Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    かんざキッ

    @kan_za_

    🐉と🌸

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 10

    かんざキッ

    ☆quiet follow

    冴桐

    ※🐉じゃなくてタクドラすずきたいちくん
    ※道交法は守りましょう

    イチャついているだけ 今日は日勤の為、陽が暮れてきた頃に乗せた客が最後になった。腕時計で時刻を確認すれば、丁度十七時をまわったところだ。
     会社に戻ろうとタクシーを走らせていると、前方に見覚えのある背中が見えた。
     これからが本番である繁華街に通行人は多い。それでも、あの大きな体躯と坊主頭はひとつ浮いていた。僅かだが他の通行人達が意識的にか離れて歩いていることも原因だろう。
     事前の連絡で昼過ぎには此方に到着すると言っていた。手ぶらなところを見るに、合鍵を使って荷物だけ置き、暇だからと街の散策にでも出てきたようだ。
     運が良かったか、前後に走っている車はいない。少しだけ速度を落として、その背中との距離を縮める。
     未だ気付いた様子はない。ほぼ真後ろに着いたところで停車し、軽くクラクションを鳴らした。
     周囲の人間達数人と男が一緒に此方を見た。
     運転席の窓ガラスを開け、そこから顔を覗かせれば、他人達は即座に興味を失って去っていく。だが、男だけが目を丸くして此方を見ていた。
     珍しい、やけに驚いた顔だ。

    「冴島?」

     男の反応にまずいことをしてしまった、と心が冷える。
     住む場所も遠ければ、職業も謂わば正反対な立場だった。気軽に会える環境下ではない為、今日という日をとても楽しみにしていた。浮き足立っていた、と問われれば弁解のしようが無い。
     だからつい柄にも無いことをしてしまった。この行為で男が喜ぶとまでは思っていなかったものの、多少なりと好意的な反応が返ってくるとは考えていたからだ。
     しかし、眼前で固まる男を見てしまえば、何もかもが間違っていたらしい、と結論が急く。
     数日前にたまたま見かけたドラマのワンシーンは、劇中の人物が言っていたように古臭い。良くも悪くも進んだ時世では恥ずかしい行為だったらしい。
     ああ、やらなければ良かった。
     自然と弛んでいた口元が引き攣って下っていく。
     何と謝れば男は許してくれるだろうか、と脳内でぐるぐると言葉をかき混ぜていれば、漸く男の脚が動いた。

    「なにしてんねん」
    「あ、いや、」
    「アカンやろ」

     すっかり乾いた咥内で舌が攣り、吐き出す予定だった謝罪も喉奥に引っかかった。
     だが、此方の穏やかではない心情と正反対に男が顔を綻ばせた。

    「何もなしに鳴らしたら」

     柔らかく微笑み、頬に手を添えられた。
     この男は此処が外だと分かっているだろうか。そして、自分もその自覚を持てているだろうか。

    「仕事終わったんか」
    「あ、ああ。今から戻るところだ」
    「そうか。せやったら、待っとるわ。お前の家でええか」
    「いや、会社で構わねぇ。すぐ終わるから」

     瞳の奥さえ覗き込もうとする真っ直ぐな眼差しに、抑止の意は働かない。社名を掲げた社用車に制服のまま乗っているというのに、指一つさえ外すこともできなかった。
     入れ替わるように、ぴしりと硬直した此方に男が柔く笑う。

    「俺もや」
    「え、?」

     外では聞くに堪えない、甘ったるい声色に心が燃えた。

    「はよ会いたくなってもうて、外出とったんや。もしかしたら、会えるんちゃうかって思ってな」

     いよいよ顔から火が出そうになる。心の内では抑えきれなくなった炎は、もはや言葉すらも焼いて呻きに近い音だけを生み出した。
     ハンドルにどうにも熱すぎる顔を押しつける。

    「どないした」
    「お前のせいだ、」

     苦し紛れに吐いた言葉は妙なところで鈍い男にうまく刺さらなかったらしい。
     軽く首を傾げてから、やはり何も分からないと言った様子で笑われる。

    「せや、会社で待つんやったら俺も乗せてってくれへんか」
    「え?」
    「期待通りに会えたっちゅうのに、また離れることないやろ。アカンか、太一」

     グッと喉が締まる。カッと顔面が火照る。なんと狡い男か。
     此方とて計算した言動は苦手であり、この男もそのようなまどろっこしいことはしない主義だった筈だ。ならば、今の台詞さえも思ったことをそのまま口にしているだけに過ぎない。
     心の底から多大なるダメージとやらを受ける。
     無言でボタンを押し、後部座席の扉を開ければ、男は顔の赤さになど触れず、感謝の言葉を口にして乗り込んだ。

    「こっちは初乗り幾らなんや」

     答える気力が残っているはずもない。
     会社に戻るまでにこの顔をどうにかしなければならないことを、男は理解してくれているだろうか。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works