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    hatimitu_umeko

    @hatimitu_umeko
    サンプルや進捗状況など。FGO以外の短めの作品もこちら。

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    hatimitu_umeko

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    摂食障害ネタの途中その2。吐くまでに前置きが長い。公開できる所まで。自分に圧をかけていく。

    【餓鬼道に至る】
     道満の腹が膨らんでいる。
     陰陽寮ですれ違った際に、真っ先に視界が捉えた異変に晴明は思わず道満を呼び止めた。幻術で見目を誤魔化しているようだが、周囲は騙せてもこの最優には通じない。軽い会釈をし、不躾ながらも隠すことなく目を向ける。自分の鋭い視線を受けて道満は嫌がる素振りをしたが、探る目は緩めなかった。
     袈裟を着込んでも分かる程に歪な丸みを帯びている下腹部。それは赤子が一人入っていても不思議ではない大きさだった。強い呪力を感じるけれど、何かを孕んでいる訳ではないらしい。術を用いて腹の中を透かそうと試みれば妨害され、詳細は掴めなかったが命は宿っていないと答えが出る。この時点で晴明に分かったのは、力を溜め込んだ奇怪な腹という事だった。
     ここ最近顔を合わせていないと思っていた間に、随分と面白いことをしている。心なしか顔も窶れているようだ。自分を負かす為に策を講じているのか、はたまた誰かの依頼で呪いを作っているのか。どちらにせよ、興味が沸いてしまい、より深く探って明かしたくなった。静かに上がった口角から察した道満が立ち去ろうと動くが、逃さないと手を伸ばす。
    「……ん?」
     咄嗟に掴んだ手首の細さに晴明は首を傾げた。道満の恵まれた体を隅々まで知っているからこその違和感。久しく肌に触れてなくても何度も抱き潰した記憶はそう易々と薄れない。訝しんで道満の顔を覗き込むと決まりが悪そうに視線を逸らされる。握り締めた手首を指で撫でれば心配になる程に骨の浮いた感覚が伝わり、未知への追及で弾んでいた心が萎む。
    「私の目を盗んで、何をやっていた?」
    「答える義理はありませぬ」
    「そうか、ならばこちらに来なさい」
     予想通りの反応を聞き、強引に手を引いて人目に触れない場所に連れ込んだ。薄暗い室内の几帳裏、念の為に人払いの結界を強いて壁際に追いやる。引き摺っていた時にも明らかに前より体が軽くなっていたのが分かっていた。大柄の身には不釣り合いな軽さ。別に何をしでかしても自分が対処するから良いが、体を損ねるのは頂けない。
    「で、何をしている?その痩せ方と腹は異常だ。別に呪詛ぐらい練っても良いが、自分の体を顧みないのは二流のする事だ」
    「己の体は己が一番分かっております」
    「私の問いに答えなさい。でないとここで法衣を全て脱がして確かめる」
    「……ただの断食修行で御座いますれば。一応、拙僧はこれでも僧侶ですので。術の鍛錬以外もするのですよ。よくある普通のことでしょう」
     そう告げて道満は膨れた腹を撫でる。法衣の隙間から見える手元や首回りの細さに気付かなければ、最初の印象そのままで妊婦の様だった。しかしさて断食修行と宣ったか、誤魔化しにしては御粗末な理由だ。正当な精神を鍛える為の断食修行なら、纏うべきは陽の気であり、地獄のような陰は孕まない。
     顔を合わせていない期間も明確に数えると一月にも届かず、二十日程度。直ぐに断食を始めたとして、窶れていく日数とするなら違和感は無いが、それなら隠す必要も無いし堂々とすれば良い。幻術で見目を変えている時点で疚しい気持ちを抱えていると告げているようなものだ。道満の言葉通り、僧侶の修行など有り触れているのだから。
    「その腹は?」
