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    waremokou_2

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    waremokou_2

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    かきたてほやほや

    「みて!」
     ずい、と差し出された指先には、急に見せられるにはあまりにも小さいものが摘ままれている。興奮で震え、三毛縞の身長になんとか届かせんと掲げられた不安定なそれを、三毛縞は屈んで、手を押さえ、目をぎゅっと顰めてようやく見た。最近どうにもピントが合わない。
    「お、トナカイ?」
    「シカ!」
    「トナカイだよ」
     トナカイなん? と細工された飴を見つめる照也に、そういえばサンタクロースの話はしたけれど、トナカイに乗ってくるという話の前にプレゼントをもらえるという事実に大喜びされ話しそびれていたのか、とそこで漸く思い出した。つまりこの子供は、ここ最近町中に飾られる四足歩行の角のある生き物を〝シカ〟だと思っていたらしい。追いかけてきた業になんとなく聞いてみると、この絵柄のある飴に形作られたそれがトナカイだと答えていたので少し安心する。と、ともに、三毛縞は照也に向き合った。
    「サンタが来ることは教えたろ?」
    「おん」
    「そのサンタの乗ってるソリを、このトナカイが引っ張って来んだよ」
     照也も見たことあるだろ、あの生き物はトナカイっていって、シカではねえのよ。その事実は少年の好奇心に火をつけたらしく、照也はひとしきり驚いたあと、業に図鑑でトナカイを見せてもらっていた。どうやら幼稚園での間、業にトナカイの事をいろいろと教えてもらったらしい。それは三人組である朝日奈ねむ彼女の興味も惹いたらしい。三人を担当する保育士からは〝業くん、今日はみんなの先生になってくれたんですよ。私たちも知らないようなことも教えてくれるんで、ついつい聞き入っちゃいました〟と褒められている。
    「カルマ、今日はみんなの先生したんだって? すごいじゃねえの。先生が自分より物知りの先生だった、って褒めてたよ」
     頭を撫でられる業はまだ照れくささと恥ずかしさが拮抗しているようで俯きながらもぎゅっと三毛縞の手を握り返している。照也はといえば、自分の大事な友達を褒められたことがよっぽど嬉しかったようで、そうやろ、そうやろ、と業が笑いだすまで褒めちぎっていた。
    「てるも、今日片付けいちばんに始めて助かったって先生言ってたぜ」
     俺ぁ感心したね、ともっと小さい頭を撫でまわせば、ひょっこりと掌から顔をのぞかせた照也は一度へへんと自慢げに笑った後、はた、と目を顰めていった。
    「なんか、おれのエピソードうすない?」
     もっと褒めてや、と飛び掛かる照也に、漸く業が顔を真っ赤にして笑った。

     体長120cm–220cm。肩高90cm–150cm。体重60kg–300kg。時速八十キロで走る その生き物は、シカ科で唯一雌雄ともに角を有する生き物である。三毛縞はメジャーを借りてくると、黒柳の机から拝借した付箋を一五〇センチのところへ張り付けた。
    「でっ………… か」
     三毛縞からすれば女性の平均身長ほどであまり高さは感じないが、まだ年少の子供の身長に一五〇センチの高さがまだ聳えるようなものであると感じていることに三毛縞はひとまず安心した。三毛縞も黒柳も、成人男性の中でも特別に背丈のある男である。二メートル近い男を見慣れた二人が、大きいものに対して慣れてしまわないか、という心配は実は黒柳と三毛縞両人に共通する不安ではあった。
    「この高さはたぶん、トナカイのここだな。肩ンとこ。だから首から上の高さは入ってないから、本当はもっとデカいかもなあ」
     それに角もあるからなあ、という三毛縞に目を輝かせていたのは照也だけではなかった。期待一杯の目で二人が言い出すことなど明白で。それからはずっと〝トナカイが見たい〟の一点張りだ。仕事から帰ってきた黒柳に、いかにトナカイがすごいかを二人で熱心に語って聞かせ見にいきたいと頼み込む子供たちに、黒柳は次の土曜か日曜日にトナカイを飼育している動物園に行くか、と頷くまで、三毛縞はひたすら動物園を調べるはめになったのだった。

