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    waremokou_2

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    waremokou_2

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    ねやね紅茶すべりこみ
    今日は探偵と助手

     二人はもう手足がバラバラになりそうな疲労をぐっと堪え最後の力を振り絞りアパートメントの階段を上がり、そして倒れこむように愛しきわが家へと転がり込んだ。今日の案件は黒柳の思考を大いに満足させるだけの謎もなく、かといって三毛縞が退屈するような平和な結末ではなかった。黒柳は指定された現場を一目しただけで犯人を言い当てた。氷笑の探偵とさえ称される黒柳の表情は現場にいた警官どもを震え上がらせるほど睨み付け、見下げ、まるで〝この無能な有象無象のために私がなぜこんな場所まで足労せねばならぬのだ〟とでも言いたげであった。が、しかし犯人が分かったところで今度はその犯人の居場所がわからない。すでに機嫌が最底辺まで落ち込んでしまった黒柳をなんとか説得すると、今度は犯人の男探しが始まった。黒柳は持ち前の推理力で男の行動を予測し、先回りしてとらえることに成功した。――いや、成功するはずだった。問題は、犯人の男が三毛縞顔負けの巨漢であり、格闘技をたしなむ武漢であったことだ。もう逃げられないと悟ったのか、男の反応は早かった。格闘技の知識があるためか、現場で最も戦闘経験のなさそうな黒柳に向かって一直線に、弾丸のようなタックルを食らわせんと猛進してきたのである。が、しかしその速さを上回る素早さで、三毛縞が男を食い止めた。両者もみ合い、骨がぶつかり合うような鈍音を響かせながらもつれ合う。男は再び黒柳に狙いを変えた――ように見せかけた。三毛縞が、黒柳の前に飛び出すと理解したからだ。黒柳が現場で零した稚拙で低能極まりない下劣でひねりもない犯罪、を犯した男にしてはまさに機転である。咄嗟に三毛縞は黒柳の前に飛び出そうとし――隙を見せたわき腹に重い一撃をズドンと食らった。
     駆け出す男を、真っ先に追いかけたのは黒柳だった。黒柳は犯人の後を風のように素早く追い駆けていく。そしてある瞬間、男が逃亡ながら黒柳を振り返ったとき――そこには夜の薄暗い路地裏だけが広がっていたのである。撒いたのだろうか――暫く、男は壁伝いに背を預け周囲を警戒した。薄気味の悪い時間だった。全神経が周囲の物音をかき集め、男に罪を重ねる覚悟を決めさせた。しかし待てど待てど、黒柳の姿は現れない。漸く、撒いたのだろう。胸をなでおろすまさにその瞬間、強い力で肩を蹴り飛ばされた。否、その瞬間男は自らが蹴り飛ばされたことさえ理解しなかっただろう。まさか見失ったはずの相手が、それも三毛縞とは違う細身で、いかにも知将然とした態度であの場にいた、あの黒柳が頭上から飛び降り肩を蹴り飛ばし、倒れこんだ男をその長い脚で拘束していたなど。すぐさま、追いついた三毛縞が男を縛り上げ、警察に引き渡した。市内を目いっぱいに駆け回った挙句、事後処理に追われる警察の邪魔をできるはずもなく、二人は遥か遠いわが家へと徒歩で帰宅することになったのだった。