    「おや、晴明殿は餓えの果てに至る極地の姿を知らないので?都の裏に住まう平民からすれば、有り触れた苦なのですが。人は飢餓に陥ると水が溜まって腹が膨れる。当たり前のことでしょう」
    「餓えの病。それを人々が鬼として例え、餓鬼と呼んでいることぐらい知っているし見慣れている。重要なのは、おまえがそこまで身を削る必要はあるかどうかだ」
    「えぇあります。これも苦行をして精神を鍛え、僧侶としての徳を高めて都を救う為。そして当然ながら死ぬ気はありませんのでご安心下さい。目的を果たした際には、きちんと元に戻ります。故に邪魔立てしないで頂きたい」
     そこまで捲くし立てて道満は、晴明の視界からすり抜けて立ち去ろうとする。まだ納得してもいないのに許す訳もなく、手を壁に突いて阻む。即座に取り繕うのを止めた道満に怪訝な顔と共に舌打ちをされ、人目が無いからと足を踏まれた。今し方、自分が言った事に背いて法衣を剥いてやろうかと言う考えが脳裏に過る。
     このまま逃して好きにさせたら、恐らく碌なことにならない。餓えの病を患って鬼になる。餓鬼に取り憑かれる。自らが口にした言葉に縛られてしまい、道満への不安が増している。それでいてその見解が杞憂ではなく、近い内に的中するだろうと本能が警告していた。もはや当初にあった面白いと言う思いは無くなり、危機感から探究しないといけないと言う気概に動かされている。
     だが如何せん、確証は未だ無いし止めさせる糸口も掴めていない。無理やり暴いても良いが、術者本人の体を使用した呪いは正しい手順を踏まないと祓っても尾を引いて悪影響が残る。何より二重の意味で骨が折れそうだった。未だ自分を踏み続けている道満の細い足元を見て、次に不機嫌そうな顔色を伺う。何時もより刺々しく荒い行動は餓えているからか。今の所、精神面で修行の成果は出ていないようだ。
    「そうか、おまえの考えは大体理解したよ」
    「聞き分けが良くて助かります。ならば拙僧はこれにて失礼――」
    「――今夜、私の屋敷に来なさい。丁度良い肴が手に入ったし、酒を嗜みたい気分なんだ」
    「……はい?貴方、拙僧の話を聞いておりましたか?」
    「あぁ断食修行中だろう?だが私には関係の無い話だ。おまえの我慢に付き合う義理など無いからね。それに指を加えたおまえを眺めながら呑む酒は、きっと何時もより旨いはずだ」
    「意地が悪いですな。僧侶の修行を茶化すなど罰が当たります。行く訳がないでしょう」
     突き刺さる冷たい目線を受け流し、道満の足から抜けて晴明は懐から札を取り出した。それを躱そうとする道満の胸元に貼り付ける。前より肉の弾みが弱く、厚みが減ってしまった胸の感覚に悔みつつ、剥がされる前に素早く印を結ぶ。融け込んだのを見届けて、直ぐに解呪しようと躍起になっている道満に伝える。
    「屋敷に来なかったら、今繋いだ縁を辿っておまえの場所に乗り込む。まぁ修行は困難な程、徳を積みやすいと聞く。これもまた精神を鍛える為に必要な試練だと思うと良い。ほらそう捉えれば、私はおまえの修行に貢献している。仏も称賛してくれるさ」
    「っ……!絶対に行きませぬ!この様な稚拙な札など剥がしますので!」
    「窶れた体では厳しいとは思うけどね。まぁ出来るものならやってみると良いさ。あぁ迎えはおまえの屋敷に行かせるからね」
    「寄越さなくて結構……!」
     壁から手を離して解放すると普段より張りがない声で怒り、道満は足音を立てながら去って行った。廊下まで追い、遠くなる背を見詰めながら自分も持ち場に戻ろうと晴明は踵を返した。早く仕事を済ませて帰り、食事の準備と解呪の検討をしなければならない。道満の仕出かした事に対する対処は慣れたものだが、今回は久しぶりに急がないといけない案件であった。

     晴明は道満が自由に食事をする所を見るのが好きだ。あの大柄な体に相応しい食欲を備えた道満は、まさに山のように飯を食べる。作法を守って丁寧に口にしつつも、盛んに箸を動かす姿は面白い。自分を囲おうとする貴族との食事は気を張り詰めるばかりで味わうことなんて出来ないが、道満となら普通の飯が数段美味しく感じられた。
