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    haishima_ryo

    @haishima_ryo

    二次創作の絵をアップします。
    うたプリ(イチゴ組、蘭カミュレン)
    FGO(龍竜、高ぐだ子)
    DC(松萩)
    PSYCHO-PASS(槙島聖護)
    たまにFF(ラグナ、神羅カンパニー)
    あといろいろ

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    haishima_ryo

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    蘭カミュレンでPSYCHO-PASSパロ。
    レン編だけ公開しています。

    全文読みたい方は
    ピクスペ
    https://pictspace.net/items/detail/327156

    ##蘭カミュレン

    【蘭カミュレン】トリニティースター 朝露に濡れた葉がささやかな風に揺れ、葉先から雫を垂らす。
     土に根付いた幹の表面は、微かな木漏れ日を反射させスパンコールを纏ったように煌めいている。
     時折、木々達の葉が囁く。
     苔むした匂い、腐葉土の香り、澄んだ空気を肺に送る。
     神宮寺レンは、鼻歌を奏でているときだけ森の中に居た。
     手には鋼鉄の中に潜む《神託の巫女》が握られていようとも、レンの精神は夜が明けたばかりの森の奥へと誘われるのだ。
     歌はいい、こんなにも心安らぐ。自分だけの居場所を作ってくれる。
     たとえ法に否定されようとも。

    《シェパード1からハウンド5へ。もうすぐ積み荷の確認がとれる。……聞いておるのか》
     無線から流れる荘厳な声によって、レンの意識は精神の森から腐敗臭のするスラムの路地裏へと引き戻された。
    「聞いてるよ、バロン。問題ない。オレがサボってると思った?」
    《暢気に鼻歌など歌いおって》
    「ハジメテのときに、バロンも褒めてくれた自慢のストレスケアさ」
     相手が何か言いかけたところで、別の場所で待機している黒崎蘭丸から《テメェら集中しろ。積み荷が動いた》と報告があり、レンは手にした銃を鼻先に密着させた。
     銃といっても火薬が詰め込んだ銃弾が装填されているわけではない。銃口のない歪な形をしたそれは、ドミネーターと呼ばれる。シビュラシステムと直接リンクされた携帯型心理診断・鎮圧執行システム。対象の犯罪係数をサイマティックスキャンで解析、規定値を超えていれば即時、潜在犯認定、そして審判を下す。
     良くて麻痺、悪ければその場で殺処分。
     引き金を引くのは監視官および執行官であるが、あくまでも審判を下すのはシビュラシステムであるため、罪の意識を持つことなく潜在犯を処分することができる。
    《己の使命を果たせ、神宮寺執行官》
    「わかってるよバロン。オレは執行官だからね、監視官のキミには逆らわないさ」
     今朝から夕刻まで雨が降っていたせいで、地面にできた水溜まりが夜のネオンを反射させていた。カビの生えたビルの壁に背をつけて角を覗き見ると、パーカーを深く被った男が二人、手を差し出して何かを交換している。
    「ハウンド5からシェパード1へ。積み荷だ、いま手にしている」
     先ほどまでの落ち着いた声は消え、気の引き締まった声でレンは伝えた。
    《シェパード1から各位へ。捕らえろ》
    《行け! レン!》
    「オーケー」
     駆け出すと同時に対象にドミネーターを向ける。
     視野に対象の計測された犯罪係数が表示される。

    《執行モード・ノンリーサル・パラライザー・落ち着いて照準を定め・目標を無力化してください》

     ラッキーだ。今日は胸くそ悪いものを見なくて済む。逃げ出そうとする対象の背中に向かって緑燐光が瞬いた。
     対象の一人は汚れた水溜まりに倒れ込む。だが、対象は一人ではない。積み荷を渡していた男がレンから遠ざかり、大通りへ繋がる細い通路を駆け抜ける。ドミネーターは旧世代の銃とは違い、その都度にシビュラの神託に時間を要する。それがほんの数秒であろうとも、連射するにはタイムラグが生じるのだ。ドミネーターの欠点ともいえる。
     だからこそ、執行官は複数でなければならない。
    「ランちゃん! そっちにいったよ!」
    《おう》
     通路の先に見えたはずの、出口となる光の中に人影が立ちはだかった。その瞳にはすでに託宣を終えた証である緑燐光が宿っていた。

