「あれ、ピアス。桐生さん、ピアスしてんですか」
ふと思い立って始めた部屋の片付けは、気づけばわ完全な掃除にシフトチェンジしていた。
先程から何故かベッドの下に頭を突っ込んで、掃除機をかけていた春日が、埃をかぶりながら左手の中を見せる。
「ほらぁ。俺のじゃ無ぇっすよ」
「…確かに、俺だな」
見覚えのあるシンプルなリングピアスだ。小さな装飾もなければ色さえついていない。単なる銀色の輪だ。
「穴あいてましたっけ」
「数年前にあけた。まぁ、一種の変装目的だな」
「へぇ。確かに、桐生さんがつけている印象は無ぇな」
「案外、効果あるぞ」
春日は、それを桐生に渡す気はないようだ。
手の中で転がして遊んでいる。
「どうやってあけたんですか。やっぱり安全ピン」
「何年前の話だ。今は、ぴ…ピアッサーか。ピアッサーってものがあるんだ」
「ふぅん」
聞いてきた割には、反応は芳しくない。
「なんだ。欲しいのか。流石に新しいものを、」
「つけているところ見てぇな」
意外な反応だった。
一瞬、驚きはしたものの、肩を揺らして小さく笑う。
「もう穴なんて塞がっちまったよ。無理だな」
「いや、いける」
「春日?」
ピアスを握りこむと、スマートフォンを取り出した。
もう掃除は終わりなのだろうか。
「趙に聞いてみましょうよ。いけるかもしれねぇ」
「おいおい」
「あ、もうつけたくない、とか?」
「……お前なぁ」
心底残念そうな顔をされれば、此方が困るというものだ。
きっと何の計算もないことだろう。
春日のそういうところに皆が弱いのだ。
「わかった。だが、趙が無理だと言ったら諦めろよ」
「よっしゃあ! じゃあ早速、聞いてみます!」
未だ、頭に埃をつけたまま春日は趙に電話をかけ始めた。
数秒も経たずに電話は繋がる。コロコロ変わる表情を見る限り、結果は上々のようだ。
数日後、そのピアスは恐らく桐生の左耳につけられることになるだろう。