私と契約しませんか?ウイニングライブが終わり、寮のベッドに沈む。やっと帰って来れた。
走ることに集中をしすぎてあまり覚えていないが、一着に入ったらしい。それを聞いて、嬉しいなと思った。が、それよりも、誰もいない景色を見れたことに対して嬉しいという方が強かった。
…一着というものに大して執着はしていないものの、私の前で誰かが走っていることは少し嫌で、先頭の景色だけを見ていたくて、それだけを目指していたら、いつの間にかここまで来ていた。
楽しいこともあるが、何気に不便な事などもある。街中で人に群がられたりすることだ。
ほっておいてくれればいいのに。なぜ私に集
まる必要があるのだろうか。
それはそうとして、シャワーを浴びてこなければいけない。
…正直に言うのなら、少し面倒だ。もうこのまま眠ってしまいたい。
少しだけ、少しの間だけ目を瞑る。
「はぁ…」
「スズカさんスズカさん、今日も一着だったんですね!おめでとうございます!
ところで、私と契約しませんか!」
「……ええと、もう少し考えさせて…。」
はぁ、もう一度溜息を吐く。
…そう、私は、謎の“悪魔さん”に懐かれてしまったのだ。
✿
「スズカ!今日もタイム更新?いいなぁ、アタシも才能あったらな〜…!ずるいよ!」
「…、、。」
「え、無視?うわぁ〜…」
「もう行こ!」
「やっぱりスズカってさ〜、何考えてるか分かんないし、近寄り難いよね。」
「……。」
なんで放っておいてくれないんだろう。
才能なんかでもないし、私は…。
そう考え事をしている内に、彼女らの声は全くに聞こえなくなって、やっと落ち着いてきた。
「言い返さないんですね。」
今度はなんだろう。…はぁ、今日はとことん運が悪い。
「ええと、私…もう行…」
「まぁまぁそんなに嫌にならないでください!」
この声の主が誰なのかを確認する為に振り向く。そこには、黒い翼に細い尻尾、謎の小さい角が生えた一人の少女が立っていた。
「へっ!?…ぁ、え…!?え!?」
「あんまり驚かないでください!悪魔がここに一人突っ立ってるだけですよ。」
「あ、え、悪魔…?へ…?」
「…そんな驚きますかね…、人間…いや、ウマ娘と言うのはとても不思議な存在ですね…!ふふ、まぁいいです。
サイレンススズカさん、私、とっても貴女に魅入ったんです!良ければ私と契約してくれませんか!」
「…け、契約…、?悪魔…?え…?」
これが、良く分からない、謎の悪魔さんとの出会いだった。
✿
「スズカさんスズカさん、何してるんですかー?」
「…やっぱり幻覚じゃない…。」
むにむに、名前も分からない彼女の頬を摘んだり離したり。すれば少し不満げに眉を顰めてくるから、可愛いな、なんて思ったり。
…いや、違う、違う。この子は一体何者なんだろう。
「悪魔ですって。」
「さりげなく心読むのやめて…」
いつの間にか私の手から柔らかい頬は消えていて、肝心の彼女はあまり広くもない部屋の中、空いている隣のベッドの上でぷかぷか浮いていた。
「…そもそも、どこから来たの…?空から…?」
「えっと、そうですね…。お空からです!北側の方から!」
「…北側…。」
「そろそろ契約する人間見つけないと危ないよって言われたので降りてきたんですけど、そこにはなんと!とってもとっても興味深いスズカさんがいたのです!」
「…成程…?…その、契約って…どういうこと…?その、寿命とかを…やっぱり取ったり…?」