    《執行モード・リーサル・エリミネーター・慎重に照準を定め対象を排除してください》

     ドミネーターの音声は指向性により所有者しか聞こえない。そのはずだが、あきらかに己とは違うドミネーターの変形を見て、レンは聞こえないはずの巫女の声が脳内で響いた気がした。
    「おっと、まいったね」
     思わずできるだけ太いパイプの裏に身を隠す。
     黒崎の手にしたドミネーターから、巫女の審判の光が放たれた。更生の余地なし、社会に悪をもたらすと烙印を押された者を死にいたらしめる光。それは肉体に突き刺さり内側から破壊する。狭い通路の両壁に肉片が飛び散り、不快な音とともに地面に落ちていった。
     執行官になって一年になるレンだが、まだこの光景には慣れずにいる。
    「執行完了、対象者一名はエリミネーターによって排除、一名は意識不明。ドローンをまわしてくれ。……おい、レンなにやってんだ」
     慣れた様子で手際よく後始末をする黒崎に呼ばれ、レンは仕方なくパイプの陰から姿を現した。
    「おつかれさま、ランちゃん。積み荷がそっちじゃなくてよかったね」
    「こっちは、まだそこまで闇に取り込まれていなかった、ってわけか」
     黒崎は無惨にも原型をとどめていない対象者を避けて、泥水に顔を突っ込んでいる男を仰向けに寝かせた。黒の革手袋をはめて、男の手からプラスチックケースを取り上げる。
    「それが、例の世界を楽園へ導く音楽ってやつ?」
    「珍しいな。CDってやつじゃねえか」
     黒崎は平たいプラスチックケースを裏返した。ドーナツ型の円盤が収められている。タイトルは何も記載されていない。
    「今時アナクロな情報伝達方法だね。嫌いじゃないけど」
    「気が合うな、おれもだ」
     腰のホルスターにドミネーターを押し込んだ黒崎の瞳からは、すでに神託の巫女の光は消えており、片方は薄い灰色の、もう片方はルビーのような赤い瞳がレンを捕らえた。
     瞳の奥に、狩りを終えたばかりの獣の炎が揺らいでいる。
    「レン、こっち来いよ」
     言われるがままに近づくと、黒崎はレンの腰を引き寄せて激しく唇を吸った。
     任務の後、この男は度々、燻る獣の炎をレンや彼にぶつける癖がある。
    「あのさ、ランちゃんのそういうとこ」
    「なんだ」
    「嫌いじゃない」
      音を立ててキスをしてから、レンは身を離して到着したドローンに倒れた男を運ばせた。
     


