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    かんざキッ

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    かんざキッ

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    宍桐(ちからつきた)

    本筋の前振りを書いただけ 遊女にとって「約束」という言葉は重い。
     それを破る破らないに関わらず、言葉に宿る危うく妖しい力を彼女らは十二分に理解していた。他人を縛りつけることもでき、自身を救うこともある。
     その付加価値は、恐らく男よりも重要視しているだろう。
     素性を偽る桐生と、遊女との関わりは祇園に拠点を置くにあたって必要不可欠であった。幾度も彼女らの元に通い、決められた価値以上の金を払う。そして、その小判は見事に役目を果たしてきた。
     人の移り変わる感情に敏感であろう彼女達からして見れば、桐生がどのように話したところで瞬時に嘘を見抜いてきた筈だ。しかし、与えられる対価に嘘は吐かない。もしくは、その状況を愉しんでいたところもあるだろう。
     払われる小判とは釣り合わない、酒を呑み交わすだけで過ぎて行く時間。どれだけ遊女達が培ってきた技術を用いようとも、桐生は靡かない。もしや不能か男色家なのでは、と訝しんだ者もいたが涼しげな表情の裏に隠された赤い耳元などを見れば、誰もが手を下ろした。毎度毎度、用意された寝床が寂しげに佇んでいた。
     兎にも角にも、遊女達の助けもあってか、これまで桐生は自身の目論見通りに祇園で生きてきた。龍屋も変わらずそこに在り続ける。
     ただ、ひとつ問題があった。
     女遊びの激しい男だと祇園で"正しく"認知されてから、致し方ないことではあると考えつつも、暫し桐生は頭を掻く。
     剣の腕だけでなく、単なる喧嘩もめっぽう強い。街の中で起こる小さな諍いなど、簡単に収められた。振るわれる剛腕、少しでも動けば着物の隙間から僅かに艶やかに鍛えられた肉体が見える。
     不埒な者からしてみれば、それは口に唾が溜まるものであった。
     とある日、まだ宵の口だったように記憶している。今日も今日とて、贔屓にしている遊女達の元へ情報集めがてら顔を出してみようと祇園を歩いていた時のことだ。
     見事に聞き慣れた、不穏な会話が聞こえた。商人らしき男が複数の浪人達に囲まれている。通り過ぎることもできたが、既に幾人もの町人達がその光景を遠巻きに見ており、中には桐生を一瞥する者もいた。
     溜息を吐きながら声をかけてみれば、案の定といった展開になり、いつも通りに面倒な相手を拳ひとつで叩きのめす。さっさとこの場を後にしてしまおうと思ったが、桐生に助けられた商人がどうしても礼がしたいと言ってきかない。助けた手前、無碍に扱うことも憚られる。
     酒のひとつぐらいなら良いだろう、と譲歩すれば商人はもぎ取れそうな程に首を振って、洛内の外れに新しくできたという呑み処に連れて行かれた。
     予定ではすぐに切り上げるつもりであったが、商人が店主に用意させた物はどれもが一級品であった。求める辛さもあれば、喉の奥でふんわりと花に似た甘い香りが舞う。しかし、特段にその甘さが鼻にかかるわけではない。色々な酒を呑んできた桐生でさえ、これらは全く持って初めての味であり、幾度も杯が進む。
     懐は気にしなくて良い、という言葉を鵜呑みにしてあれやこれやと呑み続け、どれぐらいか時間が経った頃だ。
     ふと感じた尿意に、厠へ行こうと立ちあがろうとした桐生の脚は上手く動かなかった。小さく痙攣し、足の底に踏ん張りが効かない。思わず床に転がると、商人の笑い声が聞こえた。
     それはそれは、実に恍惚とした色を滲ませていた。
     桐生が舌を打つより先に、商人が掌を叩き合わせれば奥の襖が開き、見覚えのある男達が姿を現した。紛れもなく、桐生の拳で叩きのめされた筈の者達だ。未だ、頬や眉の上に痛々しい痕が見える。
     漸く、桐生は自身が嵌められたことに気づいた。
     効き目が遅い、弱い、もしくは桐生の心が強すぎるか。商人は想定以上の量を混ぜる羽目になったと嗤いながら言う。通常の何倍にもなる量を盛られた故か、ガチガチと奥歯が当たるだけでうまく言葉を紡げない。ひとつやふたつさえ言い返すことが難しく、脚と同じくカタカタ震える拳を畳に擦りつける。
     商人がニタニタと笑いながら、桐生の名前を呼んだ。それは偽名であったものの、その湿り気のある声色はひどく不快で鳥肌が立つ。
     毎夜と言っていい程に女遊びの激しい桐生に、男の味も教えてやりたい。女にしか見せていない肉体を肌蹴させて淫らに泳がせてみたい。
     歪んだ瞳を輝かせながら放たれる言葉の数々に目眩さえ覚える。
     商人は何も知らない。あの中で行われていることは、外観とは似ても似つかない平々凡々と言える、つまらないものだ。桐生が遊女達に手を出したことなど一度もない。それどころか、桐生に知識はあれど経験など殆ど有りはしない。片手の指で数えられる程度だった。それらでさえも、途中で価値を見失って投げ出した程だ。
     震える指先で懐から数枚の小判を取り出した。その場に投げ捨て、商人達の気が逸れたその一瞬を突き、両脚を奮い立たせた。
     それは、商人達にとって予想外のことだっただろう。小判に気を取られていたことも原因か、誰もが反応に遅れた。
     背後に声が飛んでくるよりも先に、桐生は部屋を飛び出した。そのまま転がるように店からも這い出て、向けられる視線に反応することもできずに、祇園へと直走る。幾度も転びそうになりながら、見てくれなど気にしてもいられず、龍屋へと駆け込んだ。
     きっと明日の昼間には話題にされているかもしれない。だが、それに対する対策を考えられる余裕など到底なかった。
     桐生に狙いをつけていたことを考えれば、龍屋の存在も知っているだろう。此処まで押しかけてくる可能性は否定できない。
     刀を手に取って座敷の奥で布団を被り、入口を凝視する。
     許されるならば、今すぐにでも肉体を侵す忌々しく気味の悪い熱を放出してしまいたかった。脳内を侵食している欲望は、その悍ましい熱によって無理矢理に作られたものである。そうと分かっていても、さっさと全ての衣を剥ぎ取って心が望むままに性に浸りたい。
     落ち着かない身体を持て余し、体勢を何度も変えた。しかし、その度に布地が身体に擦れて気が狂いそうになる。褌の中もかなり濡れてしまっており、気持ち悪くて仕方がない。
     それでも商人達がやってきた時に丸裸で相手できるとも思えない。
     茹る頭を振って、熱苦しい息を吐いて、時間が流れることだけを待ち続けた。