「え、そんなに怖いものじゃないですよ!簡単に言えば…その人間の一生を見守るというか…見守るって言うほどいいものじゃないんですけど…。悪魔は人間の不幸を食べなきゃ消滅しちゃうので、不幸を見せてもらう代わりに守る、みたいな…。でも理由なんて後付けですよ。特に理由は無いっていう悪魔が多いですね…不幸なんてそこら辺に転がってますし。」
「…難しい話ね…。」
有り得ないような話だけれど、きっと彼女が言うのなら本当なんだろう。素直に全て受け入れることにした。
けれど、かなり難しい。三分の二程分かっていない。
「あまり難しく考えなくていいですよ!…でもそれじゃああまり人間にメリットないじゃないですか。」
「…?そうかしら…守ってもらえるのならいいと思うけれど…。」
「それがそれが…悪魔は都合よく未来を読めたりしないんですよ。交通事故とかからは守れないんです。なので、一つ願いを叶える代わりに契約、というのが多いですね。」
「…願い…。」
「こういうと色んな人が寄ってくるんですけど、一緒にいて楽しい人じゃないと退屈なんですよね。契約したらあまりその人間から離れられないので。」
「それで、貴女は私を…、私と話して、楽しい?」
「勿論!とってもとっでも楽しいです!」
「契約するかしないかはスズカさんの自由なので、どっちでも。でも毎日誘いますけどね!」
…どっちでもいい。のなら、何故毎日誘うのだろうか。なにかまずい理由でも…。
「契約しないと、貴女はどうなるの?」
「契約しないと…ええと、処分されると思います。そういうルールなので…。でもまだまだ時間はありますし、のんびりでいいですよ。」
「しょ、処分…?」
「でも、私が処分されるから契約する、は駄目ですよ。後悔しちゃいますし。…自分の考えを尊重してくださいね!」
「…ぅん、分かった。…けど、その、」
「…?どうかしました?」
「…名前、ないの?」
「名前…、名前いります?」
「うん、呼ぶ時に。」
「…名前、うぅん…なにか案あります?」
「…スペシャルウィーク、でどうかしら。」
「…!む、とってもいい名前です!それで決定です!」
「…スペシャルウィークさん、は…長いから、スペちゃんでいい…?」
「はい!ご自由にどうぞ!」
✿
確かに角も生えていたりするけれど、中々に可愛いからか、彼女が悪魔にはあまり見えなくて、妹…というよりかは…後輩?のような感覚だった。
「ただいま…」
「あ、おかえりなさい!」
それでも悪魔というのは日光を嫌うらしく、学園に着いてくるということはなかった。
正直その方が助かる。
この前、一度学園まで着いてきたことがあったが、私の真上にぷかぷか浮くのは勘弁して欲しいのだ。
私にしか彼女が見えていないのが幸いだったが、全く授業に集中出来なかった。
「あれ、お疲れですか?」
「えぇ…今日はね…。」
今日は占いがどうたらこうたらの理由で色んなところに回っていたせいか、少しだけ疲れてしまった。
「ええと、スズカさんこっちに来てください!」
早く早く、と言わんばかりに手招きをされるから、ほんの少しだけだるい身体を動かして、彼女の誘いに乗る。
「…?どうし、」
いつの間にか背中に手を回されて、そのまま彼女の少し背丈の低い身体に抱き寄せられた。
…抱き寄せ、られた。
「へっ!?え、ちょ、っと…スペちゃ…!?」
なんで、なんで?
その一言が何度も何度も頭の中を駆け巡る。何故?
