きみと夏しまー、と夏の陽射しと同じくらいの溌剌としたゆたかの声に、ハッと顔を上げる。
手に大きなクワガタを持って満面の笑みを浮かべたゆたかは誇らしげに小さな胸を張っている。志摩はそれに、ゆるりと口元を綻ばせて、小さな友人と目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「すごいな。大きい」
「でしょ?カッコイイ!」
しま、と腕を引かれてふたりで木陰に座り込むと、ゆたかの誕生日にプレゼントしてやった昆虫図鑑を広げる。図鑑の中に捕まえたクワガタを見つけると、ゆたかが興奮したように声を上げた。ゆたかの丸っこい額に浮いた汗を手の甲で拭ってやると、擽ったそうに目を細めてはにかむ。
にこりと笑った笑顔からこぼれた前歯がぽっこりと抜けて穴になっているのが愛らしくて、この小さな友人の確かな成長が眩しくて、胸が熱くなった。
同時に会ったこともないゆたかの父親のことを思って切なくもなる。きっと誰よりも近くでその成長を見守っていたかっただろうに。
志摩はそっと視線を空に向ける。眩しいほどの青い空に目を細めると、ズボンのポケットの中でスマホが小さく震えた。
「だれ?」
「ん?相棒」
志摩の腕にぴたりとくっついてじゃれついてくるゆたかに、スマホの画面を向けると、志摩は柔らかな笑みを向ける。
「昼ごはんの準備できたみたいだ。一度戻ろうか」
「うん!」
桔梗と麦と一緒に昼ごはんの準備をしている相棒からの連絡に、今から帰る、と簡素な返信をする。相棒からのLIMEはスタンプがいつも喧しい。
図鑑をぱたんと閉じて小さな手に抱え込んだゆたかが木陰から飛び出して、志摩の手を引いた。容赦なく照りつける陽射しにくらりと一瞬目の前が暗くなる。
不意にこの小さな身体が受けるアスファルトからの陽の照り返しが心配になる。志摩はゆたかの小さな手をぎゅっと握りしめると、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「ゆたか、抱っこするか?」
「…もう、こどもじゃないもん」
真っ黒なみずみずしい黒目の奥が一瞬きらりと喜びに煌めいたが、すぐに照れたようにそろりと下を向くのに笑ってしまった。
「しまが、どうしてもっていうなら」
「はは、うん。どうしても。この通り」
志摩が両手を合わせてお願いをすると、ゆたかはぱっと顔を輝かせて、志摩の首にぴょんと飛びついた。しかたないなあ、とくふくふ笑うゆたかの小さな身体を片手で抱き上げると、できるだけ日陰を探してゆっくりと歩き出す。この間よりも少し重くなった身体はあっという間に逞しくなっていくのだろう。こんな夏は一度切りだ。同じ夏は二度と来ない。
「しま、くも、でっけぇー」
「ああ、夏だなあ」
「ソフトクリーム食べたい!」
「ふは、いいな。買って帰るか」
大きなソフトクリームみたいな入道雲を指差して、ゆたかが足をぱたぱたと揺らす。
小さな身体を落っことさないようにしっかり抱えると、志摩は陽だまりの匂いに鼻先を寄せた。