     黒柳は体の一部になったように沈み込んだ彼のソファに飲み込まれながら、瞼の裏に見える光景にただ思考を支配されていた。思い出すのはただひとつ――自分の前に飛び出し、わき腹を強く殴られた三毛縞の姿。咄嗟の行動だったはずだ、しかして三毛縞の体は即座黒柳の前に弾かれる様に、迷いなく飛び出てきた。その意味を、明晰な黒柳の頭脳はあの瞬間からまるで理解できないままでいる。三毛縞の意図も、その心理も、あの光景が脳裏から消せない自らの事さえも。
    「ほらよ」
     三毛縞がふらりとキッチンへ向かったかと思うと、その足音はまっすぐ黒柳の側へと向かってくる。片目だけ開いてちらりと伺う黒柳の前には、普段使うマグが湯気を立てて差し出されていた。
    「どうせまだ寝ねぇんだろ」
     今日はお手柄だったな、そう言って少し無邪気な笑い方をする三毛縞に、なにか皮肉の一つでも言うことさえできなかった。黙っておとなしく、差し出された紅茶を受け取れば、疲れた体は激しくそれを欲して求めだす。掌に染みわたる暖かい陶器の感触に、脳を締め付ける様な思考がゆっくりと解れていくのを感じる。消えゆく記憶の中最後にもう一度だけ、黒柳は三毛縞の姿を思い描いた。その記憶さえもマインド・パレスから消し去るように一つ息を吐きながら、まるでついさっきまで自分ほどの大男と取っ組み合ていたとは思えないような落ち着きでビールを開ける三毛縞に向かっておい、と呼びかけた。
    「服を脱げ」
    「はぁ?」
    「傷を看てやる」
    「え、あ、ああ…… そりゃどうも」
     じゃあ、と黒柳の好意を僅かに訝しみながらも、おずおずシャツを脱ぐ三毛縞の腹にはやはり打撲痕が残っている。防御創らしき爪痕もちらほらと残る体だが、それ以上にもうケロイドになった傷跡の多さにただ驚いた。むしろ今しがた作った傷の方がよっぽどマシにさえ見えるだろう。
    「ハハ…… ま、ビューティーな体じゃあねえだろうよ」
     俺のハダカは高くつくぜ、などお道化る三毛縞に舌打ちをひとつくれてやったのは、その傷のすべて、誰かを守って作った無謀な勲章であると同時に、三毛縞清虎という人間の善性と自己犠牲の記憶であり、三毛縞がそのすべてを愛しているからだった。――私は〝そんな記録〟になるのはごめんだ。咄嗟に浮かんだ心からの言葉は、終ぞ声になることはなかった。守られるような相手になど、なるつもりはなかった。そも、三毛縞に守ってもらう必要などない。黒柳は確かに、三毛縞ほど武力で物事を解決しようとはしない。できれば暴力や無駄な体力を使いたくないし、そんなことをせずとも考えればいくらでも最適解を導けたからだ。それでも必要とあらば捜査し、調査し、時には危険な場所での実験もした。そのための体づくりとして、武道も極めた。だから今回の様に塀伝い、屋根伝いに先回りし奇襲をかければ、あの男程度の武人であれ苦労することはなかった。なのに、三毛縞は普段出会ってから一度もうまくいかない相性の悪いはずの黒柳を庇った。黒柳相手でさえ、と自認する黒柳にとって、三毛縞の自己犠牲はあまりにも危険で、不安要素でしかなかった。
    「私は守ってもらうだけの弱い相手じゃない」
     そう吐き捨てたはずの言葉はなぜか、拗ねたような口ぶりになった。三毛縞は診察も手当も終えシャツを羽織ったころに、黒柳の聞いたこともないような声に思わず同居人を見下ろした。
    「――そうだな」
     今日はお見事だった。それから怪我のコレ、ありがとうな。にこり、と笑う無邪気な表情に、黒柳はまた脳がじりじりと発熱し始めたのを感じて。再び思考の宮殿に平和をもたらすため、熱い紅茶を飲み込んだ。
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    waremokou_2

    DOODLE #HCOWDC 2
    お題は「おぼろ月」でした

    登場人物
    ・吉川直幸
    ・中島修一
    「月が綺麗ですね」
     そう囁く声に、思わず顔を上げた自分が馬鹿らしい。この声らしからぬ標準語じみた発音はどこかぎこち無ささえ感じられるのがゲンナリするのは、おそらくそういった言葉を普段から息をするように無駄撃ちするこの男の自業自得である。ただ――この男がぎこちなく標準語でそう囁いたことにより、かつ見上げた先に薄ぼんやりと輝く朧月に、その言葉が響きどおりの意味だけではないのだという明確な証明になってしまった。と、いうのも――正直にいってこの男に、朧月の美しさなど理解できるとは思えなかったからだ。
    「曇ってるけど」
     だから、あえてそう返事をした。この男が誤魔化すように言葉を撤回すれば、この恥ずかしい言葉は仕方ないから忘れてやろうと思ったのだ。この春休みが始まってから、気がつけばほとんどの時間をこの男と過ごしている気がする。段々と、友人らしい距離感に慣れてしまった。そのままどんどん絆されて、今、重く、熱く、むさ苦しい腕の中に収まっているこの距離感が果たして友情というラベリングを許されるのか、もうわからなくなってしまった。表面上の関係は、契約した以上この男が言うなら俺と中島は恋人だった。中島がそう思っているなら、という不安定な環境下で成り立つ関係性はこちらの感情をひどく乱す。だからなお、一層自分がはっきりと拒絶の意思を示せないことに、自分に腹が立って仕方ない。
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    waremokou_2

    DOODLE吉川のエプロンについての返歌です。
    その節は大変美味しいスイーツコンビをありがとうございました。
    今日改めて8回読み返し、ゲヘゲヘしています。
    美味しい小説をありがとうございました。

    ※これはスイーツ組のファンフィクションです。
    青空の夢を みんなが各々騒ぐ声を聞きながらする皿洗いは家事の中でも好きなものの一つだった。とはいっても、特に嫌いな家事があるわけでもなく――確かに、排水溝のゴミを捨てるのはいい気持ちではないし、虫の駆除は無理だけど――そんな風に思えるのはひとえに、みんなが分担してくれているからだ、というのが大きいだろう。今日は深津が夕飯作りを担当してくれて、俺が皿洗い。彼の料理は山内さん仕込みだと聞いているから、毎食丁寧で感動する。本人が〝そんなことない〟と謙虚なのもまた好ましいのだから、彼にファンが多いのも頷ける。さらには料理中片付けまでしてしまうのだから、こちらとしては彼の後皿洗いをするのは楽でいい。もっと散らかしていい、というのだが、癖だから、気になるから、と料理の片手間にさっさとキッチンまで整えてしまう。俺はと言えば、そのあとみんなで食べた残りの食器を呑気に洗うだけ。そりゃ、家事が嫌いじゃないなんてのうのうと言えるだろうな、と改めて自分の呑気さに呆れた。残りはグラスを濯いでしまえば終わり、という頃になっておおい、とリビングから呼ぶ声がする。
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