「さっき本で読んだんですけど、人ってハグをすると疲れが取れたり、癒されたりするらしいですよ。」
「…そ、なの…でも、恥ずかしい…から、」
心臓がどくどくと騒音を私の中で発している。うるさい。どうしよう、どうしよう。
恥ずかしい。恥ずかしい。けれど、…彼女の言う通り、疲れが吹き飛んでいくかのような。
「はずかしい…羞恥心があるってことですか?…うぅん…やっぱり人って不思議です!」
「…不思議…かしら…。うぅん…、…でも、ありがとう。」
「、、どういたしまして?……疲れ取れました?」
「えぇ、とっても。…ふふ、スペちゃん、本当にありがとう。」
本当に、この子は悪魔なんだろうか。…他の人には見えてないから、本当にそうなんだろうけれど。
「…スズカさん、好きな食べ物とか、飲み物ってあります?」
「…好きな食べ物…飲み物は…特にないけれど…、好きな食べ物…。いちご大福かしら…。」
「成程…いちごだいふく。覚えました! 」
「何かあるの?」
「未来の主になるかもしれない人の好物を覚えるなんて普通ですよ。」
「そう…?」
本当に、この子は不思議なことばかりだ。
✿
「はぁ…、はぁ…。」
今日は普通の休日だった。ので、走り込みをしていた。
いつもと違ったところは、起きても彼女の姿がなかったこと。きっと日の当たらない影で人でも観察しているんだろう。
「…。うぅん…」
なかなかタイムが伸びない。今日はトレーナーさんも居ない。
走るのは楽しいけれど…。どうすれば…。
「伸び悩んでます?」
「な…っ…!?」
目の前に現れたのは、彼女の可愛い顔。然し…何故か真逆。頭が下で、足が上。…に、サングラスが掛かっている。
情報量が多すぎて大混乱。
「に、日光、苦手じゃないの…?」
周りに人もいた為、小声で彼女に返事をする。
「苦手でした、けど、魔法的な力で何とか。体力使っちゃいますけどね…へとへとぉ…。」
「…なんで、サングラス…?」
「ノリです。人間はこういうファッションをしていると雑誌に書いてあったので!」
「なるほど…?」
「あれですよ、あれ。…領○展開!なんちゃって。」
「それは別のジャンルよ…!」
「まぁまぁ、兎に角、伸び悩んでるんですね。」
「…えぇ、そう…少し、ね…。」
「…何も気にしないで真っ直ぐ走ればいいと思いますよ!スズカさん、ずっとずっと考え事してるので。」
「…考えごと…、?」
「他の人は考えなくていいんです!得なんてありませんから。先頭の景色、見てたいんですよね。なら先頭の先だけを見てればいいんです!ほらほら、私タイム測りますよ!」
優しく背中を押される。
本当にこの子は悪魔なんだろうか。そう思ってしまう程には、支えになっていた。
『私と契約しませんか!』
その声が頭を過る。
最初は、他の人の元に行けばいいと、私なんかと一緒にいても、なんて考えてしまっていたけれど。
今はそれが、少しだけ揺らいでいるのだ。
「じゃあ行きますよ、…スタート!」
真っ直ぐに、何も考えず脚を進めた。
寮内の部屋へ向かうため、少し重い足を動かして階段を上る。
背中を彼女に押された感覚が、妙に残っている。それを思い出せば思い出すほど、謎の気持ちに包まれる。これも悪魔の力というものだろうか。
…未だに凄いなと思う。彼女と出会って少し経つけれど、本当に非現実的だな、と。
「ただいま…」
いるかいないかも分からないが一応声は出しておく。
そう、肝心の彼女、用事があるとどこかへ飛んで言ってしまったのだ。
(やっぱり…今日はもう来ないのかしら…。)
何処か、落ち込んでしまっている自分がいる。
「いますよ!」
「わぁッ…!?!?」
びくっ、と肩が思い切り跳ねる。本当に心臓が止まるかとひやひやする。
目の前に急に現れた彼女の瞳は、いつも通りに桃色に輝いていた。
「スズカさんスズカさん、これどうぞ!」
ぱっと彼女が出してきたのは、お皿に二個ほど乗ったいちご大福。
…この前、聞いてきたのはこれが理由だろうか。それとも、偶然?
「いちご大福…!いいの?…というか…何処で…。」
「いやぁ、私も人間界に追いついていかないとと思いまして、ウマ娘さん達の格好でお店を転々したんです。和菓子屋さんとか、スイーツ屋さんとか!