     シャワーを浴びたレンは腕にはめられた手錠型の執行官デバイスを丹念に拭いた。監視官デバイスとは違い、自らの意思で着脱ができない首輪のようなものだ。
     バスローブを羽織って冷蔵庫から炭酸水の入ったペットボトルを取りだし、寝室へ向かう。薄暗い部屋の壁には大きな魚が泳いでいた。深い青の光が揺れて室内は海に囲まれているが、これらは内装ホロと呼ばれるものだ。実際にそこに魚がいるわけではない。執行官の檻とも言える宿舎にも、遊び心は許されていた。
     部屋の中央に置かれたキングサイズのベッドに、青い水面の光がうねる。そこに下半身をシーツで覆い隠してベッド端に座っている黒崎が資料を読み込んでいた。黒崎の前にはダークグレーのスーツに身を包んだカミュ監視官が立ち、黒崎を見下ろしている。
    「バロン、おつかれさま。今日も残業だったんだね」
     予想していた時間よりも遅くにカミュはレンの部屋にやってきたところを見ると、分析にまわしていたCDの中身の解析に時間を食ったのだろう。
     カミュ個人のストレスケアのひとつでもある棒付きの飴を咥えている。
    「ああ、これだけ苦労してオリジナルではなかったようだが」
     レンが近寄ると、カミュはレンの首筋に残る噛み痕を見て眉をしかめた。
    「貴様ら、俺が戻るまで《ステイ》のひとつもできんのか」
    「ご心配なく、ちゃんとバロンの分も残してるよ」
     一見は近寄りがたくストイックそうに見える監視官であるが、レンからのキスは素直に受け止める。異国の北国で生まれたというこの男の肌は白くきめ細かく、触れると細胞のひとつひとつが吸い付いてくるようでレンはたまらなく好きだった。カミュのジャケットを脱がせて、背後から抱きすくめる。
    「バロン、今日は褒めてくれないのかい」
     甘えるように顔を擦り寄せると、伸びてきた手がレンの頭を撫でた。それだけで、執行官になった幸せが味わえる。
    「この曲、前回のものとメロディラインはほぼ同じだな」
     資料に目をやりながら、黒崎はふたつの曲のサビを交互に口ずさんだ。ひとつ目は物悲しく、ふたつ目は歓喜に染め上げて。
    「そうだ、曲調、編曲は違うが、基本的なメロディラインは同一。ふたつの曲はオリジナルのアレンジ版といったところだろう」
    「曲自体は悪くねえ。変なもんさえ仕込んでなきゃな」
     難しい話をする二人をそっちのけで、レンはカミュをベッドに寝かせてネクタイを取り、シャツのボタンを外していく。カミュも黒崎と話をしながら、レンの好きなようにさせていた。
     妙な曲が流行りだしたのは約二ヶ月前から。それはネットのアングラな配信から徐々に広まっていった。その曲を聴いたものは熱狂的な信者となり、自らも歌い、ライブをし、広めていく。一世紀以上も前ならば問題もなかったろう。たとえ、その曲を聴いた一部の熱狂的信者が高ぶった感情を吐き出すために殺人まで犯したとしても、音楽そのものに罪はなく、歌い手は犯罪にはならなかった。そう、昔は。
     人間の精神を数値化し、各自が最適化された人生を過ごせるように支援する包括的障害福祉システム《シビュラシステム》によって、人類は劇的にストレス管理社会へと変化した。個人の心理状態や性格の傾向を数値化し、職業さえもシビュラが託宣する。なりたい職業があっても、シビュラにより適正資質がないと判断されれば、その職業に就くことはできない。
     それは、表現者であっても例外ではない。シビュラによってアーティスト適正があるとお墨付きをもらえた者は、公認アーティストと呼ばれる。逆に、適正がないと診断されたのにも関わらずに表現行為を行っている者は非公認アーティストと呼ばれた。
     シビュラシステムに守れられ育てられた国民たちは、ストレス耐性が過去よりも低くなっている。そのため、感情を揺さぶる作品は、ストレスを与える危険な存在として扱われる。公認アーティストたちは、社会にストレスを与えずに、むしろ精神を良好に保つ作品を作らなければならない。それは決して、作品の善し悪しではないのだ。
     逆に、非公認アーティストたちは社会貢献など考えず、心の赴くままに作品を生み出していく。
     中には、鑑賞するだけで潜在犯を大量生産する作品も存在する。
     今回の事件は、その最たるものといえよう。
    「しかし、多少の犯罪係数に影響は与えられても、音楽だけで大勢の人間を殺戮者に変えられるものなのか」
     甘えてくるレンの頭を撫でながら、カミュは問うた。
    「殺戮者になるのは一部、気になるのは、多くの信者はむしろ色相が好転するところがきな臭え」
     件の曲の難解なところは、聴衆の全てが色相を濁らせるわけではない。むしろ、ほとんどは精神的にクリアになるという。
    「どちらにせよ、オリジナルを作った奴を捕まえん限りは、動機はわからんが」
     それまでカミュの肉体を愛撫していたレンはひょいと顔をあげ、頬杖をついて二人を眺めた。
    「その曲を作ったやつ、悪意があったわけじゃないと思うよ」
     資料をサイドテーブルに投げた黒崎はカミュを挟んでレンと向き合うように寝転ぶ。
    「てめえがそう思う根拠はなんだ」
    「少なくとも、オレはそうだったからさ。ただ、好きな曲を作って好きなように歌う。ランちゃんもそうだったんじゃない」
     言われて黒崎も「違いねえ」とつぶやいた。
     神宮寺レンと黒崎蘭丸、現在は厚生省公安局刑事課一係の執行官であるが、元は両者とも非公認アーティストであった。
    「ね、それよりも早くバロンのストレスケアしたいな。オレたちの休み時間は限られてるからさ」
     レンの艶めかしい指がカミュの腹部を撫でた。
    「……っ、さっさとせんと、俺は寝る」
     目と閉じるカミュに跨った黒崎は、首を二度鳴らして不敵な笑みを浮かべて見下ろした。
    「その生意気な口、後悔すんなよ」
     黒崎のぎらつく瞳と、ひっそりと紅潮するカミュの皮膚を見て、今夜は長くなりそうだとレンは期待した。



