色、温度、形、匂い、感触。イメージして、音にして、届けたい。
側に居ない時間も想っているだけで楽しい。嬉しい。そんなレオの溢れそうな笑顔が辺りに幸福感を伝えていた。
漫画描写の様な虹色のシャボン玉がレオの周りにふわふわと浮かんで見える位レオの居る場所だけ明らかに柔らかなオーラに包まれていて迷子の猫を探すように歩いていた嵐は直ぐにレオに気が付いた。
「あら?レオくんたらこんな所に居たのね?」
想像と音楽の世界に浸っていたレオに朗らかな嵐の呼び声が聴こえてレオはハッとしてきょろきょろと辺りを見回した。
作曲に集中し過ぎていたせいで意識を現実に戻すのに少し時間を要する。
レオが居たのは空中庭園の隅っこ。木の陰に隠れるようにしてうつ伏せに寝転がっていたのだが、確かな存在感を放っていた。
レオが所構わず作曲を始めてしまう事に対しては、もはや誰も驚きはしないし日常風景の一つだ。
レオ自身も何故そこに居るのかも、どのようにしてそこに辿り着いたのかも覚えていない事が多いが、そんな事は今更気にしたりはしなかった。いつもならば。
しかし、今日のレオは何故そこに居るのかを思い出して慌てて身を起こした。
(あぁ、しまったいつもの調子で居たら駄目だ〜)
「わはは、声掛けてくれて助かったぞナル〜!うっかり作曲に没頭しちゃってた♪」
「うっかりって……相変わらずねェ?そういえば司ちゃんが探してたわよ?そうだ、今連絡してあげるわァ!」
「あ、待って!スオ〜には言わないで!」
嵐がスマートフォンを取り出すとレオは嵐の手を押さえて阻止を図る。
きょとんとした嵐にレオはニンマリ顔で応えた。
「スオ〜って最高学年になって学校では先輩風吹かしてるし、Knightsでは王さまとしておれたちを纏めなきゃいけないし、おうちではご当主様ってやつなんだろ?そんなにずっと気を張ってたら疲れちゃうからさ、今日は年相応に1日中おれと遊べって言ってあるんだ」
「えっと……遊ぶ約束をしてるなら尚更連絡した方が良いんじゃない?」
「だから今絶賛かくれんぼ中♪」
「それって年相応の遊びかしら?でも今日って日に一緒に居なくて良いの?」
先月、司は18歳の誕生日を迎え、法律上Knightsは全員成人済となった。レオにいたっては今日で20歳。お酒や煙草なども解禁となり一段上の大人になったと言える。そんな2人がかくれんぼなどという幼稚な遊びを繰り広げているのかと思うといっそ微笑ましくもあるのだが心配にもなってくる。
「いいの!夜には一緒に居る予定だし、こうしてる間もスオ〜はずっとおれのこと考えてるだろ?おれもスオ〜のこと考えてるし!でもスオ〜のこと考えてたら霊感が止まらなくなっちゃってさ〜」
「ウフフ、レオくんは楽しそうねェ……でも……いいえ、そうねェ……」
嵐は優しげな笑みを浮かべるも少しだけ複雑な色を滲ませた声を漏らす。そして思い付いたかのようにポンと手を打った。
「それはそうとアタシもレオくんを探していたのよォ」
「おれを?なぁに?」
「はい、これ……SNSでバズってたんだけどね?アタシからのプレゼント」
「え、なになに?嬉しいありがと〜なんだろ〜?」
レオの髪色をイメージしたのだろう。橙色のリボンが添えられた掌サイズの紙袋を手渡されレオはウキウキと封を開ける。袋を逆さにして振るとコロンと手の中に小さなスティック状の何かが転がった。
「なんだこれ?リップクリーム?」
「えぇ、そうよ!レオくんてこういうの持ち歩かないじゃない?たまに物凄く気になるのよねェ」
「いや〜買うんだけど気付いたら失くなってるんだよなぁ?でも変な所から出てきたりしてさ?」
「ふふ、ちょっと分かるわァ?これチャームが付いてるからスマホや鞄に付けられるわよ?まぁ……レオくんはカバンごと何処かに置いてきちゃったりするけどねェ」
「わはは!確かに!ありがとう〜!ナルからのプレゼントだし大事にする!絶対!」
キュッとリップクリームを握り締めてレオは満面の笑みを返す。
何歳になっても誕生日は嬉しい。プレゼントを貰うのは当然。自分を思ってくれていた時間が確かに存在した証。誰かの中に確実に自分が存在していた証。なんて幸せなのだろうと噛み締める。
幸せそうに笑むレオを見て嵐もつられて綻んでいく。そして口元に手を添えてレオの耳に悪戯っぽく吹き込んだ。
「これ、思わずキスしたくなるリップってキャッチコピーなのよ!司ちゃんに捕まる前に塗っておいてちょーだい!」
「キス?……反応に困るんだけど?」
「ウフフ……それじゃアタシは仕事があるからもう行くわね?後日改めて皆でお祝いしましょ!」
「あ、うん……ありがとうナル!愛してるよ〜」
一瞬スンと表情が固まって首を傾がせたレオを気にも留めず嵐はポンポンとレオの肩を叩いて去って行ってしまった。
(む〜おれがスオ〜とキスしたがってると思われてるのか?別に放っといてもスオ〜はしてくるしおれもしたくなったらするし)
「……折角だし塗っておこ〜」
貰ったばかりのリップクリームのキャップを外し無色のクリームを唇に当てると体温でじわりと溶けていく。滑らかな感触とバニラの様な甘い香りがふわりと鼻を擽る。
(あ……霊感が……)
チカチカと前頭葉辺りが脈打った感覚。何かが降りてきそうな気配に期待を膨らませていると微かに別の音が聞こえた。
(ヤバい……スオ〜の足音が聴こえる!)