    「すごい熱量だったな」
     三毛縞は紅茶を注ぎながら思い出したように笑う。何かを知りたいという欲求を叶えてやることに、黒柳がなんの躊躇いもないと理解しているのは大人ばかりだった、ということだ。そういうところでまだまだ利口になりきれない子供の無邪気さを三毛縞は、まだもう少しの間彼らには持っていて欲しいと思う。
    「いい機会だ」
     黒柳は差し出される紅茶を受け取りながら、彼もまた思い出すのは二対の真剣な眼差しで。賢くあれ、何事にも勤勉で、知識には貪欲であれという彼の願いは確実に子供たちに受け継がれている。それは黒柳ができる、二人への揺るぎない財産であると信じているからだ。そろそろ、世間も冬休みのシーズンに入る。子供向けのイベントも増え、二人を満足させるには十分すぎるほどのエンターテイメントが各所で展開されている。これからはもっと忙しくなりそうだと言う黒柳だが、どこかその表情には期待が隠しきれていないように見えた。
     黒柳は受け取ったカップの、香ばしいカカオの香りに鼻を寄せる。黒柳自身、あまりこういったフレーバード・ティーを飲む機会もなかったため、三毛縞の提案を彼は三毛縞が思うよりずっと楽しんでいる。ミルクティ色の中に、炒った豆の香ばしさと砂糖の甘味が不思議な一杯だ。ほんの少しスパイスのまじったカカオの香りはどこか異国情緒に溢れていて、黒柳の興味をくすぐってくる。
    「チョコレートだとよ。なんか変な感じだよな。お茶にしか見えねえのに、ちゃんとチョコのにおいしてるなんて」
    「たしかに、こういうのは初めて飲むな」
     ひと口含めば、ココアさえ彷彿とさせる香りの中、確かにアッサムの茶葉の風味を感じる不思議な感覚が面白い。わずかに感じるアクセントはコリアンダーだろう。そのスパイスがミルクの甘味、カカオの苦みと紅茶の繊細さをうまくまとめ上げている。黒柳が今まで楽しんできた紅茶というのはもっと、シンプルで茶葉そのものの質の良さや香り高さを感じ、味わうものだった。やや俗っぽくはあるが、これはこれで確かに美味いと思うのは、この〝時間〟という付加価値があるからだろうか。いつもより少量を注いでは、相変わらず香りを楽しむというよりどこか警戒するようなしぐさでカップの中身を嗅ぐ三毛縞に、黒柳は密かに笑ってから、彼のデスク横に備えられたウイスキーのデキャンタを差し出した。
    「少し垂らせば、お前好みになるんじゃないか」
     差し出されたそれに驚きながらも、遠慮なく受け取りいくらか混ぜる三毛縞は再び香りを、今度は楽しむように吸い込むと、まだ湯気を立てるカップに恐る恐る口をつけた。
    「お、悪くねぇかも」
     ちょろりと紅茶につけてから、あち、っと引っ込む厚みのある舌に黒柳はまたカップに隠して微笑みながら、またひと口味わった。それからしばらく、週末行く動物園の候補を探したり、そのあたりで寄れそうな食事場所、二人が喜びそうな場所を探しながらタブレットを覗き込んだ。酒のうまい店に寄るだとか、大人が楽しむような場所というわけでもない。ことさら、三毛縞や黒柳が喜ぶような場所ではない。それでも調べる間のむず痒いような喜びはどこか童心に返るようで。それから、先日照也と業を連れ出してくれた朝日奈姉妹を招待するのもいいだろう、と明日三毛縞が朝日奈に声を掛けることになった。
    「ま、たまには俺らが連れ出してもいいんじゃねえのかね…… 明日声かけてみるわ」
     そうして三毛縞がマグを片付けがてら立ち上がったころには、随分な時間が経っていた。明日も三毛縞は子供の送迎と黒柳邸の大掃除があり、黒柳もまた事務所へ出社することになっている。夜いつまでも起きているわけにもいかない、特に日々規則正しい生活を心がける黒柳のためにもだ。三毛縞も程よく体を火照らせるアルコールに心地よくあくびを一つ落としながら振り返っておやすみ、と黒柳に告げる。ああ、と答えた黒柳もまた、つられるように漏れるあくびをかみ殺す。
    「ハハ、うつってやんの。早く寝ろよお」
     お前もな、とわずかに滲む涙を拭う黒柳は、少しだけ楽しそうにそう返した。
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    waremokou_2