最初は唯の砂糖の塊かと思ってたんですけど、中々にこれが美味しくて!それで、スズカさんにもいちご大福を買ってきたんです。…お金は悪魔の力です。お気にせず!」
そう説明をしながら、幸せそうにケーキをぱくぱく食べる彼女をみてやはり思う。
この子、本当に悪魔なのだろうか。
然し本当の本当に嬉しい。人に物を貰ったりして、嬉しいとは思うがこんなに喜ぶことはなかなかなかった気がする。
「スペちゃん、…ありがとう。とっても嬉しいわ…!」
「いえいえ、このくらいお易い御用です!…あ、そういえば、どうします?私と契約する気になりましたか?」
「…まだ、考えてはいるけれど…少し迷っているの。だから、もう少しだけ待っていて。すぐに答えを出すから。」
「了解です!む、今日は…ハグします?」
「…、え…その、えっと、…じゃあ、お願いするわ…」
いちご大福が盛られた皿を机の上に置いて、広げられた腕の中にすっぽり入る。
あの時から、偶に彼女とハグをするようになった。疲れを取るために、癒しの為に。
…ほんの少し、その言葉に違和感があった。理由は分からない。
「もう少しでまたレースですよね。応援してますから、頑張って。」
優しく頭を撫でれてしまえば、やっぱりほんの少し…否、かなり恥ずかしかったり。
✿
「…へ…?」
彼女と、キスをする夢を見た。
『検索 キスをする夢 親しい人』
『検索 キスをする夢 意味』
『検索 キスをする夢 好きな人』
ゴーグル検索を使って何度も調べたが、いまいちよく分からない。
もっとその人と仲良くなりたいという現れ。もしくはその人に好意を抱いている現れ。等の記事が現れてくる。
(スペちゃんのこと…。)
どうなんだろう。彼女のことを私は…。
「ス、ズ、カ、さーん!おはようございます!私、今日もお外にお出かけしますね!行ってきます!授業頑張ってくださいね!」
「ぇ…あ、うん…。」
台風より去っていくのが早かった…。
…本当に、どうなんだろう。
今日は全く授業に集中が出来なかった。トレーニングにも。
(…走りたい…。)
まだ走り足りない。でも…
キス、…。…あー、本当になんなんだろう。こんな小さなことでどうしてこんなに困っているんだろう。
…今度のレース、集中…できるだろうか。分からない。どうしよう。
「スズカさんスズカさんスズカさん!…あれ、落ち込みもーどですか?」
「…走り足りなくて…。もう門限なのに…。」
「成程成程…。…お外、行きたいんですね。…。あ、いいこと考えました!走ることは出来ないですけど、」
ぐるぐるぐる。考え事をしているうちに、彼女は目の前に来ていて、思わず首を傾げる。
一体何をするんだろう。…また、ハグ…?
「よっこいしょ。」
「へ…?え、え、え、ちょ、っと、」
身体が宙に…と言うよりかは、彼女に抱き上げられた。
俗に言う…お姫様抱っこ、の体勢。恥ずかしい、どうしよう、え、どうし、
「スペちゃ!?お、重いでしょう!?すぺ、」
「私からしたら全く重くないですよ。…よく掴まっててくださいね。」
窓を全開にする彼女を見て、ほんの少し未来が読めた。
まさか、
「スペ、ちゃ!?…え、ぁ…ッ」
窓から、空へ飛び出した。
普通だったら落ちているはず、なのに、浮いている。空を飛んでいる。
「怖いですか…?」
「…うぅん、怖くない。」
首を振って素直に伝える。
空が綺麗だった。冷たい風さえもなんだか素敵に思えてきて、少しだけ心が休まる。
が、心臓はバクバクである。かなり貴重なシーンなんだろうけれど、集中できない。だって、お姫様抱っこなんてされたことない。
「スズカさん、どうですか…?」
「…とっても素敵。…ふふ、スペちゃん、ありがとう。」
景色は素敵なことに変わりない、
揺らぐ、揺らぐ。
何かが、揺らぐ。
✿
『今年もやってきました秋天皇賞!』
遂にレース当日だった。彼女のアドバイス等も覚えているし、実力は上がっているはず。
「スズカさん、」
背中から、声が聞こえた。
「頑張ってください!」
その声に、私は手を振って返した。
「絶対スズカだろ!」「だよな!」
「私やっぱりスズカちゃん推しかも…。」
「え、やっぱアンタも?」
そんな声が聞こえる中、一つ集中する。この前のことも、今は忘れることにした。
集中、集中。
「サイレンススズカ、今ゲートに入りました!」
(…絶対に…。)
集中。必ず、
『さぁサイレンススズカが早速先頭に出ます!』
『エルコンドルパサー────』
『五番の───も────』
『サイレンススズカ!1000メートル…57秒4!一分を切りました!!!』
「「「わぁぁぁぁあ!!」」」
『さぁ、大ケヤキを超え…』
「ぁ…、」
何かを踏み外した。見えていた景色が消えていった。
だめだ。だめだ。知らない。この感覚を私は知らない。
左脚がいたい。
『 サ イ…ンス… ズ…カ、 左、 故……障…』
もう、何も聞こえなかった。
✿
『サイレンススズカ、左脚─────』
一つ、思った。助けなければ、と。
悪魔は人様の不幸を好む。が、私は違った。今、真逆のことを思っている。
私は悪魔じゃないのかもしれない。それでも良かった。彼女を助けられるのなら、それで良かった。
人間やウマ娘、その他生物は寿命が短い。
生きて100年。私達からしたら、そんなの、瞬きをしている間に終わってしまう。
しかしそれが尊いのだ。人々は。
それよりも尊く、何よりも大切にしなければと思う者がいた。
サイレンススズカだ。
彼女だけは。まだ死んでしまっては駄目だから。
嗚呼、愛というものは、一番の呪いである。
✿
ぱち、目を覚ませば、いつもの部屋にいつものベッド。…私は、今、何を。
「起きました?」
「…うん。…ぁ、」
左脚。そうだ、私は左脚を、
「怪我…して、ない。」
夢…?
