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    waremokou_2

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    waremokou_2

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    秋月家の強幻覚
    もっと知りたいという意味(脅迫)を込めて出しました。

    「あ」「お……」
     ばったりと出くわした二人はピタリと声をそろえて向かい合う。ドーム状の天井があるとはいえ、この時期商店街を吹き抜ける風は冷たい。それでもジャケットとジーンズだけの三毛縞の前に立つこの男――秋月佳輔はいつものスラリとした四肢にこれでもかと重ね着しているように見える。
    「そんなに寒がりだったか?」
    「いや、ちょっと買い出しに行くって言ったらみんなが着てけって」
    「ハハ、そりゃ間違いねえ」
     普段の見慣れた姿よりややもふりとした秋月は、動きにくそうにしながらも彼らの営む喫茶店――ダリアの方へと向かっていく。
    「帰るとこか?」
    「ああ」
    「じゃ、豆買いに行くわ。お前さんの顔見て思い出した」
     そりゃどうも、と並んで歩く三毛縞は、店を一軒通り過ぎるだけであちこちから声を掛けられている。秋月もかなり顔なじみになっているとはいえ、その呼びかけられる確率の高さは彼の父・秋月崇彦にも負けず劣らずの人気っぷりである。本人は歩く速度を変えることもなく、へらりと気の抜けた挨拶を返すだけで、まっすぐ店に帰る秋月についてきている。昔と同じだ。妙な猫に声を掛けただけでどこまでもついてきてしまったあの時と。三毛縞は相変わらず歩くだけで目立つ。秋月もいくらか声を掛けられたが、いつもよりずっとその声が多かったのはひとえに、三毛縞の隣にいたからだろう。
    「お前と歩くと疲れる……」
    「ニャハハ! 相変わらずつれねぇなあ」
     どしん、と全身に響くほど――三毛縞にその気はなかったのだろうが強く背中を叩かれ思わずつんのめりそうになった秋月は、これは一言どうにか文句を言ってやらねば、と振り返って目を丸くした。ついさっきまでいたはずの三毛縞がいないのである。が、すぐに足に絡まる重みと熱に、ため息交じりに目線を下ろす。
    「三毛縞…………」
     周囲にひと気はなく、まるで足の間で秋月の熱を奪うように丸くなっている三毛縞もわかっていて姿を変えたのだとわかってはいても、突然人が猫になってしまうのはいつまでたっても慣れそうにない。
    「抱えたりしないからな」
     なあお、と猫は低い声でひと鳴きすると、また気まぐれに、しかして確かな足取りでのし、のしとダリアの方へと歩いていく。秋月はなんとなく、その後ろに並んで歩いた。

    「おや、一緒に帰ってきたのかい」
     ダリアのドアを開けてやりながら、猫を招き入れる佳輔に喫茶店の主人である崇彦は相変わらず人懐こい笑顔でニコリと小さな客人を招いた。
    「豆買いに来たんだと」
    「じゃあまあ、準備する間何か食べてくかい」
     またひとつ、わおんと猫らしからぬ低い声で鳴く。それから崇彦は、のっしと椅子に座った大きな猫の喉をひと撫でしてからまた楽しそうにカウンターの奥へと戻っていった。まだ開店してない店内は穏やかな雰囲気もいつもとは少し違う。佳輔が暫く、コーヒー豆を袋に詰めている間についさっき見失った男が再び姿を現しカウンターに腰かけている。
    「湊は?」
    「アイツは学校あるから今はいない」
     そう言って差し出されるコーヒー豆を受け取りながら、そりゃ勤勉でいいこった、と頷く三毛縞に、相変わらずどうにも読めないし、つかめない男だと佳輔は思う。彼自身もよっぽどつかみどころのないミステリアスな男だと、時折来る若い女を惑わせているなど当人はまるで知らない。崇彦や三毛縞はそんな佳輔の無自覚なところを気に入ってあえて教えてやらないのだが。三毛縞がここ最近紅茶の淹れ方を学んでいる、と知ると佳輔は少し驚いていた。どうせならコーヒーの淹れ方も覚えたらいいじゃないか、という佳輔に、しかし三毛縞は〝コーヒーは豆淹れるだけで機械がやるからいい〟と断ったので、耐えきれずに崇彦が笑いだした。昔から――それはまだ二人がであった頃とずっと変わらないやり取りに、慣れというには少し暖かくて。変な時間に来てしまったから、とオープン前の掃除を買って出た三毛縞は、それからダリアで不動の人気を誇るカスタードプリンを駄賃に貰いついでに、最近始めようと準備しているテイクアウトのプリンを十個と、本来の目的であるコーヒー豆を抱えて店を出た。今回の試作で評判が良ければ数量限定で、この時勢に合わせて始めるのだという。暖かい店から一歩出るだけで、冬の甘く刺すような空気が鼻の奥につんと染みる。三毛縞はきちんと紙箱へしまわれたプリンを慎重に抱えなおし、黒柳邸までの道のりを早足で戻った。

