冨岡が出勤すると、学校中とある噂で持ち切りだった。なんでも昨夜、不死川とカナエが宝石店から現れたところを学校関係者が目撃し、不死川の手には小さな包みがあったのだという。その時の二人の雰囲気は実に柔らかいものだったらしく、「おそらく婚約したのでは」と皆が騒いでいた。
不死川もカナエも完全に否定しているが、誰もが「おめでとう」「幸せに」と祝福していた。
その光景を見た冨岡は、嫉妬や悲しみよりもホッと安堵するような、心が軽くなったような、そんな気持ちを抱いたのだ。
これでやっと、さねみを解放してやれる。
もうこれで、いつ飽きられるのだろうと怯えずに済む。
普通の幸せを、選んでくれたんだな。
冨岡は心から祝福してあげたいと、穏やかな気持ちで不死川を見る。とてもとても優しい、本当に綺麗な微笑を携えて。
その微笑みを向けられた不死川は、ぞわりと胸騒ぎを覚えた。
同僚との噂話をアイツが聞かなければ良い。そんな願いも空しく、学校中が噂で持ち切りだったことに頭を抱えた。仕事が終わったら直ぐに否定をしなければ、と不死川が考えていた矢先のことだった。冨岡が綺麗に笑って、小さく手を叩いたのを見たのは。まるで祝福ではないか。
「なんだそれ」
何を勘違いしている。そんな噂を信じる程、己が信じられないのか。想いが通じ合っていると思っているのは自分だけだったのか。ふざけるな。
仕事終わりのこと。逃げ場を封鎖しなければと、不死川が冨岡の自宅へ突撃する。冨岡は驚いたように目をぱちぱちとさせ、「どうした」と問うてきた。
不死川がずかずかと部屋の中へ上がり、例の噂について口を開く。すると冨岡は「あぁ」と何でもないように言い、ゆっくりと頷いて言い放つのだ。
「やっと、幸せになれるな」
冨岡のその台詞に、不死川は崖から突き落とされるような気分であった。
あぁ、あぁ、本当に分かってなかったんだな。知らなかったんだな。気付いてなかったんだな。
どんなに己が幸せだったかなんて、気付きもしなかったのか。
お前との未来の為に買ったコレを、今のお前に渡した所で意味は成さないのかもしれない。
「ぎゆう」
それじゃあ、分からせてやらないとな。そんな勘違いする必要ないのだと。それとも己から離れる為の言い訳だろうか。まあ、それは絶対に許さないけれども。
思い知らせてやらないとな。己がどれ程、お前を愛しているのか。
「少し、お仕置きが必要だなァ?」
お前以外との幸せを、望んだことなど一度もない。それを頭にも体にも心にも、しっかりと教えてやろう。
もう二度と、そんな馬鹿げたことを思わないように。