ワンドロ【小動物】【ご褒美】 バイダ港に来たのは随分と久しぶりのことだった。
すっかり廃れてしまった元港町に人の行き来はほとんどない。稀にフォンテーヌからの船が身を寄せるが、他国との正式な貿易が許可されているのはオルモス港だけのため本格的な貿易港とはなり得なかった。
母がフォンテーヌに旅立ったのはここからだった。当時はまだ活気があり、今のように教令院からの規制で貿易が規制されていることもなかった。
「それも徐々に変わっていくだろう」
現書記官の言葉に、カーヴェは息を吐いた。アザールたちの計画が露見し、スメールは神が統治する国となった。クラクサナリデビ様なら、教令院が全てを把握できるようにと貿易販路を制限することはないだろう。
幼い頃の港を思い出しながら、廃れた港を眼下に収める。
フォンテーヌが開発したばかりの船がバイダ港にやってくるという情報をカーヴェに伝えてきたのはアルハイゼンだ。スメールよりも建築や機械が発展しているフォンテーヌの最新船舶を身近で見られるという情報に、カーヴェが飛び付かないはずがなかった。
目的の船はまだ寄港していないようで、桟橋の近くに多くの人がいるものの港の風景は変わり映えしなかった。その中で、カーヴェは小さな見慣れないものを見つける。
「へえ、珍しい鳥だな」
言いながら坂をかけていくと、一羽の鳥が翼を広げてくるりとダンスをしていた。驚かせないくらいの距離を保って足を止め、静かに観察する。足音を消したアルハイゼンが隣に来て、二人してしゃがみ込んだ。
「フォンテーヌ固有の鳥類だな。クジャクバトという種で、赤色の尾羽が特徴的な鳥はマゼンタクジャクバトだ」
「船と一緒に来たのかな。他の色の鳥もいるのか?」
アルハイゼンの言葉にカーヴェが首を傾げたとき、マゼンタクジャクバトの元に一羽の鳥が飛んできた。
その鳥は見た目が同じだが色合いが違っていた。黄色ベースに赤色の尾羽を持つマゼンタクジャクバトとは違い、もう一羽は黄緑色がベースで尾羽は濃い緑色だった。
「あれがビリジアンクジャクバトだ」
問いかけるよりも早くアルハイゼンが言う。飛んできた緑色のクジャクバトは咥えていた木の実を地面に転がし、赤色の鳥の前でぴょんぴょんと跳ねた。二羽の様子を見る限り、狩りをしているのは緑色のビリジアンクジャクバトのようで、赤色のマゼンタクジャクバトは待っていたようだ。
「あれ」
予想とは違う二羽の動きにカーヴェは小さく疑問の声を上げる。
ビリジアンクジャクバトが運んできた木の実をマゼンタクジャクバトが咥え、相手に食べさせた。その後も足元に転がる木の実をいくつか口移しして、それから互いのクチバシを擦り付けあった。
どこか甘いような雰囲気が漂ってきたことを察知してしまい、カーヴェはアルハイゼンの方に顔を向けた。予想に反してアルハイゼンはカーヴェの方を向いており、目があう。
「ど、どうして運んできた側に待っていた側が食べさせるんだろうな?」
何か話題をと思ってそう口にすれば、アルハイゼンはなんでもないような顔で答えた。
「運んできたことに対しての労いを示しているのではないか?」
「えっ? そんなことをするのか?」
「俺は生論派の学者ではないから正確な推論とは言い切れないが」
「……つまりご褒美ってことか?」
「その考え方はなかなか興味深いな。つまり、赤色のほうが緑色よりも優位な立場にあるのだろう」
「優位な立場ってどんなのだよ」
ほんの冗談の会話だったのに、アルハイゼンが興味を持つとは意外だった。それに妙に楽しそうなのも。探るようなカーヴェの視線を気にも止めず、アルハイゼンは質問に答えた。
「優位な立場か。例えば……先輩とか」
「先輩って……」
「健気に餌を狩ってきた後輩に対して褒美を与える先輩とは。感服するよ」
「おいっ。僕に対しての嫌味を含んでいるように聞こえるんだが?」
じっと目を合わせたまま鳥を褒めるアルハイゼンにカーヴェが噛み付く。後輩と先輩の部分を強調するように言うのが腹立たしい。
「ほう? ならば俺の先輩だと常日頃口酸っぱく主張している君は、先輩が興味を持ちそうな情報を持ってきた後輩に対して誠実に対応してくれるのだろうな」
「なっ……」
船舶の情報を渡した自分も褒められるべきだと言うアルハイゼンに目を見張る。
カーヴェは周囲を見まわして、クルクルと鳴きながら身を寄せる二羽の鳥以外いないことを確認してからアルハイゼンの耳元に顔を寄せた。
一言耳打ちをすると、地面についた手が砂で滑った。そのままアルハイゼンにぶつかるように身体が傾く。
「うわっ!」
驚いた声と同時にアルハイゼンを下敷きにしてカーヴェは倒れた。その音に驚いたのだろう。茂みの向こうで鳥が飛び立つ音が聞こえた。
「びっくりした……」
「君はいつも後先を考えないな」
下敷きになっているアルハイゼンが苦言を呈す。すぐに身を起こそうとしたカーヴェの腰に手がまわり、首を起こしたアルハイゼンがカーヴェに顔を寄せた。
「先ほどの発言、忘れるなよ」
「……!」
狙いをつけたような視線に頬が熱を持つ。提案したご褒美は、恋人に対して甘過ぎたかもしれないとカーヴェは思った。
End