    「っつうわけで、今日の茶請けはプリンです」
     そう言って差し出されるカスタードプリンはクラシックスタイルの古き良き、シンプルなものだ。机に三つ並んだ一つを受け取りながら、子供の食いつく速度の圧倒的な速さに思わず目を奪われた。二つ並んだジュースと、自分の前に用意された紅茶。本日は在宅勤務の黒柳が、帰宅した子供たちのおやつ時に呼び出されたかと思えば、随分と可愛らしい茶会に参加することになっていた。スプーンを差し込めばわずかに弾力と、濃厚な卵の重さが伝わってくる。ひとくち、頬張れば甘いバニラの香りが舌の上でゆっくりと溶け出していく。ここ最近の柔らかさや滑らかさに特化したものとはまた違った趣のあるクラシックプリンに経験などしていないはずの記憶を懐古する。
    「きよとらのはないの?」
    「俺は朝食っちまったからな」
    「ええ!? ズルい!」
    「だあから! 今お前らにも買ってきてやっただろうが」
    「あれ? へへ、ほんまやあ」
     落ち着いて食えよなあ、と困ったように笑う三毛縞がひと口カップの紅茶を啜った。
     ――リンデン。街路樹としてヨーロッパではメジャーなそれは南フランスの都市・カルパントラが有名な産地である。蜂蜜を集めるための木としても重宝されるのだという。六、七月ごろに咲く薄黄色の花と、葉に似た苞(ほう)と呼ばれるものが一般的に紅茶やハーブ・ティーとして飲まれることが多いが、その樹皮も煎じて飲むこともあるという。気分をリフレッシュさせる、または落ち着かせる効果があると言われ、リンデンで淹れるハーブ・ティーは別名〝グッドナイト・ティー〟とも呼ばれることもあるのだという。
     甘く、穏やかで落ち着いた味わいに、蜜のような香りはハーブの香りや味に慣れていない人でも飲みやすい。黒柳は時折リフレッシュのためハーブの香りを楽しむことがあるが、リンデンの香りもまた嫌いではなかった。多忙な黒柳が、休日以外に子供とおやつの時間をともにすることはない。サンタにもう手紙は書いたのか、と二人に真面目な顔で問いかける黒柳の、記憶にある姿と随分似つかわない今の姿も案外三毛縞は嫌いじゃなかった。業も照也もまだ悩んでいるようで、どうお願いするべきか、何を手紙に書けばいいのか、熱心に黒柳に相談している。それを受けて〝普段努力していることをかくべきでは〟だとか、〝何が欲しいのか分かるようにはっきりと記述すべきだ〟だとか、生真面目に返事してやる黒柳の姿に思わず口角が上がる。
    「ちなみにサンタさんって、めっちゃでっかいモンでも、もってきてくれるん……?」
    「それは規模によるだろう」
    「じゃあ、プレゼント二こたのんだら、アカンかな……」
    「ほかの子がもらえなくなっちゃいますか……?」
     真剣な顔で悩む子供の姿に、どうせならサンタクロースの設定を二人ですり合わせておけばよかった、と三毛縞の額に僅か汗がにじむ。黒柳の回答次第では、サンタの存在は一気に現実味を失ってしまう。
    「――手紙に、きちんと来年努力することや今年の成果を報告すれば、申請が通るかもしれないな」
     ぱ、っと輝く二対の瞳に、黒柳はほんの少し、小さく微笑む。こうしちゃいられないと、残ったジュースを飲み干しバタバタと食器を流しに運んで行ったかと思うと、紙とペンを抱えてすっ飛んでいく。
    「――随分うまいこというじゃねえの」
    「虚偽の証言ではない」
     ほんの少し得意げにそういった黒柳に、三毛縞はとうとう声をあげて笑った。
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    waremokou_2

