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    tomko_106

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    tomko_106

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    以前書いたもので申し訳ないのですが、ぎゆ誕の短いお話です。たぶんキメ学軸。

    #さねぎゆ

    「生まれてきてくれてありがとう」 二月八日。土曜日。学生は休みであり、登校するものは部活動関係が多いだろう。そんな中教師である不死川は、仕事の為に学校へ足を運んでいた。

    (……ったく、こんな時まで仕事かよ)

     思わず深いため息を吐いた。――何を隠そう。本日は恋人の誕生日なのだ。仕事に対して愚痴を零しても、許してもらいたいところである。
     職員室に入ると恋人の机にも荷物が乗っていた。おそらくだが、部活動関係で来ているのだろう。

    (アイツも仕事だよなァ)

     恋人が指導する部は、学校が休みの日はだいたい朝から夕方まで活動していた。己がどんなに早く仕事を終わらせたとしても、確実に会えるのは夕方以降だろうと推測する。
     不死川は時計に視線を送った。時刻はまだ十時を回ったばかりだ。先は長いな、とほんの少しだけ肩が落ちた。

     前述したように、本日は恋人の誕生日だ。付き合う前に偶然知った程度で、本人からは聞かされていない。恋人の性格を考えれば、自ら教えてくれる事はないだろうと予想はしている。
     それでも、祝ってやりたかった。生まれてきてくれてありがとう。その一言だけでも伝えたい。――そうして少しでも喜んでくれたら嬉しいと、思う。

    (…………何か美味いもんでも食わせてやるか)

     不死川はスマートフォンを手にし、評判の良いレストランを検索し始めた。仕事中とはいえ、職員室には誰もいないのだ。お目溢し願いたい。



     * * *



     職員室の窓から西日が差し込み、室内がオレンジ色一色に染まる。不死川は仕事がひと段落付き、腕を天井に向けてグッと伸ばした。
     時計を確認すれば、中々いい頃合いであった。荷物を手早くまとめ、恋人に連絡を入れようと思いスマートフォンを手にする。するとチカチカと点滅しており、どうやら連絡がきていたようだ。
     マナーモードにしていた所為で気付けなかったのだろう。画面を確認すると、そこには恋人の名があった。相手から連絡が入るのは珍しい。いったいどうしたのだろうとメッセージを読む。そこには『今日の夜、会えないだろうか』と、簡素に書かれていた。
    まさか己が伝えようとした内容が書かれているなんて思いもしなかった不死川は、もう一度画面を凝視する。やはり何度読んでも、内容は同じであった。
     不死川は直ぐに了承の返事をし、しばらく待っていると同じ相手から『二十時頃にそちらに向かう』というメッセージが届く。早速不死川は先ほど検索したレストランに予約を入れて、鞄を手に取ると職員室の扉に鍵を閉め、帰路についた。

     そして約束の二十時、ほんの少し手前。不死川のスマートフォンが着信を知らせる。画面の名前を確認し通話にすると、『ついた』という今日初めて聞く恋人の声が聴覚を刺激した。
     不死川は玄関へ向かい、鍵を外して扉を開ける。目の前には恋人が立っていた。何かを手にぶら下げて。

    「? ――なんだそれ」
    「おはぎ」

     恋人である冨岡義勇の口からは、自身の好物の名が紡がれた。
     まさか好物を持って来るとは思いもしなかった不死川は、首を少し傾げて目を丸くした。

    「は……?」
    「……美味しいと、評判で、」
    「へぇ、手土産なんざ珍しいじゃねェか」
    「……」

     不死川が受け取ろうとしたのだが、冨岡の顔を見て違和感を覚えた。
     何かを言いたげに冨岡の口が小さく開く。しかし直ぐにキュッときつく結ばれてしまい、音を発することはなかった。
     冨岡が発言を自粛することは、そう珍しくない。ただでさえ口数が少なく気持ちを伝えることが下手な冨岡の悪い癖だと、不死川は思っていた。
     不死川は訝しく思ったが、それよりもまず伝えたいことがあった。こんな玄関先で言う事ではないだろうと判断し、食事に誘おうとした。――筈だった。

    「冨岡、今から」
    「すまない、用事を思い出した。失礼する」

     不死川の言葉を遮り、冨岡は手に持っていた包みをやや強引に押し付けて口早に告げる。そのまま一歩後退ると、地面に視線を落とした。

    「……食べたら感想、教えてくれ」

     呆けている不死川を他所に冨岡は、一方的に告げて体を反転させ、来た道を戻っていった。
     相変わらず抑揚のない声であった。何を考えているのか分からない、そんな落ち着いた声色をしている。以前の己ならば、きっと頭ごなしに怒鳴り散らしていたに違いない。けれど、今は違う。一定の調子で紡がれた言葉が、音色が、どこか寂しそうにしていた。
     不死川は遠ざかっていく冨岡の後ろ姿を追い、腕を掴んだ。引き留められた冨岡は振り返り、首を傾げた。

    「用事って何だ」
    「……不死川には、関係ない」
    「あるに決まってんだろ」
    「……、」

     冨岡の突き放した言い方に対し不死川は気にするどころか、さも当然のように反論する。きっぱりと言い返された冨岡は分かり易く驚き、口を開けていた。
     ――何故言い切れる。どうしてそう思う。
     おそらくそんな事を言いたいのであろうと不死川は想像し、口角を上げた。