     初めて道満の食事に見惚れたのは、屋敷に呼んでもて成した時だ。格好付けようと気前よく、食事を好きなだけと告げたら、道満は米を二升平らげ、酒は樽一つ分を優に飲み干した。肉などを出せば軽く猪一頭は食べるし、甘味も好んでおり、遠慮なく晴明の分まで口にするのだから手を叩いて喜ぶしかない。実に称賛に値する食べっぷりだった。
    「……どうしても食べないのか?」
    「何度も言わせないで下さいませ。拙僧は今、断食中です。食を断っております」
    「酒も?」
    「当然でしょう。水さえも出来るだけ控えているのですよ。その身で酒なんて以ての外」
     だからこうして自分だけ物を食べ、道満が一切手を付けない晩食は至って詰まらなく味気なかった。やんわりと勧めても素気無く断られる。折角美味しいと評判なはずの酒は無味に感じ、全く酔えそうにない。舌の上で水に成り下がったものを転がし、道満の前に並べた膳を見た。最初は湯気が立っていた食事は、すっかり冷めてしまっている。
     ――夕方、道満は不貞腐れた様子で迎えの牛車に乗って晴明の屋敷に訪れた。縁が切れたと式から伝達が無かったから分かってはいたが、大口を叩いておいて剥がせなかったのが恥ずかしかったらしい。晴明の顔を直視せずに大人しく母屋に上がった。今回は刺激するのも悪手だと札については触れず、丁重に出迎えて受け入れる。
     何時もは気まぐれな割に、臍を曲げると頑固者に変わる道満の強さは知っている。恐らくどれだけ極上な食事を用意しても手を付けない。無駄になると予見した上で、何時もと同じ山となる飯を用意して振る舞った。食事を前にした道満の言動を観察すれば、更に何か分かることがあるかもしれないと考えたからだ。
     けれどいざ汁物や菜が冷えて、茶碗に盛った強飯の表面が乾いていく様を見ると心苦しい。度々道満からは人の心が無いと言われるが、晴明にも惜しむ情緒は存在する。以前は朗らかに飯を口にしていた道満が、それを目の前にして痩せた手を膝の上に置いて正座したまま動かず、興味なさそうにしていれば余計に辛いものがあった。心から腹を飢餓による腹水じゃなく、飯で胃を満たして膨らませて欲しいと思う。
    「断食修行を私はしたことが無いが、辛くはないのか?」
    「はは、おかしなことを言いなさる。苦行ですから、言葉通りに苦しく辛いものでなければ意味がありませぬよ」
     当たり前の事を聞かれて、平然と笑う道満の唇は乾いており、少し端がひび割れていた。そのせいで綺麗な若草色も縒れてしまっていて勿体ない。潤いを与えてやりたいと含んだ酒を直接口付けで流し込みたい衝動に駆られる。流石に実行したら罵倒と共に平手打ちされ、即刻出ていかれるから堪えるが。やはり無暗に体が蔑ろにされているのは眉を顰めてしまう。
     先を見据えることに長けた目で晴明は膳の前に座り込む道満を観察する。窶れて顔色も悪くなったせいで、表面は笑っているのに影が深く暗い印象を受けた。瞳に欲は宿っておらず、餓えによる執着は微塵も伺えなかった。しかし苦を乗り越えたならば、至ったはずの悟りを微塵も携えてなく、あるのは邪気ばかりだ。
     繫げた縁から事前に体内を調べた際、分かった事は二つ。膨れた腹の中には飢渇と悪因の業が渦巻いている事。そして三尸の中尸が死んでいた事だった。道教に伝わる人の体内に住む三匹の虫。その中の食欲を司る概念である白い獣。道満は餓えに耐える為に、自らの腹の虫を殺めてしまった。死んだ虫は鳴らないから、何も食べなくても空腹は感じないし訪れない。
     改めて現状を確認すれば、自分と道満の両方に呆れてしまう。鬼になると昼間は懸念したが、放った二十日の期間は長く、道満を気に掛けるのが遅かったのかもしれない。道満もよく自分をここまで避けられたものだと少し感心する。既に道満は餓鬼に陥っているか、或いは取り込んでいるかの可能性が極めて高いだろう。鬼を祓うべき陰陽師が、それらに関わるなど本質を見失っていると戒めたい。
