花盗人は愛を詠う 4話 自覚司がミュゼカに連れ去られてきてから2週間。
レオは各貴族の領地視察という名の根回しのため、王宮を開けることが多く、共に摂るはずだった食事はおろか、顔を合わせること自体ほとんどなかった。その間の司の王妃教育は順調そのもので、既にお墨付きを貰っていて、近々レオの母である王太后とお茶会をすることになっている。
そして、司専属の護衛騎士も配置された。
「にーちゃん、友也くんお疲れ様です。」
「おう、創ちんもお疲れ様。」
「お疲れ様〜。」
第7騎士団のメンバー、団長・仁兎なずな、真白友也が司の専属となると聞いた時、誰よりも喜んだのは創であった。創にとって友也は共に『Trickstar』に救われた幼なじみ、なずなは王宮に来てからの教育係という間柄で、気心の知れた相手と働けることが嬉しかった。2人は司とも直ぐに打ち解けて、なずなからは『司ちん』、友也からは『朱桜』と司は呼ばれることになった。
「みなさん、今日もありがとうございました。明日もよろしくお願いいたします。」
司は感謝を伝えるということを信条としていて、就寝前は必ずこうして労いの言葉をかけるようにしている。最初は3人とも仕事なのだからと恐縮していたが、司が毎日言い続けたことで習慣になった。
「では、おやすみなさいませ。」
3人が部屋を辞し、司は少し本を読んでから目を閉じた。
司が就寝する時間は夜間担当の騎士が後宮を守っている。何かあれば専用のベルで呼ぶことができるので、安心して眠りにつけていた。
ガタンっと窓が開いて夜風が部屋に吹き込む。その音で目を開けた司は本能的に起き上がった。侵入者、と窓の方も見ずにベルを鳴らそうと伸ばした手を掴まれて、ベッドに戻された。
「しーっ。スーちゃん。俺だよ。」
「凛月先輩?」
暗闇に赤い瞳が光って司を捉える。
「ねぇ、今から王さまの執務室行ってみない?」
「えっ?」
「最近王さま公務で忙しくてさ〜、この時間も仕事してるんだよねぇ。」
「はぁ、公務に励まれているのは良い事だと思いますが、なぜ今の時間から?」
「まぁまぁ、とりあえず来なって。悪いようにはしないから 。」
「ちょっ……。まっむぐぐ。」
司の口にタオルを突っ込んで俵担ぎの状態で凛月はベランダから出た。
「ちょっと揺れるけど耐えてね。」
ピョンっとベランダから降り、暗闇の中を走っていく。目的地に着いた時には司はぐったりとしていた。
「ただいま、王さま〜。」
「ん、リッツおかえり…ってスオ〜幻覚」
「幻覚じゃないよ〜。連れてきた。」
「えっと……。こんばんは?」
「ほら、王さま立って。こっち来て。」
「え、あ、うん。」
司は部屋の中にある扉の前まで連れてこられ、レオもそこに呼ばれて素直に来た 。
「じゃああとはお2人でごゆっくり♪」
扉を開いた凛月はレオと司を中に押し込んてそう言った後、扉を閉じてガチャりとカギを閉めた。
「リッツまだ仕事残ってるんだけど」
「しばらく睡眠時間削ってるんだから今日くらいはスーちゃんに甘えなよ。じゃあね、おやすみ〜。」
「おいリッツっ。」
レオは数回どんどんと扉を叩いてはぁ……とため息をついた。
「あの、ここは。」
「おれの部屋。散らかってるだろ?」
部屋中に紙が散乱していて、お世辞にも綺麗とは言えない状態だった。
「これは楽譜ですか?」
「うん。おれが作曲したやつ。おれ、作曲家もやっててさ、霊感湧いたらこうやって所構わず作曲して楽譜散らかしちゃうからいつも瀬名達に怒られてるんだ。」
「そうなんですね。ふふ、こんなに素敵な曲を生み出せるなんて凄いです。」
司がニコッとレオに微笑むと、レオは何かを堪えるような表情をしたあと、司の手を引っ張ってベッドに押し倒した。
「ごめん、おれ、スオ〜不足で我慢できない。どうしても抱きたい。」
「ふえっ」
「酷くしないから、お願い。」
最初の夜の以来、身体を重ねることは1度もなかった。司は拒んでいたし、レオも無理やり発情させるのは司の身体に負担がかかるからと強硬手段に出ることはしなかった。
レオのいつにも増して余裕なさげな様子に、司の中の何かが疼いて身体を熱くする。
(いつもなら拒もうと思うのに、なぜか今日は、この人に抱かれたい。)
「いいですよ。」
フーッフーッと荒い息をしてギラついた目を向けるレオの頬に司は手を当てる。
「嫌って言っても止まれないからな。」
「望むところです。」
レオは司の手を舐めてから、首筋をガブリと噛んで、司の寝間着を脱がしていく。
肩や鎖骨、胸にも噛み跡をつけて、胸の飾りを手が掠めた時、司の身体が跳ねる。
「ひぁっ。」
その反応を見たレオの表情はまるでスイッチが入ったかのように先程までの切羽詰まった表情から一変して、余裕を感じさせる愉しげな表情になった。
「おまえ、あの一晩でここ感じるようになったんだな。あ、もしかして一人で慰めたりとかしてたの?」
「そんなはしたないことは……。」
「はしたない、か。これからみっちりおまえのイイトコ教えて
やるから、今度自分で触ってみろよ。意味わかってんならできるだろ?」
「なっ……。」
