生まれ変わった二人が再会したけれど、冨岡には記憶がなかった。それでも、鬼を狩っていた時代に比べれば平和な世界だ。今、想いを伝えないでどうする。――と決意した不死川は冨岡に告白する。しかし冨岡は何も覚えていない。突然よく知らない相手、それも同性からの告白だ。戸惑うことしかできない。
「すまない」と申し訳なさそうに謝る冨岡に対し、不死川は予想していたのか、さして動揺することなく「わかった」と言う。――が、「じゃあ、テメェを惚れさせたら良いんだろォ?」と言い放った。
それ以来不死川は毎日のように冨岡を口説いた。戸惑っていた冨岡だけども、毎日不死川と接する内に、自然と惹かれていく。けれど、不死川の告白を受け入れる事には躊躇ってしまう。何故ならば、彼が己を通して、違う「誰か」を見ている気がしてならないからだ。
そこで、冨岡は不死川に問う。
「何故、俺だったんだ」
殆ど初対面の筈だ。少なくとも冨岡にとっては。訝しげな冨岡の様子に、不死川はそろそろ言ってもいいかと判断し、前世の事を冨岡に打ち明けた。冨岡は何も覚えていないけれど、妙な懐かしさを感じた。それに不死川が、こんな嘘を言うような人間じゃないことも知っている。故に、不死川の話している内容は本当なのだろうと信じた。信じられた。
(それならば、尚更…)
余計、自身の想いは伝えられない。彼が望んでいるのは「過去の自分」で、今ここに居る「自分」ではないのだと冨岡は思う。
「お前が見ているのは、昔の俺なのだろう…もう、近付かないでくれ」
好きだから悲しかった。
冨岡は不死川の前から逃げるように走り出した。告白してくれたのも、話し掛けてくれたのも、優しかったのも、笑い掛けてくれたのも、傍に居てくれたのも、全て「今の己」を通して「昔の己」を見ていたからに過ぎなかった。胸が張り裂けそうだ。
「おい、待てェ!」
「!」
鬼のような形相で追いかけてきた不死川に、冨岡は驚きながらも走る速度を上げる。
捕まるわけにはいかない。これ以上、苦しい思いはしたくないから。
「何でテメェはいつも、そうやって卑屈に、なるんだよ! ゴラァ!!」
「……う、っ」
しかし足の速さはどうしたって不死川の方が上なのだ。追い付かれ、捕まってしまう。二人して息を切らして、暫しの間、肩で息をし続けた。
「俺を、見て、ほしい……昔の、思い人では、なくて……今の、おれを、見てもらいたくて、」
胸がいっぱいで張り裂けそうになりながら思いを言葉にする。例え前世であろうと、己は何も知らないのだ。
「お前は昔の俺を知っていたから、好きだと言ってくれたんだろう」
顔を見れず、俯いたまま告げる。下を向いているせいで涙が溢れ落ちた。
「俺は今のお前を、好きになったのに」
昔の不死川がどんな人物だったかなんて冨岡は知らない。覚えていない。それでも好きになった。ならざるを得なかった。
「……踊らされてるみたいだ」
今の己に優しいのも、たくさん話し掛けてくれたのも、全て過去の自分のため。不死川が告げた「好き」という感情すら「昔の己」のものの様な気がして、どうしようもなく悔しかった。
「何でそうなるんだよォ」
思いもしない方向に拗れ、不死川は頭を抱えそうになる。不死川にとっては冨岡は冨岡である事に変わりはない。しかもこの卑屈具合もぶっ飛んだ思考も、何も変わっていないとすら思う。
でも、そう思う事自体が、冨岡を苦しめているのだと知る。
「俺の気持ちに応えられねぇって言うなら、それでもいい」
「…、」
「けどなァ、お前が誰かのモンになるのを指くわえて見てろっつーのも癪なんだよ」
好きだから諦めきれない。他の誰かとの幸せを願えるほど優しくもない。ましてや両思いなら尚更。手放せる筈がない。
「今考えろ。俺を振って一生独身でいるか、また毎日口説かれるか。どっちがいい? 選ばせてやる」
「は?」
「一分以内に選べェ」
「っ、か、勝手な、」
「あァ、そうだ。俺ァ自分勝手なんだよ」
仕方ねぇだろ、好きなんだからと、言われ、冨岡は思わず不死川の胸元を掴む。
「それが嫌だと、何度言えば――」
「俺からすりゃあ、今も昔も変わってねぇんだよ。お前はお前だ」
「ッ、それなら、俺の姿が昔と違ってたのなら、好きにはならなかったのだろう?」「この見た目以外のお前か……想像つかねぇなァ」
不死川は冨岡の髪に触れ、毛先に口付けをする。今の時代、男はあまり髪を伸ばさない。それなのにコイツはまだ、背の中ほどまで髪を伸ばしていた。
「ほら、」
「でもまァ、何でも似合いそうだよなァお前」
「……」
駄目だ。全く話を聞いてくれない。
ようやく冨岡は、何を言っても不死川は引いてくれないのだと悟った。