花盗人は愛を詠う 2話あれからレオの宣言した通り、発情が治まっても行為は続き、司が気絶するまで終わらなかった。途中司からも強請っていたような記憶がうっすら残っている。ハジメテの司に一切遠慮などなく、むしろ苦しい程の快楽を与えたレオは翌朝司が目覚めた時にはもう隣にいなかった。沢山レオの子種を中に出されてしまって、妊娠してしまったのではないかと顔を青くしていた司の雰囲気から察したのか、創は落ち着いた声でレオは司の身を清め、服を着せて、アフターピルを飲ませたあと執務室に戻って行ったのだと教えてくれた。
「お妃様はとても王様に愛されているのですね。」
創がにこにことしながらベッドのサイドテーブルに朝食を給仕していく。あんなに激しく抱かれたのだから当然司の足腰が立つわけもなく、なんとか上半身を起き上がらせてもらってベッドで遅めの朝食を食べることになったのだ。
「そう、なのでしょうか。」
司はレオのことをよく知らない。運命の番で幼い頃会って番った相手とはいえ、その時のことは全く覚えていないし、あの森で顔を合わせたのも2回だけだ。言葉もほとんど交していないような相手に愛されてるかどうかなんて分かるはずもない。
「お妃様を連れてこられてから、陛下はお目覚めになるまで何度もこちらに足を運ばれてました。お召し物はご友人の裁縫師様が陛下直々の依頼で制作されたものですし、この部屋の家具も陛下自らお選びになられたんですよ。」
創にそう言われて、改めて部屋を見渡す。派手ではないが、美しい装飾が施された家具。桜の花びらが掘られたものもある。自分の着ている服はシルクの肌触りの良いブラウスとスラックス。袖口には司の花章であるライラックとミュゼカの国章の刺繍がされている。本来敵国の将である司がこのような待遇を受けるのはありえない。本当に他意なくただ司を妃にするためにこの場所に連れてきたのだろうか。
「失礼するよぉ。」
「はーくんお疲れ様。」
「もう、凛月ちゃんったら。創ちゃんはお仕事中なんだから抱きついちゃダメよォ。」
司が気持ちを落ち着かせるためにスープに手を伸ばした時、部屋に入ってきたのは見知った顔だった。
「瀬名先輩に凛月先輩、それに鳴上先輩まで。どうしてこちらにその服装はもしや。」
「うん。俺たちは王さまを守る騎士だよ。」
ミュゼカの国章をつけた騎士服を身にまとった3人は司にとって剣の師匠であった。2年前、盗賊に襲われそうになった司の両親を救ったのが冒険者を名乗るこの3人で、それがきっかけで司に剣の指南をすることになったのだ。半年という短い間ではあったが、司は3人のことを先輩と呼び慕っていた。
「身分偽っててごめんなさいねェ。」
「俺たちは王さまに『おれの運命の番がどんな子か見て欲しい』って頼まれてあんたに近づいたんだよ。」
「まさか、あっさり剣の指南役として出入りできるとは思わなかったけどねぇ。あ、ス~ちゃんママは俺たちの正体に気づいてたみたいだよ~。」
「そうだったんですか!?」
この3人がミュゼカの騎士であることもそれに母が気づいてたことも驚きだった。
「ふふ、こうやって可愛らしい希少種の2人が一緒にいるのを見れるなんて眼福ものねェ。」
「2人……」
嵐のその言葉に司は首を傾げる。
「ス〜ちゃんのお世話係をしてるはーくんは希少種の白カラスなんだ~。」
「ええっ。」
この国に連れてこられてからもう何度驚いたのだろう。もうそろそろ自分の心臓は止まってしまうのではないかと司は思った。
「幼なじみと一緒に誘拐されて、売り飛ばされそうになっていた時に、冒険者クランのTricksterの方々が助けてくださって。そのクランメンバーの中に凛月先輩の幼なじみと瀬名先輩の幼なじみがいらっしゃった事が縁で王宮で働くことになったんです。」