    「桐生ちゃん、居るかぁ」

     一刻かニ刻か、はたまたまだ半刻か。意識を失ってしまうことさえ望み始めた頃に、龍屋は遂に他者の入室を許す。
     だが、その間延びした呼び方はどうにも聞き覚えのあるもので、桐生は刀を握ったまま布団から顔を出した。
     とっくに夜の帳が下りた頃だというのに、龍屋には何一つ灯されていなかった。桐生が早寝の男だとは認識していなかった為、一瞬ばかり不思議には思った宍戸であったが、また夜の祇園にでも繰り出しているのだろう、と思いつつ室内に邪魔した。
     一声かけながら戸を開けて直ぐに人の気配を感じた。開けた部屋の一番奥に誰かがいる。しかし、それはどうにも歪んでおり、腰元の武器に手をかけながら、ゆっくりと奥へ進む。宍戸に敵意を向けている訳でもなく、だが此方の侵入を許しているようにも思えない。

    「桐生ちゃん」
    「……ししど、」

     もう一度、名前を呼んでみれば返答がきた。あまりにもか細く、どれ程に龍屋内が静寂に包まれていようと耳を澄まさなければ聞こえない程度であった。
     いつもであれば小言の一つぐらい飛んでくる筈の遠慮ない足音にさえ反応がない。宍戸が部屋の奥に走れば、大きく丸まった布団が暗闇の中から現れ、もぞもぞと桐生が顔を覗かせる。
     その表情に思わず唾を飲み込んだ。
     頬は酷く上気し、精悍な眼差しは涙で揺れている。小さく開いた口からは熱っぽい息が絶え間なく零れていた。暗さ故にあまり見えていなかったが、布団の隙間から覗く衣も着崩れている。

    「どないしたんや、桐生ちゃんッ」
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