     味が無くなる所か、苦味が増して喉越しさえ悪くなった酒を飲み干して晴明は、頭の中にある文殿を開けた。三尸の事を考えていたせいか、頭に住む虫と言われる青い道士の上尸が書物を紐解く。直ぐに思い当たるのは、海の向こうの唐から運ばれて来た数冊の論書。それらには六道の事が説かれていた。
    「……傍に寄るよ、道満」
    「拙僧は嫌です。けれど貴方は聞かないでしょうねぇ。なので、どうぞお好きに。この身を肴にするのに飽きたらお伝え下さい。帰りますので」
    「少なくとも今の私の目で、おまえに飽きるという未来は一度も見ていないな」
     空いた杯を片手に持ちながら、忍び寄るように晴明は道満の隣に歩んで腰を下ろした。そのまま肩にもたれ掛かるが、警戒はしていても道満の視線はこちらには向かない。構わず鼻先を埋めて匂いを嗅ぐ。普段香る芳ばしい白檀は薄く、代わりに焦げた匂いが混ざっている。鎮火せず今もなお燃えている匂いだ。
     顔を上げて行儀悪く箸を使わず、素手で膳の小鉢から鯉の切り身を摘んで食べる。塩を振った焼き魚の美味しさは、庖丁人の腕もあって苦かった酒の後味を消してくれた。そうして指を忙しなく動かして平らげ、一つの小鉢を空にする。一度だけ道満の視線が疑って、晴明の指を追ったが何をする訳でもなく伏せられた。構わずに潮の付いた指を拭って綺麗にし、空の小鉢を掲げて語り掛ける。
    「なぁ道満、おまえの所には托鉢と言う修行もあるだろう?」
    「……そうですね。拙僧が以前世話になっていた寺では、乞食行とも言っておりました」
    「実際にやった事はあるだろうか?」
    「数回だけ、高僧の托鉢にお供した事があります。しかしあまり為にはなりませんでした。なので都に来てからは、一度もやっておりませぬ」
    「なら今回の托鉢は、初めておまえの為になるかもしれないな――持ちなさい」
     強引に空の小鉢を道満の手に握らせる。当然ながら抵抗されたが、術を使った命令で行動を縛って手離すことを封じた。その場しのぎの簡易な術。破られることも想定して考えていたが、食を捨てて細くなった体では対処出来なかったようで、小鉢を持ったまま道満は晴明を睨んで歯噛みしていた。大成する過程とは言え、以前より弱まった所を自分に見付かった時点で道満に為す術など無かったのだ。
    「何を、する」
    「……話を変えようか。おまえに餓鬼について語りたい。餓えの病の方では無く、六道の世界にある餓鬼道についてだ。あぁ返事も相槌も期待していないよ。ただ大人しく私の話を聞きなさい。餓鬼道で生まれた鬼。それらは書物によって、在り方の記述は異なるし種の数も多い。中には人から施されたものなら、真っ当な食事が出来る餓鬼も居る。そうだな、これを鉄鉢と名付けよう」
     道満が持つ陶器の小鉢に鉄鉢と違うの名を与え、物の役目を変える。たったそれだけで食材を入れて膳に行儀良く並べられる意味しか持たなかった鉢は、僧侶が托鉢の際に用いる応器になった。途端に道満は狼狽えて、冷や汗を滲ませながら小鉢を凝視する。その動揺が伝わって震える小鉢に晴明は膳から強飯と少量の水を施した。
    「さて話を続けようか。面白い事に餓鬼への施しは、供養の一面もある。それを仏教では、施餓鬼と言うらしいね。おまえの寺でも執り行った事はあるんじゃないか?堕ちた死者だけではなく、魑魅魍魎の存在すらも救う立派な仏事を」
    「あっ……」
    「私にもおまえと同じように徳を積ませて欲しい。だからこれは、私からの施しだ。どうか――食べておくれ」
     指先で祈祷し、道満が抱える餓えを弔う。そうすれば道満の膨れた腹が顫動したような気がした。震えは止まらずとも、ゆっくりと道満は小鉢に口を付けた。そうして水で解れて流し易くなった強飯を口に含んで咀嚼し、苦悶の表情を浮かべて食べた。食物が喉を通って縮んだ胃に落ちるまでを見届ける。
