暖かい朝正直、昨夜の事はあんまり記憶がない。
一松はズキズキと鈍く疼く頭を抱えて枕に突っ伏した。
昨日もいつもの路地裏に猫達の様子を見に行った帰り、ブラックサンタで絡みラーメンを奢ってもらったカップルの彼氏の方とばったり出くわした。あんな事をしたし迷惑を掛けたのに、そんな事は忘れたかのように「一緒にご飯食べませんか!」なんてやたらニコニコと声を掛けて来た。もう既に少し飲んでるようで顔が赤い。何となくあまり無碍にも出来ず迷っていたら、奢りますよ、なんて腕を取られたからもう断る事は出来なくて。仕方なく公衆電話を探すもこの携帯電話全盛のご時世、なかなか見付からない。そうかと言って連絡せずに帰りが遅くなると二番目の兄が心配する。もういい歳をした成人だと言うのに、まるで子供を心配する母親のように。それ以前に六つ子だから年だって同じなのに。それでも食事がいらない時や遅くなる時は連絡する、と言う松野家ルールがある以上電話をしない訳にはいかない。困っていると彼氏がスマホを差し出してくれた。ありがたくそれを借りて家に連絡を済ませ(家の電話が黒電話で良かったと思った)、誘われるまま食事をして酒を飲んで。気付いたらすっかり出来上がっていて、どうやって家に帰ったのかも覚えてない。ただ家の玄関を上がり、居間の襖を開けた途端に視界を染めたのは――鮮やかな青だった。
――そして目覚めたら二日酔い。
「一松、薬買ってきたぞ。具合どうだ」
「………死ぬ」
からり、襖が開いて薬局まで行ってきたらしい次男が顔を覗かせた。その手にはビニール袋。大方二日酔いに効く薬やら何やら買ってきたのだろう。
「そんなになるまで飲むなんて珍しいな、楽しい酒だったのか?」
枕元に座り込んだ次男、カラ松がビニール袋の中身を取り出しながら穏やかな口調で尋ねる。
カラ松は何かよっぽど良い事があったのか朝から甲斐甲斐しく世話を焼き、多分自分の気に障らないようにだろう、イタい言動も全くして来ない。それは正直、頭痛やら吐き気に悩まされていた自分にとってはありがたい事なのだけれど。
「あー…まあ、楽しかった、かな…」
「そうか、それなら良かった。ゼリー飲料なら腹に入れられるか?」
「…多分」
体を起こそうとして頭がズキリと痛む。思わずふらついた体を、後ろからカラ松が支えてくれた。ゼリー飲料を腹に収め、薬を飲んで大きく息を吐く。
「大丈夫か?辛かったら寄りかかれ」
「…っ、」
その途端ふわりと甘い香りが鼻を擽る。これは…昨日、帰って来てから散々嗅いだ、ような…そこまで考えてぶわりと顔が赤くなった。途切れ途切れに思い出す、自分を甘やかす優しい掌と低く甘い声。それと、まるで仔猫みたいに甘える…これは、
「…っ誰だよおおおおおこれええええええええ!!!」
「い、一松!?どうした!?」
ヤバいヤバい…なんて舞ってる場合じゃない。
一松は記憶の断片にある自分の姿に絶叫した。こんな大声出したのはいつ以来か、背後のカラ松を振り返ってギッと睨み付ける。
「いいい一松…?どうしたんだ…?」
「っるせえ!!!何だよ!何だよあれ!!!」
「何がだ?何かあったのか?」
「昨日だよ!ぼくが帰って…あああああ!!!」
恥ずかしい!恥ずかし過ぎて自分じゃ口に出せない!
二日酔いなのか羞恥なのか分からないくらい痛む頭を抱えた一松に、何の事かと悩んだ後にやっと思い当たったカラ松が、ああ!とにっこり笑う。
「ふっ…可愛かったぞ、昨夜の一松は」
「あああああああ!!!しね!!!!!」
ばふん、布団を頭まで被り枕に顔を突っ込んで一松は声に出さずに呻いた。無駄に中途半端に思い出してしまったものだから余計恥ずかしいし、大体そんな台詞は初めてベッドインしちゃった彼女か誰かに言うもんだろうが!!そんな悪態さえ口に出せない。
「…まあ、そうなるよな。でも俺は嬉しかったぞ、あんな風に甘えてくれて」
ポンポン。布団越しに柔らかく撫でる手。
いつだってその手は自分を安心させてくれる。同じ大きさのはずなのに、どうしようもなく落ち着く掌。
「……ク…、カラ松、」
「ん?」
もぞ、と布団から目だけを覗かせ、飽きずに頭を撫でるその手を取る。
「…一松?」
「カラ松の匂い、落ち着く…から…、寝るまで、隣…」
「…ああ、もちろん」
ふっと笑ったカラ松は悔しいくらい格好良くて、何か腹が立ったからグリグリグリグリと胸元に頭を押し付けた。まだ酔ってるんだ。だから、こんな。酔っ払いだから仕方ないんだ。酔ってるから甘えられるんだ。まるで免罪符のように頭の中でそれを繰り返して。
「ちょちょ、痛い痛い一松」
痛がりながらも声は嬉しそうで、暖かい腕に抱き込まれて、あんなに寝たのにまた睡魔が襲って来る。
「…寝ていいぞ、ずっと隣にいるから」
「……ありがと、カラ松…兄さん…」
そのまま寝てしまった一松は、顔を真っ赤にして身動ぎしないように悶えると言う器用な事をやってのけるカラ松も、そっと様子を見に来た他の四人に起きてから揶揄われる事も知らず、柔らかくて優しい夢の中で笑っていた。