     レンは生まれつきに犯罪係数が高い子供であった。だが、神宮寺財閥の父が金と権力を行使して隠し続けていたのだ。それは愛情からではなく、ただ自分の身内から潜在犯が出たことを恥と捉えたため、とレンは思っている。親に、社会に反抗するかのようにレンはシビュラの目をかいくぐって外に出ては、好きな歌を歌っていた。非公認アーティストがライブできる箱は少なくはない。
     歌っている間は、レンの精神は自由だった。熱情的に人間の愛を歌い上げるレンには多くのファンも存在した。非公認でも、この歌で生きていたい、そう思っていた矢先に、街頭スキャナーの網にかかってしまったのだ。
     一八歳にして矯正施設に放り込まれた。矯正施設でカウンセリングやサプリメントで色相好転の試みがなされるが、それで施設を出た者はほとんど存在しない。一生この牢獄で過ごすか、更生の見込みがないと判を押されれば殺処分。どちらの運命も、退屈でつまらないものだった。
     そんなある日、一人の監視官がレンの前に現れた。金の錦糸で紡いだような美しい髪を垂らし、眉目のはっきりした秀麗な顔立ちの異国の男が公安局刑事課の監視官と言われても、はじめは冗談だろうとさえ思った。だが、その造形美の化身のような指先で触れられたら、深海の奥底で響くような声で名を囁かれたら、もし、その厳格が滲み出た美しき顔を、自分の手で微笑みを浮かべさせられたら……。
     レンは、ひと目見たときから、この男に全てを奪われたのだ。
    「お前の力、俺が使ってやる。執行官になれ、神宮寺」
     お願い、というより命令に近い口調で言う男に対し、レンは「いいよ」と言った。
    「オレを上手く扱えたらね、バロン」
     その高貴な物言いを皮肉ったネーミングをしたものだが、カミュが眉尻を一瞬だけ動かし
    「なぜ下位の称号なのだ、気に入らんな」と言った。
    「はは、怒るとこ、そこなんだ」
     レンがますます、カミュのことが好きになった瞬間だ。
     あれから一年、なぜかカミュよりも先に黒崎と仲良くなったレンだったが、黒崎に一足遅れてカミュとも身も心も繋がり、気がつけば二人も恋人ができてしまった。自由度は減ってしまったが、以前でもサイマティックスキャンに怯えながら暮らしていた。愛する人が二人も傍にいる今のほうが充実した毎日を送っている。
     そう、明日も、明後日も、その未来も、生きていられる保証があれば、だが。

    「カミュの野郎が来るまでに、何人の監視官が辞めたか知ってんのか」
     まだ執行官として着任してから間もない頃、食堂でハンバーグ定食を食べていた黒崎は言った。
    「三人だ。潜在犯に殺され殉職が一人、色相悪化して矯正施設送りが一人、精神が病んで自殺が一人」
     言いながら、顔色一つ変えずにハイパーオーツ製の擬似肉を咀嚼する。黒崎はカミュが来る以前から執行官として公安で働いている。刑事課の中でも古株だった。
    「もしかして、人材不足から異国の人間が監視官に抜擢されたのかな」
     シビュラシステムにおいて、職業適性検査にて各自が向いている職業が選ばれる。国交省や経済省、または科学技術省のような国を運営する機関への適正は厳しいものだ。中でも厚生省管轄の公安局刑事課の監視官といえば、その適正レベルから訓練まで厳しいものとされ、狭き門をくぐれる者は少ない。欠員が出たからと簡単に補充できないのだ。
    「監視官様はまさに選ばれし人間にしかなれねえからな。あの白昆布野郎はただのキャンディーイーターってわけじゃねえ。かなり優秀な奴なんだろうさ。逆に、執行官はいくらでも替えが効く」
     潜在犯の中から、執行官適正が出た者は時々に応じてスカウトをする。レンの元にカミュが来たように。どうしても潜在犯と接していると色相が悪化することが増える。監視官のメンタル安定のために、代わりに執行官が犯罪者の思考を読み取り、事件の真相に近づく。犯罪係数は伝染する。だからこそ、元から犯罪係数が高い執行官が身代わりになるのだ。
    「オレが来るまで、執行官は何人脱落したのかな」
     ハンバーグを食べ終わりオレンジジュースを飲む黒崎は、レンに掌を開いて見せた。次に、三本の指を立てる。
    「八人、か」
     それが多いのか少ないのか、このときのレンはまだ実感を得るのは難しいことだった。