司はレオの行動を分析して追ってきている。レオも司が自身の行動パターンを記録していることを把握しているためそれを見越して場所を定期的に移さないと直ぐに捕まってしまうと理解している。
レオはリップクリームを胸元のポケットに大事そうに仕舞い唇を擦り合わせ心地良い保湿感を確かめると、司の足音が聴こえる方角とは逆の方向へと走り出した。
(スオ〜の探索能力が確実に上がってるな〜?どこに逃げても見つかりそう♪)
足音を殺しながらESビル内に戻り廊下を歩いているとレオはまた新しい音に出会った。琴線に触れる優しいピアノの音色。
(防音なのに何でだ?確かに聴こえる……)
音楽ルームのプレートを確認し好奇心からそっと部屋の戸を開くとやはり綺麗な旋律が耳を柔らかく撫でた。
(あぁ……凄い……綺麗で温かい……)
ゆっくりとピアノに近付くと音を奏でていたのは凛月だった。凛月はレオの接近に気が付くと手を止めて緩い笑みを浮かべた。
「月ぴ〜もピアノを弾きに来たの?」
「んーん……ピアノの音が聴こえたから気になってさ?やっぱりリッツだったか〜」
「音が?ここって防音のはずなんだけど」
「うん!おれの耳が進化してるのかな!わはは!面白い!どんな分厚い壁もおれと音楽を切り離せない!」
「え〜世界が騒がしくて眠れなくなりそうだけど」
イヤイヤと凛月は首を振りピアノの鍵盤を適当に叩いた。
その適当に押された音の重なりがレオにはまた面白く感じられて新たな刺激となって擽られる。
「なぁなぁ、もっと弾いて聴かせてくれよ?さっき弾いてたのは何だ?初めて聴いた!」
「ふふふ……まだ内緒〜」
「えぇ?まだって事はいつか聴かせてくれるんだな?」
「うん、近い将来聴けるんじゃないかな?」
「うぅ……勿体ぶるな?」
胸前で両拳を震わせてジタジタと飛び跳ねるレオを目を細めて眺めていた凛月は不意に顔を近付けてそっとレオの顎先を掴む。
「お?急に何?」
「ん〜……何か月ぴ〜の唇が妙にツヤツヤに見えて……天ぷらでも食べたの?」
「そんな風に見えるのか?ナルに貰ったリップクリームを塗っただけなんだけど……思わずキスしたくなる?」
「キス?まぁ……美味しそうには見えるかもね」
親指と人差し指で押し込まれたレオの頰がムニッと盛り上がり唇が前に突き出ると間抜けた面が広がり凛月はプッと吹き出してスルリと手を離した。
「こらっ!笑うな!いや、もっと笑ってリッツ〜」
「どっち?キスかぁ……ふぅん……じゃぁ俺はこれをあげよっかな」
凛月は僅かなヒントを拾っただけで嵐が何を思っていたのか察してゴソゴソと自身の上着のポケットを漁るとレオの手に何かを握らせた。
「わ〜何だ?お?今度はハンドクリームか!皆おれを綺麗にしてどうする気だ〜?」
「綺麗にってか……月ぴ〜がテキトウ過ぎるんじゃない?見て、どう?俺の手……思わず繋ぎたくならない?」
「うん!なるなる!ほら、ギューっ!」
掌と手の甲をヒラヒラとレオの目の前に凛月が掲げると、レオはその手を包み込むようにハンドクリームごと掴んできゅっと握り込んだ。日を嫌う凛月の手は白く、ハンドクリームのおかげなのかしっとりと滑らかだ。
レオが受け取ったハンドクリームは既に1度使用済みの様だったが凛月の綺麗な手指に触れれば説得力を得て寧ろ嬉しいと感じる。
同じ年なのに甘えるのが上手な凛月
と甘やかすのが好きなレオは相性が良いのだろう。手を繋いだりハグをしたり凡そ年頃の男子がするコミュニケーションとは程遠い付き合い方を平素でやっている。