     その一口が終わった後、程無くして異変は起きた。あれ程、飯に対して無関心を貫き、自分を冷たく睨み、苦しみながら無理やり食べさせられても道満は何も言わず、怨み声すら上げなかった。残った小鉢の中身を噛むことすらしないで飲み干し、無くなれば床に放り投げる。顔を上げて目の前の膳を見詰める瞳は泥水のように濁っていた。
    「道満。何が起きて……っ」
     名を呼んでも反応しない道満の肩を掴めば、ようやくこちらを振り向いた。そして肩を掴む晴明の手に視線を下ろし、水により少しだけ潤って紅が落ちた唇を開いて、躊躇いも無く指先に噛み付いた。道満の鋭い歯が噛み千切るかのように晴明の指に刺さり、流れた血を垂らすことなく啜る。咄嗟に振り払おうとしたが、より強く歯が食い込んで離れない。
     その間にも道満の舌が晴明の血を吸い上げ、何度も噛んで祈祷した指を飲み込もうとする。痛みに耐えて指を喉奥に押し込んで刺激し、嗚咽した所で顎を捉えて引き抜いた。自分の指に血止めの処置を施し、咳き込む道満の顔を覗く。正気を保っている顔持ちではなかった。先程まで喰らおうとしていた指も忘れて、蹲り敷いていた畳のい草を毟って口に入れている。
     手離した食を与えれば、好転するかもしれないと思っていた。餓鬼の性質を持っているなら、その中でも物を食せる多財餓鬼に変化させ、少しでも栄養を取らせて体を労わるつもりだった。そこから解呪の足掛かりにするつもりだったが、仕掛けるのを早まったか。手探りの中、閃いて試した策。好敵手の道満が企てている何かは複雑で自分が誤るなど随分と久しい。焦りもせず妙に冴えた思考で今を観察する。
    「うっぐ……ぅ……」
    「そんなものを食べるな、道満。人の食べるものではないよ」
    「ぁ……ぅ、う」
     肉が落ちて堅くなった背中を撫で、運良く引っ繰り返っていない膳を道満の傍に寄せる。それを目にすると道満は素手で強飯を掴んで口に運んだ。端も使わずに両手を使い、食事の作法など元から覚えていなかったかのように咀嚼も最低限に次から次へと胃に収めている。食い漁るという言葉が似合う姿だった。
     一手だけで上手くいくとは微塵も考えていなかったが、こんな姿を求めていた訳ではない。自由を履き違えた食事を見て、胃に不快感が募る。食物に感謝しつつ味わい、気持ち良く頬張る所が好きだった。人によっては手に入れることすら難しい幸福を捨ててまで、道満は強くなりたかったのか。いくら好意的に考えても理解は出来ない。
    「止めなさい」
     忽ち膳の上にある飯を全て空にし、それでもなお小鉢を齧ろうとするのを止めて取り上げる。道満の手先は汚れ、口から零しながら食べたものだから着ている法衣も斑点だらけになっていた。化粧なんて見る影もない。再び畳を毟ろうとし、指に付いた醤を舐め回して爪を噛む。何もかも汚れているのに、その横顔だけは変わらず綺麗なままなのが、少しだけ見惚れつつも同時に気が滅入る。
    「――っ、うぇ、ごほっ」
     これ以上、異物を口にしない為にも体を抑え込み、異変の原因を探ろうとした時――畳の上に吐瀉物が広がった。
     爪を噛み切って飲み込んだ直後、道満は俯いて嘔吐した。今し方食べた物が、碌に咀嚼しなかったのも合わさって形ある状態で胃液と共に転がる。必死に口元を手で塞ごうとしても嘔吐は止まらず、母屋に道満の苦しそうな声が響いた。水差しを片手に持ち、口内を濯いで介抱しようとしても、その細い腕の何処から力が出せるのか。先程とは変わって格段に強くなった腕が晴明の胸を突き飛ばした。
     何度も吐き続け、饐えた臭いが立ち込める。い草が混じった吐瀉物を手に取り、また口に運ぼうとするのを見て、慌てて声を荒げて制すれば含む前に嘔吐してしまい、道満は噎せて蹲った。全て吐き出して胃を空にしても終わらない。最後には吐き過ぎて何処かの器官を傷付けたのか、胃液は血の色に染まっていた。
    「けほ、は、はっ……っ」
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