    DOODLE #HCOWDC 2
    お題は「おぼろ月」でした

    登場人物
    ・吉川直幸
    ・中島修一
    「月が綺麗ですね」
     そう囁く声に、思わず顔を上げた自分が馬鹿らしい。この声らしからぬ標準語じみた発音はどこかぎこち無ささえ感じられるのがゲンナリするのは、おそらくそういった言葉を普段から息をするように無駄撃ちするこの男の自業自得である。ただ――この男がぎこちなく標準語でそう囁いたことにより、かつ見上げた先に薄ぼんやりと輝く朧月に、その言葉が響きどおりの意味だけではないのだという明確な証明になってしまった。と、いうのも――正直にいってこの男に、朧月の美しさなど理解できるとは思えなかったからだ。
    「曇ってるけど」
     だから、あえてそう返事をした。この男が誤魔化すように言葉を撤回すれば、この恥ずかしい言葉は仕方ないから忘れてやろうと思ったのだ。この春休みが始まってから、気がつけばほとんどの時間をこの男と過ごしている気がする。段々と、友人らしい距離感に慣れてしまった。そのままどんどん絆されて、今、重く、熱く、むさ苦しい腕の中に収まっているこの距離感が果たして友情というラベリングを許されるのか、もうわからなくなってしまった。表面上の関係は、契約した以上この男が言うなら俺と中島は恋人だった。中島がそう思っているなら、という不安定な環境下で成り立つ関係性はこちらの感情をひどく乱す。だからなお、一層自分がはっきりと拒絶の意思を示せないことに、自分に腹が立って仕方ない。
    2725

    waremokou_2

    DOODLE吉川のエプロンについての返歌です。
    その節は大変美味しいスイーツコンビをありがとうございました。
    今日改めて8回読み返し、ゲヘゲヘしています。
    美味しい小説をありがとうございました。

    ※これはスイーツ組のファンフィクションです。
    青空の夢を みんなが各々騒ぐ声を聞きながらする皿洗いは家事の中でも好きなものの一つだった。とはいっても、特に嫌いな家事があるわけでもなく――確かに、排水溝のゴミを捨てるのはいい気持ちではないし、虫の駆除は無理だけど――そんな風に思えるのはひとえに、みんなが分担してくれているからだ、というのが大きいだろう。今日は深津が夕飯作りを担当してくれて、俺が皿洗い。彼の料理は山内さん仕込みだと聞いているから、毎食丁寧で感動する。本人が〝そんなことない〟と謙虚なのもまた好ましいのだから、彼にファンが多いのも頷ける。さらには料理中片付けまでしてしまうのだから、こちらとしては彼の後皿洗いをするのは楽でいい。もっと散らかしていい、というのだが、癖だから、気になるから、と料理の片手間にさっさとキッチンまで整えてしまう。俺はと言えば、そのあとみんなで食べた残りの食器を呑気に洗うだけ。そりゃ、家事が嫌いじゃないなんてのうのうと言えるだろうな、と改めて自分の呑気さに呆れた。残りはグラスを濯いでしまえば終わり、という頃になっておおい、とリビングから呼ぶ声がする。
    6097

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    waremokou_2

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    お題は「おぼろ月」でした

    登場人物
    ・吉川直幸
    ・中島修一
    「月が綺麗ですね」
     そう囁く声に、思わず顔を上げた自分が馬鹿らしい。この声らしからぬ標準語じみた発音はどこかぎこち無ささえ感じられるのがゲンナリするのは、おそらくそういった言葉を普段から息をするように無駄撃ちするこの男の自業自得である。ただ――この男がぎこちなく標準語でそう囁いたことにより、かつ見上げた先に薄ぼんやりと輝く朧月に、その言葉が響きどおりの意味だけではないのだという明確な証明になってしまった。と、いうのも――正直にいってこの男に、朧月の美しさなど理解できるとは思えなかったからだ。
    「曇ってるけど」
     だから、あえてそう返事をした。この男が誤魔化すように言葉を撤回すれば、この恥ずかしい言葉は仕方ないから忘れてやろうと思ったのだ。この春休みが始まってから、気がつけばほとんどの時間をこの男と過ごしている気がする。段々と、友人らしい距離感に慣れてしまった。そのままどんどん絆されて、今、重く、熱く、むさ苦しい腕の中に収まっているこの距離感が果たして友情というラベリングを許されるのか、もうわからなくなってしまった。表面上の関係は、契約した以上この男が言うなら俺と中島は恋人だった。中島がそう思っているなら、という不安定な環境下で成り立つ関係性はこちらの感情をひどく乱す。だからなお、一層自分がはっきりと拒絶の意思を示せないことに、自分に腹が立って仕方ない。
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