「うん、どうせこの後ス〜ちゃんに会うんでしょ?試しに塗ってみてよ」
「うん?そうだけど……あのスオ〜でも思わず手を繋ぎたくなるかな?」
「なるなる……そして思わずキスしたくなる」
「おぉっ!思わずシリーズで繋がってるのか!何だソレ?でもありがとう〜大事に使わせてもらうな?」
レオは胸元にハンドクリームを引き寄せ嬉しそうに口角を持ち上げるとペコリと頭を下げてお礼を告げた。
もっと話をしていたいし、ピアノの音も聴いていたい。けれどまたも司の気配を感じて凛月に手を振ると、ソロリと扉を開き外を窺った。
(スオ〜の音はまだ少し遠いか……よしっ)
「リッツ〜!愛してるよ!じゃぁな〜」
再度凛月を振り返ったレオはもう一度別れを告げて音楽ルームを後にした。
「愛してるって……そういうのはス〜ちゃんにだけ言ってれば良いのに……ふふ……まぁそんな月ぴ〜だから俺もナッちゃんも応援したくなっちゃうんだろうけど」
レオの居なくなった音楽ルームはしんと静まり返っていて寂しく感じる。凛月はピアノに手を乗せると深呼吸をして甘く優しい音色を奏で始めた。この曲が、どうか早く届きますようにと願いを込めて。
(ん〜……ベタつかなくて良い感じ!これなら作曲の邪魔にもならない!お手々すべすべ〜)
凛月に貰ったハンドクリームは塗った瞬間から浸透していくように馴染んで潤っていくのを実感する。手をすりすりと擦り合わせて塗り込み鼻歌交じりに廊下を歩いていたが、レオは直ぐに己を律して口元を押さえた。
(おっとっと……かくれんぼ中なんだった……)
目を閉じて、両耳に手を添えて意識を集中する。どんなに耳が良いとはいえ、超能力者ではないのだから限界はある。それでも今日はいつもよりも調子が良く感じて、様々な音が聞き分けられる自信があった。
(スオ〜は多分あっち……だからおれはこっち……)
進路を決めて歩き出したがピタリと足を止めたのは引っ掛かりを覚えたからだ。
レオはくるりと踵を返し元来た道を戻る。理由はハッキリとしないけれど、逆らえないような引力を感じた。曲がり角でまたピタリと足を止めてそっと壁に背を付ける。その先で誰かの気配を察したのだ。
(ヤバっ……スオ〜の声がする……誰かと話してる?)
角からソロリと顔を出すと司の後ろ姿と対面していたのは一彩。似ていて異なる赤い髪が覗く。
「今はその……レオさんを探していて」
「レオ先輩?それなら……」
チラリとこちらに視線をくれた一彩とレオの目がバチリと合いレオは咄嗟に身を引っ込めた。ヒュッと息を呑む。ピンと背筋が伸びて頭から足先まで緊張が走った。ただの遊びではあるけれど、司以外に見つかって捕まるのは何故だか無性に嫌な気分だ。しかし司もまた同じ思いを持っていたのか指でも差しそうな一彩を制した。
「あぁ、大丈夫です!レオさんは……自分の力で見つけて捕まえなければ意味がないのですよ」
司の言葉にスッと肩の力が抜けレオは目を丸くさせながら二人の会話に耳を傾け続けた。
「ですが……今の一彩くんの反応から察するに、レオさんはそこに居るのですね?」
「えっと……何か事情があるのなら答えを言ってはいけない感じかな?」
「ふふ……それはもう殆ど答えを言っているようなものですが」
(あぁ〜ヒロのバカ〜!いや……何でおれはわざわざスオ〜の居る方向に戻ったんだ?おれのバカっ!)