中々顔を合わせることすらできなかったレオのことを考えた時、自ずとあの夜のことが思い出されて体が疼いたことはあった。レオの言う通り自慰の仕方は分かってはいるが、もし世話をしてくれている創に気づかれたらと思うと触れることはできなかった。
「じゃあまずはココから、だな。」
レオは動揺する司にニヤリと笑って、胸に顔を寄せた。
「ふんふふ〜ん♪」
カリカリとペンを走らせる音とレオの鼻歌が部屋に響く。司は最初まどろみながらそれを聴いていたが、途中でハッとして上体を起こす。
「レオさん、その歌は。」
「ん?スオ〜起きたの。これはな、おまえと初めて会った時に書いた曲のアレンジ。」
レオのその言葉に司は目を見開いたあと、口に手を当てた。
「あなたが、『この曲を歌ってくれる人』、だったのですね。」
「なにそれ。ってなんで泣いてるのどこか痛い?いや全身痛いだろうけど!」
「いえ、悲しいとかではなくて、嬉しいんです。私、幼い頃からよくその曲をお母様が歌ってくださってて、ずっと作曲者の方に会ってみたかったんですよ。」
司の母の言っていた『この曲を歌ってくれる人』はレオが司の番であることと、音楽の国の王であることを考えれば、聡い司であればすぐに思いつきそうなものだが、そんなことを考える暇もなくこの国での日々は目まぐるしく進んでいた。
「そっか。スオ〜のお母さんは聴かせてくれてたんだな。」
レオは嬉しそうに司の頭を撫でる。
「ほんとおまえのお母さん――十和様には感謝しないとな。何から何まで手を回して動いてくれたおかげて、なんとかいい方向に向かってる。スオ〜、あともうちょっとだからな。」
「ええっと。一体何がもうちょっとなのでしょう…?お母様は何を。」
「そのうちわかるよ。今はおれのお嫁さんになるための準備に専念してて。」
司はレオに前髪をかき分けておでこにキスをされて、「お嫁さん……。」と呟いて頬を赤らめた。
「1つお願いがあるのですが。」
「なぁに?おれに出来ることならなんでもするぞ?」
「視察に同行させていただけませんか?」
「視察に?どうして。」
「あなたの王としての姿を見たいんです。私はその、bedの上のあなたしか知りませんから。」
もぞもぞと恥ずかしそうな司にレオも顔を赤くして耳をかいた。
「た、確かにそうだな。瀬名に掛け合ってみる。」
「ありがとうございます。」
ふにゃりと笑った司をレオはぎゅっと抱きしめる。
体重をかけられて司は再びベッドに沈んだ。
「スオ〜可愛い。」
ちゅっちゅと顔中にキスの雨を降らされて、くすぐったさに身をよじると、レオがうぅ…と唸った。司は太ももに感じた感触で、レオが唸った理由を察して困ったような顔になる。
「お元気ですね……?」
「やっぱりスオ〜と一緒にいると触れたくなっちゃうし、触れたら反応しちゃう……。うぅ、おれがスオ〜のこと好きなのは身体だけみたいでなんかやだ。」
耳もしっぽもへたりとさせて落ち込むレオに司は胸の奥がギュンとするのを感じて、レオの唇に自分からキスをした。
「ふぁっい、今スオ〜がおれにちゅーした」
「ふふ、あなたが可愛らしくてつい。」
「可愛いのはスオ〜の方だろ!」
「いいえ、あなたの方が可愛いです。」
「おれは可愛くなんてないっ。スオ〜は可愛い!」
「確かに社交界一の名花と評判のお母様によく似ていると言われる容姿は、それなりに自信はあります。ですが従兄弟から『ホントお前はボクと違って可愛げのない性格っ』と散々言われてきましたし、瀬名先輩にもクソガキと呼ばれてましたから、可愛くはないかと。」
「そんなことないぞ!おれにとってスオ〜は綺麗で、抱きしめてずっと愛でてたいくらい可愛くて愛おしい番なの!」
「……んっ。」
パクっと食むように何度も唇を重ねられて、上手く息も出来ずに、ただただ酸素が奪われていく。潤んだ視界の中で見えたレオの顔は、両親が向け合う恩愛の情が籠った眼差しに似ていて、さっきのレオにキスをしたいと思った時の胸が軽く締め付けられるような感覚がふたたび湧き上がってきた。
(あぁ、これがもしかしたら"愛おしい"という感情なのかもしれない。)
司は腕をレオの首に回し、自分からも応えるように唇に少し力を入れた。レオは少し驚いたようだったが、もっと深くと開いた口に舌を差しこむ。レオの舌に翻弄されながら、司は2年前に嵐が『その人と居てとっても愛おしいって心が言うのが"戀"なの。恋をすると相手のことをもっと知りたい、独り占めしたいって欲張りになっちゃうのよ。』と言っていたことを思い出した。本当に今感じたのが愛おしいという感情ならば、レオのことを深く知りたいと望むこの気持ちはまさしく恋なのだろう。
レオに「スオ〜はおれのことが好き」と言われた時はまさか出会ったばかりの人にという気持ちであったが、司は今までそういう感情で人を見た事も向けられたこともなかったからただ自分の中にあるその感情を自覚できていなかっただけなのだ。
「ふっ……あう、レオ……さ…んっ。」
想いを自覚したのがトリガーとなったのか、まるで発情した時のように全身が火が点ったように熱く、レオに触れられている部分に快感が走る 。段々と思考も身体も蕩けていく。
「スオ〜、好き、大好き。」
(私も、あなたのことが……。)
レオから与えられる好きとレオへの好きに溺れて、司は再び快楽の海に沈み込んだ。