも、この場に於ける感情の置き所を知っている。青い瞳に悲しみと気遣わし気を過不足なく湛えて見上げる、八重歯の光るエナメル質が目を引いた。つまりはディノさんが口を開いているのであるが、発されたであろう声は俺の鼓膜に届く前に、吹き荒れる風が奪ってしまった。暴風の中に無音めいた空間が俺を一人閉じ込めている。その中にディノさんを招き入れようとして、彼の口元に耳を近づけたけれど、頬に柔らかい花弁がそれを制して微笑んだ。後にしよう、口の動きだけでそう伝えたディノさんはそのまま献花台に向かって、手の中の白を今度はお前の頬に掲げた。風の音が俺を閉じ込める。ディノさんの瞳や口が発するものは、俺のもとへは決して届かず、俺は参列者の方に目を向けた。膨大な数の黒だった。知っている者、知らない者。俺を知る者、知らない者。
    4385

    お箸で摘む程度

    TRAININGグレイとジェット
    グレイとジェットが右腕を交換する話。川端康成「片腕」に着想を得ています。
    お誕生日おめでとう。
    交感する螺旋「片腕を一日貸してやる」とジェットは言った。そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って僕の膝においた。
    「ありがとう」と僕は膝を見た。ジェットの右腕のあたたかさが膝に伝わった。

     僕とジェットは向かい合って、それぞれの柔らかい椅子に座っていた。ジェットの片腕を両腕に抱える。あたたかいが、脈打って、緊張しているようにも感じられる。
     僕は自分の右腕をはずして、それを傍の小机においた。そこには紅茶がふたつと、ナイフと、ウイスキーの瓶があった。僕の腕は丸い天板の端をつかんで、ソーサーとソーサーの間にじっとした。

    「付け替えてもいい?」と僕は尋ねる。
    「勝手にしろ」とジェットは答える。

     ジェットの右腕を左手でつかんで、僕はそれを目の前に掲げた。肘よりもすこし上を握れば、肩の円みが光をたたえて淡く発光するようだ。その光をあてがうようにして、僕は僕の肩にジェットの腕をつけかえた。僕の肩には痙攣が伝わって、じわりとあたたかい交感がおきて、ジェットはほんのすこし眉間にしわを寄せる。右腕が不随意にふるえて空を掴んだ。
    3823

    recommended works