観念するべきかと項垂れていると「レオさん」と呼び掛けられてレオは再び角から顔を出した。司は今も此方に背を向けたまま挑戦するような声音を放つ。
「こんな風に見つけてしまうのは本意ではありません……10秒差し上げますから、どうか逃げてください」
背中を向けられているのに、真っ直ぐに見つめられている気がする。いつもならば手段を選ばず捕まえに来るくせに、とレオはフニャリと崩れるような表情を浮かべて足早にその場を後にした。
「さて、そろそろ10秒経ったでしょうし追いかけましょうか……日が落ちる前には捕まえたいですし」
「折角逃がしたのに結局捕まえるんだね?不思議な狩りの仕方をするね?」
「狩りですか……確かにどんなに逃げても無駄だと覚えて頂くよう調きょ……ではなく……えぇと、狩りと言いますかあの人を追い掛けるのは本能みたいなものですから」
「ふむ……本能というのは定義付けが難しく人には殆ど適用されないとされているけれど、もし司くんがレオ先輩を追い掛けたくなってしまう性質なのだとしたら、それは愛かな?」
誂っている訳でも冗談を言っている風でもなく真顔で首を傾がせた一彩から司は一歩二歩と遠ざかる。そして一彩を振り返ると楽しそうに笑って一言「えぇ、そうですよ」と返した。
(くそ〜スオ〜のやつ……どんどん格好良くなってくな〜わはは!)
どんな時でも本気で向かってくる司が愛しくて堪らない。出会った頃からずっと逃げるレオを追い掛けて、そして必ず捕まえてくれる。
(楽しい……楽しいなぁ)
暫くウロウロと潜伏先を考えている内にレオはよく見知った名前を発見しトントンとその名前が書かれていた部屋の戸をノックした。
「はい?……て、れおくん?」
「あ、居た居た!セナ〜!」
開いた扉から泉が顔を出すとレオは飛び付くようにして泉を部屋の中へと押し戻した。
「ちょっと!メイクとかヘアセットとか崩れるでしょ!抱きついてこないで!」
「ん〜?何かの撮影か?」
「そ、雑誌のね……今は合間の休憩中」
「ふぅん……じゃぁ単刀直入に言うな?セナ!なんかちょ〜だい!」
「は?」
泉が居たのは撮影スタジオの側の楽屋。フラフラと歩いていたようでレオは実は泉を探していた。皆仕事があるからと当日にKnightsで集まっての誕生日パーティーは実現できなかったが、やはり全員からお祝いをされたい。
レオは重ねた手を泉に差し向けてニコニコと告げた。
「なんかって……何もあるわけないでしょ?仕事中なんだからね?」
「何でも良いんだ!飲みかけの水でも食べかけのお菓子でも!」
「嫌に決まってるでしょ……何なのあんた?後日お誕生日会は開いてあげるからそれまで我慢しなよねぇ」
「う〜……見てセナ?今ね、ナルに思わずキスしたくなるリップを貰ってさ?そんでリッツには思わず手を繋ぎたくなるハンドクリームを貰ったんだ……スオ〜は全力でおれのこと探してるし、な?分かるだろ?」
レオは潤った唇や手指を自慢気に見せると催促を強めるようにまた掌を差し出す。
泉は眉間に皺を寄せてレオの我儘な態度に溜息を吐く。
「分かるわけないでしょぉ?思わず殴りたくなったけど?此処には何もないの!邪魔だから出て行って」
「あぁっ?!追い出そうとするなよ!」
レオは泉に扉の方へとグイグイと背中を押され哀しそうな声を上げる。まるで餌を与えられない子犬のような悲壮感すら漂わせた。大袈裟過ぎる反応に泉ですら罪悪感に駆られそうになった。するとふと手が緩み泉の手が背から髪へと移る。
「あんた、外に居たの?妙にボサボサじゃん」
「うん?あぁ、空中庭園で作曲してたりあちこちウロチョロしてたからかな?」
「れおくんもアイドルならもっと身形に気を使ったら?ちょっとそこに座って」
そこ、と言われソファーを指差されレオは身を翻して言われるが偶にソファーに腰を下ろす。泉は大きな鏡の前に綺麗に並んだ化粧品が置いてある場所から何かを手にとってレオの背後に立つとレオの一つに結ばれていた髪を解いた。
癖の付いた髪が色んな方向を向いて跳ねていてある意味面白い。
「ジッとしててよ……」
泉は掌にオイル状のトリートメントを出してレオの髪にやわやわと揉み込んでいく。毛先から頭部に向けて優しい手付きで触れられると妙に心地良く感じた。
