おっさん地獄絵図「なあ、アイスのケーキ食ってみたいんだけど」
真っ白な病室のベッドから身を起こして、見舞いに来た伊吹にそう言った相棒は、いつもよりずっと肌艶がいいように見える。入院して3日目、不摂生をしようもない生活なのだから当然か。
「え?ごめん、なんて?」
「だから、アイスのケーキ。お前食ったことある?」
「…やー、ない、かなあ」
久々にまともな口を開けるようになったかと思えばこれである。伊吹は色々と言いたいことがあった気がするのに、すべてがアイスのケーキに持っていかれてしまった。いつだって話が脱線して注意されるのは伊吹の方だったのに。
いつも小難しい顔で小難しいことばかりを言う相棒が、ふと絶妙なタイミングでこうした茶目っ気をぶっこんでくるものだから、なんというかズルい。こういうところがきっと、たぶん桔梗や陣馬に可愛がられるところなのだろうかと思う。ちょっと怒っていたのになあ、と思いながらもムニムニと緩みそうになる口元が悔しい。元気そうでなによりだ。
「いいねー。アイスのケーキ!俺も食ったことなーい」
某有名なアイスクリーム店のアイスケーキを思い浮かべる。子どもなら歓喜するやつだ。
「志摩が復帰する日に分駐所に買っていってあげるー」
皆で食べようぜー、と伊吹がご機嫌に言うと、志摩は何とも複雑な顔をして笑う。
「おっさんだらけの分駐所でアイスケーキって地獄じゃないか?」
「え、そう?なんで??」
みんなでわいわい志摩の誕生日を祝うのは単純に楽しそうだ。それに相棒がみんなに祝われるのは純粋に嬉しい。少し居心地悪そうにしながらもみんなの中心にいる志摩の姿を想像するだけで、ニヤニヤとしてしまう程には微笑ましい光景だ。
「や、別にいいんだけどな。おっさんみんなで知覚過敏にひぃひぃ泣く姿しか想像できない」
「ちかくかびん??」
「冷たいもん食べるとしみて、痛くなることあるだろ」
「ああ、うん」
そうか、あれはおっさんがなるもんなのか。ファンシーなアイスケーキをおっさんたちが囲んでいるだけでも妙な光景なのに、みんな歯の痛みにひぃひぃ言っている姿は確かに地獄絵図ってやつかもしれなかった。伊吹は、にししっと笑って、志摩の顔をひょいと覗き込むと、生真面目そうな瞳がきょとんと丸くなる。
「なんかー、それもふくめて楽しそうだからよくね?俺は志摩がみんなにおめでとーってお祝いされんのがうれしい」
「……っ、んだ、それ。嫌がらせか」
やっぱり居心地が悪そうに、ふいっと視線を逸した志摩に、伊吹はニンマリと笑う。すき焼きはちょっといい肉を買ってやろう、と祝われるのが苦手な相棒の困ったような照れた顔が見られるのはこの上なく気分がいいなあ、と思うのだった。