「まぁ国としては希少種の子は保護しないといけないからねぇ。どうしても働きたいって言うから、使用人としてメイド達の手伝いとかしてもらってるワケ。」
「はーくんはとてもいい子だから、仲良くしてあげてね。はーくんとス〜ちゃん同い年だし、希少種としてなにか通じ合うものあるかもだし、何か困ったことあったらはーくん伝てに俺たちに相談してくれたらいいよ。」
「ありがとうございます。あの、今のこの状況が困った事なのですけど。」
司がそう言うと4人は押し黙った。はぁ、とため息をついてから瀬名が口を開く。
「あいつのこと恨まないでやってくれる?アンタからしたら、突然この国に連れてこられて、王さまの妃になるって言われたワケだからさぁ、戸惑って当然だよ。」
「目覚めたてのス〜ちゃん襲ったことに関しては、俺たちからこってり絞っておいたから、今頃反省してるんじゃないかな〜。」
「ママに監視してもらってるし、今日はこっちに来れないと思うわァ。」
「そ、そうですか。」
「ちょっと話そらさないでくれる?で、今回かさくんを連れてきたのはね、かさくんの母親に頼まれたからなの。」
「お母様から?」
「昨日王さまから聞いたと思うけど、うちの国の王太后さまはかさくんの母親とは仲がいいの。戦争前はよく交流してたそうだよ。それで、つい数日前密書が王太后様の元に届いてね。」
ほらこれと瀬名が司に渡す。中には綺麗な字でこう書かれていた。
『司が戦いの旗印として、戦場に出されそうになっています。番であるレオくんの元で守って欲しいのです。これは夫も承知しております。無事そちらの国に司を連れ出せた時、このことを本人に伝えてください。わたくしは反戦争派としてできる限りのことをします。どうか、わたくしのことは気にせず幸せにしてやってくださいませ。』
「お母様……。」
司は涙ぐんで手紙をぎゅっと抱きしめる。
「こんな形で迎えることに俺たちは反対したんだけどね、王さまが『そんな状況ならなるべく早く迎えに行かないといけないだろ』って言ってさ。密偵から情報を得てアンタを迎えに行ったの。敵国なわけだし強引な手段を取らざるを得なかったのは申し訳ないとは思うけど、間違ったことはしてないつもりだよ。」
瀬名にハッキリと言われて、ようやく現実を受け入れられた司は涙を拭う。
「私、王妃になります。」
4人はうんうんと嬉しそうに頷く。
「決意できたみたいだね。まぁス〜ちゃんが拒んでも王妃になることは確定事項だったんだけど。」
「それじゃ、明日から王妃教育始めるからね。」
「あら、まだ早いんじゃないのォ?」
「結婚式まで時間が無いからさぁ。痛いとこつつかれたくないでしょ?」
「まぁ、ねェ。」
「確かにあいつらをぎゃふんと言わせたいね〜。」
「あいつら…?」
司がこてんと首を傾げる。
「ううん。気にしないで。こっちの話だから。」
「はぁ。」
まだまだこの国に来たばかりの司には分からないことのほうが圧倒的に多い。知っていけばそのうち分かることだろうとそれ以上は聞かなかった。
その後、仕事に戻るからと部屋を出た3人を見送って、創に出された食後の紅茶を飲みながらぼんやりと考えていた。
司自身レオに怒りこそすれ、恨む気持ちは湧いてきていなかった。瀬名に恨まないでやってくれと言われて確かに本来なら恨んでもおかしくないようなことをされたのに、どうして自分はレオを恨みに、嫌いに思えないのだろうか。むしろ1度目の対面の後に芽生えたレオのことを知りたいという思いはより一層強くなっている気がするのだ。
この胸を焦がすような感情の正体は感情の機微に聡い嵐や凛月であれば教えてくれるかもしれないが、レオ本人に問うてみたいと思った。今日は来れないだろうと嵐が言っていたから、今度レオが訪れた時に訊こう。そう決めた司は明日に向けて身体を休めようと、創の手を借りて身体を横にした。
