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    samao

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    samao

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    夏の404
    ふたりで楽しいことをしよう。

    相棒と夏休み!夏の日に、こいつが穏やかな顔で眠っているだけでなんかちょっと安心する。
    相棒ってそんなものだろうか。今まで相棒というものに頓着したことがなかったからわからない。頓着もせず、頓着もされず生きてきた時間が長過ぎて、志摩のことになると、なんか、ちょっとむじぃ、のである。
    「ひっどいクマ」
    伊吹の相棒は気難しい顔で気難しいことを言う。一見繊細そうに見えるが、たぶん随分といい性格をしている。どこでだってひっくり返ってぐうぐう寝るし、なんでもよく食うし、ゴミ箱蹴るし。
    それでも夏は、なんか、こう、ちょっとだけひやっとするのだ。夏が、どこか遠くに相棒を連れて行ってしまいそうな気がして。隣りにいると少しだけ落ち着かない気持ちになる。志摩はたぶんゴミ箱蹴飛ばしてるくらい元気な方がいい。きっとそう。
    猫のように背を丸めてくうくう寝息を立てている志摩の寝顔は穏やかだ。暑くないのかなあ、と伊吹は志摩に向かってぱたぱたと団扇で風を送ってやる。軟こそうな前髪がそよそよと風に揺れるのを見ていると、なんだかこちらまで眠くなってきた。くわっと欠伸をして、縁側から外に出した素足をゆらゆらと揺らした。志摩家の庭は広い。こんな立派な庭と縁側があるなんて少し憧れる。塀よりも高く伸びる向日葵を見ると、胸に苦いものがこみ上げてくるけれど、この縁側から見えるこの景色は素直に好きだと思った。そこかしこに幼い頃の志摩の気配を感じるからかもしれない。真夏の陽射しに炙られて花弁の先っぽがじわりと溶けていく。
    柱に刻まれた兄弟たちの背比べの痕跡を見つめて、伊吹は眩しげに目を細めた。
    大きな日本家屋は、古いけれどよく手入れがされていて、すごく心地がいい。志摩の寝息と蝉の大合唱だけが聴こえるこの庭先は、息苦しいほどに夏だった。
    志摩と伊吹と入れ替わるように親戚の家に出かけて行った志摩のお父さんとお母さんはとても賑やかな人達で、あまりに志摩と違っていたから驚いてしまった。それでも、のんびりして行ってね、と笑った目尻が志摩に似ていたから、伊吹はそれだけでいっぺんにこの人達が大好きになってしまった。
    「志摩」
    「…あ?」
    「あれ、起きてたの?」
    「あっちぃ」
    のそりと起き上がった志摩がTシャツの首元をぱたぱたと揺らす。眠そうに目をしぱしぱさせている志摩は縁側で寛ぐ寝起きの猫みたいで、伊吹はくふっと小さく笑った。
    「なに?」
    「べーつーに。よく寝てたね」
    「さすがに疲れた。この暑さの中の草むしりは地獄だわ。悪かったな、休みの日に手伝わせて」
    「なんか、楽しかったし、べつに」
    「ふは、楽しい、って。まあ、庭、広いしな。あとでたくさん走ろうな?」
    「犬じゃねーぞ!」
    「や、でもほんと助かった。母さんにこの暑い中やらせらんないもんな」
    志摩が楽しそうに目尻を緩めて笑う。眩しげに見つめる先には向日葵が揺れていて、さっきも庭で何か言おうとして、その何かを呑み込んだことを伊吹は知っている。伊吹の相棒は優しいのだ、大概。
    「志摩ちゃん、焼けちゃったねえ」
    「ん?ああ」
    Tシャツから伸びる腕に視線を落とした志摩の横で、綺麗に刈り上げられたうなじが赤くなっているのを見つめる。痛そう、と指先で撫でると、びっくりした猫みたいに飛び退く志摩が面白くて笑ってしまった。
    「急に触んな、びっくりした」
    「ちゃんと冷やした方がいいよ、ソレ」
    「どーも」
    そりそりと手のひらでうなじを撫でながら、志摩は縁側の外に素足を出して、ゆらゆらと揺らした。
    「よし労働終わり!こっから夏休みな。お前、なんかしたいことある?」
    「…なつやすみ」
    「そ、夏休み」
    ちょっとわくわくする響きに上半身を落ち着きなく揺らすと、志摩がゆたかに向けるような柔らかな視線を向けてくるから、さらにむずむずとしてくる。
    「え、なんでもいいの?」
    「いいよ。とりあえずスイカでも食うか」
    のそりと立ち上がって部屋の中に入っていく志摩の背中を黙って見送る。夏休みに特に良い思い出などない。ただただ無駄に有り余る時間をひとり走っていた記憶だけがある。あれ、俺ほんとに犬じゃんと、視線を夏の雲に向けた。じわっと赤らむ頬が熱い。なんだろう、人が当たり前にしてきた夏休みらしいことがポコポコと脳内に浮かんでくる。子供っぽいと笑われるだろうか。いや、志摩が笑うならそれはそれでいい気もしてきた。
    志摩と、夏休みをしたい。
    「ん、スイカ」
    「あ、うん。ありがと」
    隣りに座った志摩が、がぶりとスイカに齧り付く。相変わらず一口が大きくて見ていて気持ちがいい。種を器用にぷっと庭に向かって吐き出した志摩に驚いて伊吹はついじっとその横顔を見つめてしまった。
    「ん?」
    「え、庭に、いいの?」
    「昔からやってる。お前もやれば?スイカ生えたらラッキーだなあ」