「正確に言えば夢では無いです。あのままだったら、スズカさん頭から転倒して死んじゃってたんですよ。…なので、時間を戻しました。だから、次は気を付けてください。スピード出し過ぎです!」
人の最大の不幸は死、らしい。不幸を好んで食べる彼女。なぜ、私を助けたのだろうか。意味が分からなかった。が、何かが壊れた。
ポロ、と温い何かが頬を伝う。
ふと思い出した。いつだか、書物で読んだことがある。
悪魔は他人、ましてや人を手助けをするということは掟を破る事だということを。きっと彼女は今回のことで何かしらデメリットを背負ったはず。
もっと具体的に言えば何かしらの罰が与えられたかもしれない。それでも、どうしても。やっぱりこの言葉は伝えたい。
ありがとう。
その言葉は上手く口から出てこない。震える。身体の底から、震える。
瓶の中に閉じ込められていた何かは外に溢れ出した。
まだ、走れる。それが本当に嬉しくて、嬉しくて。彼女がいてくれたから、私は。
「え、泣かないでくださいよ!スズカさんらしくないですよ!?ちょ、…な、泣かないで…」
彼女もらしくない。こんなに慌てているところ、見たことない。
嗚呼、ありがとう。ありがとう。スペちゃん。
「あり、がと。ね、スペちゃん。スペちゃん。」
やっぱり私、貴女が大好き。大好き。
私は、悪魔に初恋をした。
「…どういたしまして。」
ちゅ、と額に何か柔らかいものが触れた。
それを確かめるのは、ことを終わらせてからにしよう。
『優しい人が 泣いています 。どうしてそんなにも────』
『ひとり見上げた夜空────』
『そっと静かに そっと輝く───────』
ウイニングライブを終え、寮に戻っていた時、傍のベンチで輝く夜空を見上げている彼女を見つけた。
「スペちゃん。」
軽い足取りで彼女の傍へ寄る。
きっとこの子は、悪魔なんかじゃない。優しい人と変わらない。
「スズカさん、おめでとうございます。」
「…えぇ、ありがとう。スペちゃんのお陰よ。」
私が今、こうして生きていられるのも、全部、全部。
「スズカさんスズカさん、」
そっとそこから立ち上がる彼女をふと見つめる。
その二つしか存在しない瞳を確認する。
変わっていた。何かが、変わっていた。
「ふふ、なぁに…?スペちゃん。」
「良ければ私と、契約しませんか?」
冷たい風が頬を掠める。
彼女の尻尾がそれに乗り、ゆらゆらと揺れる。
その変わっている何か、は、もう分かっているのかもしれない。
この想いも、彼女にバレてしまっているのかもしれないが、そうでもいい。
答えを定めた。それはいつもとは違う。もう決めたのだ、この子と生きていく覚悟を。この子に、今後も守られていく覚悟を。
一歩、前に進む。
「ええ、勿論…!」
良ければ、私と契約しませんか?
end.