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なにか、しっとりしたものが肌に触れている。まるでグルーミングしているかのように丹念に往復している。それが耳に及んだ時、司はにゃうっと声を上げて目を覚ました。
目の前には揺れる橙の毛。
「ふにゃっ……あう。なに、を。」
「あっ、起きた?」
レオはニカッと笑ってから、再び耳をぺろぺろと舐め始めた。
「あっ……や、やめて……にゃっ。」
「やだ。」
「待って……ふうんっ、あなた、今日は来れないのでは、なかったのですか。」
「ん〜?抜け出してきた。」
プチプチとブラウスのボタンが外されていく。司はどうにか身体をよじったり足を動かしたりして、抜け出そうとする。
「だめ、なんですってばっ!」
ドンッと司の膝がレオのみぞおちに入って、レオはうっと呻く。
「明日から王妃教育が始めるんです。なのでこういう行為は控えてくださらないと困ります。」
「えぇ〜。」
「そもそも、瀬名先輩たちにお叱りを受けたのでしょう?」
「あぁ、まだうちの国に来て数日しかも目覚めたての子に無体を働くなんてバカなのかって怒られたぞ。」
「怒られたのなら反省してください!」
「むむぅ。分かった。えっちなことはしないから一緒に寝よ。」
「嫌です。」
「そこをなんとか!お願い!」
司は上目遣いで眉を寄せてレオが言う姿に心がきゅっとなって、しぶしぶながらも受け入れた。
「絶対に不埒なことはしないでくださいね。」
「やったー!スオ〜ありがと。」
レオのいる方とは反対を向いて寝る体勢になる。レオはそれに後ろから抱きしめるようにくっつく。
その暖かさに眠りそうになるのを堪えて、レオに声をかけた。
「あの、ミュゼカ王。」
「レオでいいぞ。」
「えっと。れ、レオ、さん。私、あなたのことなぜか恨めなくて。昨日酷いことされて普通なら恨んでもおかしくはないのに、どうしても嫌いになれなくて。」
「うん。」
「あなたのこともっと深く知りたいと思うんです。今もこうして抱きしめられているのも全く嫌ではなくて、むしろ安心してしまってるんです。この気持ちは一体なんなのか、教えてくださいませんか?」
「うぅぅん。スオ~は自覚がないんだろうしな…。むむ。」
レオが悩むような声を上げて、やはりレオにも分かることなのかと司は思った。
「どうして、悩んでいるのですか。わかったのなら……。」
「もうっ、おれから言うの恥ずかしいんだけどさ、それってスオ~がおれを好きってことだよ。」
「はい?」
「だからぁ、スオ~はおれに惚れちゃってるってこと!おれがスオ~のこと好きだ、愛しいって思う気持ちと同じ!」
「わ、私があなたに恋を…?まさか……あなたとは出会ったばかりで。」
「好きになるのに時間なんて関係ない。おれだって小さい時も、大人になってから見かけたときも、スオ~を一目見て好きになっちゃったんだもん。」
心臓がバクバクとして、頭に響いて騒がしい。自分の番である相手とは言え、よく知らないひとのことを好きになってしまっていたなんて信じられない。
「えへへ、好きな子が、スオ~がおれのこと好きなのすっごく嬉しい。」
抱きしめる力が強くなる。レオの心臓も司と同じくらいドキドキとしていて、次第にシンクロしていく。
「わたしにもっと、あなたのことをおしえて……ください。」
半分寝てしまった状態で司はぽつりと言った。
「うん。いくらでも教えてあげる。これから時間はたくさんあるからな。」
おやすみ、とレオは司のつむじにキスを落としてから自分も目をつぶった。