    DOODLE #HCOWDC 2
    お題は「おぼろ月」でした

    登場人物
    ・吉川直幸
    ・中島修一
    「月が綺麗ですね」
     そう囁く声に、思わず顔を上げた自分が馬鹿らしい。この声らしからぬ標準語じみた発音はどこかぎこち無ささえ感じられるのがゲンナリするのは、おそらくそういった言葉を普段から息をするように無駄撃ちするこの男の自業自得である。ただ――この男がぎこちなく標準語でそう囁いたことにより、かつ見上げた先に薄ぼんやりと輝く朧月に、その言葉が響きどおりの意味だけではないのだという明確な証明になってしまった。と、いうのも――正直にいってこの男に、朧月の美しさなど理解できるとは思えなかったからだ。
    「曇ってるけど」
     だから、あえてそう返事をした。この男が誤魔化すように言葉を撤回すれば、この恥ずかしい言葉は仕方ないから忘れてやろうと思ったのだ。この春休みが始まってから、気がつけばほとんどの時間をこの男と過ごしている気がする。段々と、友人らしい距離感に慣れてしまった。そのままどんどん絆されて、今、重く、熱く、むさ苦しい腕の中に収まっているこの距離感が果たして友情というラベリングを許されるのか、もうわからなくなってしまった。表面上の関係は、契約した以上この男が言うなら俺と中島は恋人だった。中島がそう思っているなら、という不安定な環境下で成り立つ関係性はこちらの感情をひどく乱す。だからなお、一層自分がはっきりと拒絶の意思を示せないことに、自分に腹が立って仕方ない。
    2725

    waremokou_2

    DOODLE吉川のエプロンについての返歌です。
    その節は大変美味しいスイーツコンビをありがとうございました。
    今日改めて8回読み返し、ゲヘゲヘしています。
    美味しい小説をありがとうございました。

    ※これはスイーツ組のファンフィクションです。
    青空の夢を みんなが各々騒ぐ声を聞きながらする皿洗いは家事の中でも好きなものの一つだった。とはいっても、特に嫌いな家事があるわけでもなく――確かに、排水溝のゴミを捨てるのはいい気持ちではないし、虫の駆除は無理だけど――そんな風に思えるのはひとえに、みんなが分担してくれているからだ、というのが大きいだろう。今日は深津が夕飯作りを担当してくれて、俺が皿洗い。彼の料理は山内さん仕込みだと聞いているから、毎食丁寧で感動する。本人が〝そんなことない〟と謙虚なのもまた好ましいのだから、彼にファンが多いのも頷ける。さらには料理中片付けまでしてしまうのだから、こちらとしては彼の後皿洗いをするのは楽でいい。もっと散らかしていい、というのだが、癖だから、気になるから、と料理の片手間にさっさとキッチンまで整えてしまう。俺はと言えば、そのあとみんなで食べた残りの食器を呑気に洗うだけ。そりゃ、家事が嫌いじゃないなんてのうのうと言えるだろうな、と改めて自分の呑気さに呆れた。残りはグラスを濯いでしまえば終わり、という頃になっておおい、とリビングから呼ぶ声がする。
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    waremokou_2

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    お題は「おぼろ月」でした

    登場人物
    ・吉川直幸
    ・中島修一
    「月が綺麗ですね」
     そう囁く声に、思わず顔を上げた自分が馬鹿らしい。この声らしからぬ標準語じみた発音はどこかぎこち無ささえ感じられるのがゲンナリするのは、おそらくそういった言葉を普段から息をするように無駄撃ちするこの男の自業自得である。ただ――この男がぎこちなく標準語でそう囁いたことにより、かつ見上げた先に薄ぼんやりと輝く朧月に、その言葉が響きどおりの意味だけではないのだという明確な証明になってしまった。と、いうのも――正直にいってこの男に、朧月の美しさなど理解できるとは思えなかったからだ。
    「曇ってるけど」
     だから、あえてそう返事をした。この男が誤魔化すように言葉を撤回すれば、この恥ずかしい言葉は仕方ないから忘れてやろうと思ったのだ。この春休みが始まってから、気がつけばほとんどの時間をこの男と過ごしている気がする。段々と、友人らしい距離感に慣れてしまった。そのままどんどん絆されて、今、重く、熱く、むさ苦しい腕の中に収まっているこの距離感が果たして友情というラベリングを許されるのか、もうわからなくなってしまった。表面上の関係は、契約した以上この男が言うなら俺と中島は恋人だった。中島がそう思っているなら、という不安定な環境下で成り立つ関係性はこちらの感情をひどく乱す。だからなお、一層自分がはっきりと拒絶の意思を示せないことに、自分に腹が立って仕方ない。
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