    呑気に背中を丸めてスイカに齧り付く志摩が、うま、と小さく呟いたのにつられて伊吹もがぶりとスイカのど真ん中に齧り付く。みずみずしくて美味しい。そういえば今年初めてのスイカだ。真似してぷっと種を飛ばしてみたけれど、志摩ほどうまくは飛ばせなくて、うぐぐっと唸る。伊吹の足の甲の上に着地して張り付いた種を見て、さっきよりも遠くに種を飛ばした志摩が得意げに笑った。子供かよ、と文句のひとつも言ってやりたいが、闘争心をメラメラと刺激されている時点で自分も同じようなものか、としばらくもくもくとスイカを齧り、種を飛ばした。やっぱり志摩のようには飛ばせなかった。
    「なあ、さっきの」
    「うん?」
    「夏休みにやりたいことって何でもいいの
    ?」
    「いいよ」
    二つ目のスイカに手を伸ばしながら、志摩はちらりと伊吹の顔を見つめてくる。ごくりと喉を鳴らして、緊張で上擦りそうになる声を誤魔化すようにわざと明るい声を上げた。
    「海とかプールもいいけどさあ、やっぱりお祭り行ったり花火したいなあーって」
    「祭りならこの間行ったじゃん」
    「あーれーはー!仕事じゃん!ひったくり追っかけたり、チカン撃退したり、ケンカの仲裁したりだったじゃん」
    「ばーか、仕事なんだから当たり前だろ。まあ、中々の生殺しだったよな」
    「でしょ?!焼きそばのソースのニオイに誘惑されなかったオレちょうエラい!!」
    夏を感じたなあ、と呑気に笑う志摩に不満を隠さずじとりと視線を向ける。
    「ちょっと、待て。今から行ける祭りあるかな」
    伊吹をからかいながらもスマホで祭りのことを調べてくれる志摩はやっぱり優しい。こういうところ本当にズルいと思う。
    「うーん、厳しいなあ。なんならここで祭りやるか?ゆたかとか桔梗さんとかハムちゃん呼んで。陣馬さんと九重も来るかな」
    「え、え、ちょっ、まってまって、ここで??やるの???どうやって??」
    「ん?さすがに本物の屋台は無理だけど、なんか祭りの定番の食べ物集めればそれっぽくなんじゃないの。うちの兄弟にも声かけてみるか。無駄に凝り性だから張り切って参加すると思う」
    「はは、なんか志摩家ってそんな感じするー」
    「俺の兄貴、たこ焼き焼くの異様に上手いから。金魚は無理でもヨーヨー釣りなら用意できるかな。ゆたか喜びそう」
    お前は何する?と志摩がスマホで、ポチポチとみんなに連絡を取りながら聞いてくる。
    「え、えー、どうしようかなあ」
    伊吹はそわそわと落ち着きなく上半身を揺らす。焼きそば、かき氷、わたあめ、リンゴ飴にイカ焼き、小さいころ遠目に羨ましくて仕方がなかったお祭りの屋台を思い出していると、鼻の奥がツンとなった。
    「打ち上げ花火は無理でも手持ち花火ならできるし」
    「なに、それ、ちょー楽しそーじゃん。楽しいの全部乗せじゃーん」
    「泣くなよ」
    「泣いてねーし」
    ぐすっと鼻を鳴らして、俯いた伊吹の視界の横で、ぱたぱたと揺れる志摩の素足が見える。ああ、くそう、悔しいけど泣きそうだ。というか、ちょっと泣いた。
    「陣馬さん、うどん茹でるって張り切ってる」
    「なんでうどん??祭りにうどん??」
    「まあ、陣馬さんだし」
    「うーん、うん!わかった」
    全然わからないけどわかった。陣馬さんなら祭りでもうどんを茹でる。
    「お、喜べ伊吹。ハムちゃん唐揚げ作ってくれるって。ハムちゃんの唐揚げ美味いよな」
    「え、なんで知ってんの?!」
    「ついでに教えてやるが、オムライスもちょう美味い」
    「ちょっと志摩ずりぃ!」
    「だってえ、ゆたかがあ、志摩と遊びたい!って言うからあ…」
    「時々出てくる女子高生なんなの?!それもずるいいい!!オレも誘ってよおお」
    「ええ、休みの日にわざわざ相棒誘うのってどうなの」
    「ヘンなところで恥じらいだしてくんなっての!いいじゃん仲良くふたりで行けばいいじゃん!!」
    「悪かったよ。次は一緒に行こうな?」
    「う、うん?」
    「ボールとフリスビー持ってな」
    「犬ーーー!誘い方が犬じゃん!」
    「犬は誘わない。誘ったことない」
    神妙な顔をしていた志摩の顔がふわっと綻んでケラケラと笑い声を上げる。くそ楽しそうでなによりだよ、と心中で悪態をつく。
    確かに休み日にわざわざ相棒を誘って出かけるというのはどうなんだろう。今まで相棒という存在に頓着せず、頓着されずに生きてきたからわからない。やっぱりむじぃ。
    「ん?でもさ、なんで今日は誘ってくれたわけ?」
    「それはこの暑い中、ひとりで草むしりって大変だなって
    「オイコラ」
    「あー、腹減ったな。そうめんでも食うか」
    「待て、逃げんな!オレの感動かえせ!」
    「知らねえよ、勝手に感動したのお前だろ。そうめんどんぐらい食う?」
    「志摩のバーカ!いっぱい食う」
    色々と文句もあったはずなのにすっかり脳内はそうめんのことばかりになっている。志摩は話をすり替えるのがうまい。
    あ、こいつお祭りのこと忘れてるんじゃないか?ここは刑事らしくちゃんとゲンシツを取らなくては!と、そそくさと部屋の中に入っていく志摩の背中を追いかけた。相棒と夏休みって悪くないじゃん、と伊吹はくふふっとご機嫌に笑うのだった。
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