メロンパン刑事「俺は、メロンパンの呪いにかかっている」
荒れ狂う日本海に煽られて翻るリネンのロングコートの裾をぼんやりと見つめる。
ザパーンと白波を立てながら波打つ水面は、癒やしとは程遠く荒々しい。秋も終わりの日本海はこんなものだろう。たぶん。
手のひらにコロンと乗っかるメロンパンのキーホルダーを忌々しげに見つめると、志摩は小さく息を吐いたのだった。
土産だ、と伊吹の手に例のブツを押し付ける。それを不思議そうに見つめる伊吹はこてっと首を傾げた。
「志摩ちゃんは昨日どこに行ってたの?」
「……海」
「海」
「そう、海」
「あのザパーーンきゃっきゃっうふふな?」
「そう、ザパーンの。きゃっきゃっうふふは知らん」
伊吹の美しい指先に摘まれたメロンパンのキーホルダー。目の前でゆらゆらと揺れるメロンパンのキーホルダー。駅前の古びたお土産屋の片隅にひとつぽつりとぶら下がっていたそれを気がついたら購入していた。俺はこの世のメロンパン全てを救わなくては気が済まないやつか。俺はメロンパンの呪いにかかっている。
「オレはてっきりメロンパン展覧会にでも行ってきたのかと思ったね」
「何だよその展覧会!そんなもんねぇよ!てか、そんな展覧会あったらお前も誘うわ」
「シマチャン?!」
「うわっ、うざい」
隣り合って座っていたソファーの上で肩をぶつけてくる伊吹をぐいーっと隅に押しやる。
「まあ、さすがだよね」
「なにが」
「メロンパン刑事のカガミだねってことー」
「結構です」
「結構すんな」
「なんだ、メロンパン刑事って。そんなものになった覚えはない!」
「だって、こいつほっとけなかったんでしょ」
「……ぐ、俺は、呪わている」
がくりと肩を落とすと、隣りで嫌味なほどに長い足をバタつかせて伊吹が笑う。子供か。楽しそうでなによりだ。
「まあまあ、これからもメロンパン刑事として世のメロンパンを救っていこうぜ〜」
「救わない。メロンパン救ってどうする」
「確かに。まあ、メロンパンも?救っていくってことで」
意味がわからん、と何やら嬉しそうに笑う伊吹から視線を外して、パソコンに向き合う。
「しましましま」
「うるっさい、仕事しろ」
「メロンパンフェスってのがあるよ」
「はあ?」
ニコニコとスマホの画面を見せてくる伊吹に根負けして、仕方なしに目を向ける。
「なんだこれ。ちょっと行きたいな」
思わずぽろりと口から出た言葉に相棒のわんこの尻尾がぴーーーんとなったのがわかる。ああ、やっぱりメロンパンの呪いにかかっている。志摩は小さく息をついて、今週はたくさんのメロンパンを腹におさめてやろうと思った。