「くんくん……何か柑橘系のいい匂い〜でもセナっぽくないな?」
「貰い物だからね……それに俺の髪質には合ってないし、艶よりマットな質感の方が合ってる気がしない?」
「いや、おれに聞かれても分かるわけないだろ?でもセナはどんな髪型でも綺麗だから!坊主でもスキンヘッドでも綺麗だぞ〜?多分!」
「はぁ……こういう話はなるくんじゃないと通じないよねぇ?」
手櫛で髪を整えられて鏡に目をやるといつもよりも髪の広がりが押さえられてツヤツヤと輝いて見える。
「おぉ!凄い!ツヤツヤだ!これはアレか?思わず触りたくなっちゃう系か?」
「さっきから何?思わずどうのって……」
「知らん!どうもナルとリッツはおれとスオ〜を仲良くさせたいらしいな?」
自身の柔らかくなった髪を一掬いして鼻を鳴らせば爽やかな柑橘系の香りがして心が弾む。
仕上がりが気に入った様子のレオを泉は暫し無言で眺めてから先程使用していたポンプ式のヘアオイルをレオの頭部にバランスを取るようにして置いた。
「気に入ったんならあげる……それで満足でしょ?」
「お?良いのか〜?貰い物なんだろ?」
「別に俺に向けての特別な贈り物って訳じゃないしね?試供品みたいなもんだから……さっきも言った通り俺の髪質には合わないしねぇ」
「そっか?わ〜嬉しい!ありがとうセナ〜愛してる!」
「はいはい……じゃ、もう出て行って」
「なんでそんな冷たいんだよ〜……まぁいっか!」
頭の上からヘアオイルを下ろすとレオはすりすりとボトルに頬擦りをしてパンツの後ろポケットに仕舞い込んだ。
「ねぇ、かさくんがあんたを探してるって言ってたけど何で?」
「え?かくれんぼ中だから♪」
「職場で遊ぶな!」
「うん!でも捕まる準備も整ったし……またなセナ〜!」
満足気に出て行ったレオに泉は肩を竦ませて自身の髪に触れレオとの髪の質感の違いに眉を顰めながら笑みを浮かべる。猫の背毛のような柔らかさと、糖度の高い熟れた果物の様な色、そこに甘酸っぱい香りを纏って、一足先に大人になっていくレオに置いていかれるような寂しさ。どうせ直ぐに追い付く、と泉は鏡の前に座り直し自身の髪も整え直した。
レオが泉の楽屋を出た瞬間、左側から伸びてきた拳に突然トンと心臓の上辺りを叩かれた。
「CheckMateですレオさん♪」
初めからレオが泉の元に向かう事を予見していたのだろう、待ち構えていた様子の司が勝ち誇った笑みを浮かべて楽屋前に立っていたのだ。
「わはは……おれの負けだ〜」
司がもうすぐそこまで迫ってきている事に気付いていたレオは少しだけ驚くも、戸惑うことは無くヘラリと笑って司の拳を数回撫でると潔く敗北を認めた。
「髪……下ろしているなんて珍しいですね?変装のつもりですか?」
「違う違う、逃げ回ってたらクシャクシャになってたらしくてセナに整えて貰ったんだ」
「そうですか……」
レオに他意はなく、人と触れ合うのが好きな質である事は理解してはいるが、やはり他人に触られるのは面白くないものだと司は少しだけ声のトーンを落とす。しかし直ぐに気を取り直して握っていた拳を広げて紳士的に掌をレオに差し出した。まるでおとぎ話に出てくる王子様のように腰を折って恭しく手を出されたらレオでなくても思わずその手を取ってしまうだろう。
「それでは……お迎えに上がりました我が王よ」
「王さまはおまえだろ〜?」
「ふふ、今はそう、ですね……では言い換えましょうか?黙って私に着いてきてください」
「え?」
自身の掌に乗せられたレオの手を握り込むと司はそのまま手を引いて歩き出す。
(あれ?なんか怒ってる?いや哀しんでる?悔しがってる?なんだなんだ?)
「どこに行くんだスオ〜?」
「お忘れですか?勝者は敗者を好きにできると」
「そんな約束した覚えないぞ?いやしたっけ?んん?」
「あなたの遊びに付き合うのですから勝ったらご褒美を頂くと宣言していたでしょう?」
「あぁ……って、曲解し過ぎだろ?!まぁ良いけど?」
振り返った司の笑顔は小さな子供のようにも色を含んだ大人のようにも見えた。
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