    「好きな奴の誕生日くらい祝わせろ」
    「……!?」

     不死川の台詞に、今度こそはっきりと冨岡が動揺を表した。
     なんで、どうして。そんな疑問を訴える姿に、不死川は確信を持ってもう一度問う。

    「ま、そういう訳でよォ……それでその用事とやらは、絶対今からじゃねェとダメなんか」
    「…………すまない」

     ――嘘をついてしまった。
     申し訳なさそうに眉を下げ、冨岡は素直に伝えた。
     やっぱりそうだったかと不死川は粗方していた予想が当たり、小さく息を吐いた。
     本当に手のかかる恋人だ。けれども、だからこそ、愛おしさは増すばかりである。
     これではレストランの予約時間に間に合いそうにない。そう思った不死川は、キャンセルの連絡をしなければと思いつつ、冨岡の腕を掴んだまま自宅へと戻っていく。冨岡は抵抗することなく、足を動かして後をついて行った。

    「何思ってんだァ、話してみろ」

     部屋の中へ入るなり冨岡を座らせ、自身も隣に座る。そして何やら落ち込んでいる冨岡に、落ち着いた優しい声音で諭すように告げた。
     暫く無言を貫いていた冨岡だったが、観念したように小さく口を開いた。

    「……口実になると、思った」
    「何の」
    「……、お前に、会う……口実、」
    「は、」

     その言葉に、不死川は絶句した。
     恋人に会う為に口実が必要なのか。そんなものなくたって、時間なんて幾らでも割いてやるというのに。

    「……誕生日だから一緒に何か食べて、祝い気分を、………その、つまり、一緒に居たいと思って……それで、おはぎならお前も、食べてくれる、だろうと」

     しどろもどろになりながらも懸命に言葉を口にする冨岡の姿に、不死川はますます言葉を失った。
     そんな風に思わせてしまうほど、己は恋人に対して冷たい人間に見えるのか。思わずそう言ってやりたくなったが、寸前のところで口を閉じる。
     ちがう。そうじゃない。
     不死川は自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる為に深く息を吐き出した。
     冨岡義勇という人間の性格を考えれば、己の発言は的外れもいいところだ。

    「すまない……身勝手で、」

     続けられた言葉は、案の定冨岡自身を責めていた。
     本当に、本当に世話の焼ける恋人だ。
     身勝手なものか。謝る必要がどこにある。
     この男は言ってやらねば分からないのだ。薄々勘付いていたが、今回の件でつくづく思い知らされた。実感せざるを得なかった。

    「テメェから連絡が来た後、直ぐにレストランに予約を入れた」
    「え、」
    「まぁ、もう間に合わねェからキャンセルしなきゃなんねェけどな」
    「す、すまな、」
    「黙って聞いてろ」

     サァッと青褪めて謝ろうとする冨岡に、不死川は口を挟むなと言わんばかりに強い口調で遮った。

    「仕事が休みならどっか連れて行ってやろうとも思ってた。テメェの事情も聞かずになァ。――俺を身勝手だと思うかァ?」
    「……ッ、」

     冨岡は言葉がつっかえたのか、首を強く横に振るばかりであった。が、それが却って冨岡の必死さを有り有りと知らしめてくる。その様子に不死川は満足そうに頷き、そうだろうと呟く。

    「誕生日じゃなくたってなァ、テメェのしてほしい事くらいいつでも聞いてやる。……まぁ、時と場合にもよるけどよ」
    「……」
    「でもな、迷惑なんて思わねェから……少しは俺に甘えてみろよ。流石に傷つくわ」
    「…………うん」

     冨岡は俯いたまま「すまない」と消え入りそうな声で謝り、何度も首を縦に振っていた。
     少しは分かってもらえただろうか。これでまた遠慮されてしまうようならば、今度は別の手を考えなければいけない。

    「しなずがわ」
    「ん?」
    「……おはぎ、一緒に食べてくれないか? 探したんだ、それ」
    「勿論そのつもりだったぜェ」

     おずおずとまだ遠慮がちではあるが、今の彼なりに精一杯甘えてくる態度に愛おしさを覚える。不死川が即答すると、冨岡は嬉しそうに目尻を下げた。
     しかしながら、せっかくの祝いの日だ。おはぎだけというは、いささか質素過ぎやしないだろうか。
     不死川は時間を確認する。既に洋菓子屋は閉店している時間帯であった。

    「……コンビニのケーキでも買いに行くかァ」
    「何でもいいぞ」
    「来年は覚悟して待ってろ」
    「っ、……あぁ」

     ――そうか、来年か。来年も一緒に居ていいんだな。居てくれるんだな。
     冨岡の濡れた紺瑠璃色の瞳が、きらりと光る。とても、幸せそうに。

    「あぁ、そういや……まだ言ってなかったな」
    「?」

     何を、と冨岡が訊ねようとした時。不死川との距離が零になる。そのまま唇に柔らかいソレが重なり、耳元で甘く囁かれた。
     その言葉に今度こそ、冨岡は一筋の涙を流したのであった。


     誕生日、おめでとう。
     生まれてきてくれて、ありがとな。
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