     犯罪衝動を内服した潜在犯を犯罪係数によって割り出し、犯罪を起こす前に施設に隔離する。生まれながらにして潜在犯となる者もいれば、その後の精神的な汚染によって犯罪係数が上がり潜在犯となる者もいる。
     昔、そんな映画を観た気がする。あれだ、「マイノリティー・リポート」フィリップ・K・ディックが原作のSF。未来予知によって犯罪を未然に防ぐ。シビュラは未知の能力を使わずに科学的に人間の精神を分析して「未来の犯罪者」を選定する。
     レンは両側に眠る二人の恋人の頭を撫でた。黒崎がなぜ潜在犯となり、また執行官としての道を選んだのかは聞いてはいない。執行官になる者の人生など、あまり違いはないかもしれない。
     監視官であるカミュは、もちろん潜在犯ではない。それどころか、ストレス耐性の低くなった日本人よりもストレス耐性が高いらしく、どんな悲惨な現場に立ち会っても色相が濁ることはない。現代ではいつまでも美しい色相を維持する者をメンタル美人、などと呼ぶが、カミュはまさに常にクリアブルーが濁らない自他共に認めるメンタル美人であった。
     身も心も美しく、気高き思考の持ち主、それはまるでどこかの貴族のような。
     黒崎とカミュが上司と部下という関係から逸脱していることに気が付くには、そう時間はかからなかった。初めこそ、黒崎に対して嫉妬を覚えたこともある。だが、すぐに黒崎の、粗暴に見えて育ちの良さが見える上品さと優しさ、それに歌声に惹かれたのだ。執行官の任務、もしくは潜在犯としての扱いに慣れないとき、黒崎は一番身近に寄り添ってくれた。キスをして、身体を重ねた。執行官同士で恋人同士になるのは珍しいことではないらしい。
     むしろ、監視官が執行官に心を許すことの方が珍しい。
     潜在犯は人間として扱われない。監視官もまた、執行官を同じ人間として扱うことはない。自分の精神が汚染されないように、壁となり盾となり、便利な手足にすぎない。それなのに、カミュは黒崎と心身ともに交わり、そしてレンにも愛情を注いでくれる。
     仕事中は厳しいカミュも、ベッドの上では甘い囁きをくれる。たまに胸焼けするぐらいに。
     もし、執行官になった意味を言えというのなら、レンは迷わず答えるだろう。少しでも長く、二人と過ごしたいからと。レンにとって、正義は二の次だった。


     翌日、寝坊気味のレンは遅めのシャワーを浴びてから刑事課一係のオフィスに顔を出した。そこにカミュと黒崎はおらず、かわりに一ノ瀬監視官と寿執行官が熱いコーヒーを飲んでいた。
    「おはーレンレン、お寝坊さんだね」
    「おはようブッキー、イッチー、二人とも宿直おつかれさま」
    「ほんと疲れたよー、出動がなかったのはいいけど待ちぼうけってのもしんどいよねえ」
    「オレはレディとの待ち合わせならいつまでも待ちぼうけできるけど」
    「それはそうと、カミュ先輩と黒崎執行官は取調室にいますよ、レン」
     二人の会話に割り込んだ一ノ瀬は、すでにコートに袖を通していた。
    「ありがとうイッチー。ゆっくり休んで」
    「緊急の呼び出しがなければいいですが」
     レンがオフィスを出て行く直前に、寿が一ノ瀬になにか耳打ちをしていた。もしかすると、このまま監視官住居には戻らず、寿の部屋に直行するのかもしれない。
     取調室の入り口に、つまらそうに煙草を咥えている黒崎が立っていた。様子から察するに、昨夜捕らえた潜在犯からは有力な情報は得られなかった、というところだろう。
    「バロンはまだお話中かな」
    「ああ、後は形だけの尋問だな。あいつも口コミで興味を持ってコピーを掴まされただけって感じだ。おそらく、死んだ方も仲介者でしかねえ。ただ、面白え話はあったぜ」
    「へえ、ランちゃんが面白いっていうのなら面白いんだろうね」
    「コピーするごとに感染力が弱まっていく」
    「コピー、それはコピー&ペーストのこと? それともオリジナルにアレンジを加え新しい曲を作り出すことかな」
    「おそらく両方だ。同じファイルから複数のCDに焼き付けるなら劣化しないが、焼き付けたCDからデータを抽出、さらに別ソフトを使用してまた別のCDに焼き付けていくことで音源は劣化する。これはまあ、昔からあることだから珍しいことじゃねえ」
    「ということは、オリジナルから遠ざかるほどに効果は薄れるってとこか。アレンジ曲の全否定みたいだね」
    「メロディラインに何か仕込んでるだけなら、そこを妙にいじくらなければいくらアレンジしても問題ねえ。コピーのコピーが劣化するように、アレンジのアレンジを繰り返すことで劣化も激しくなり感染力が弱まる。だからこそ、信者たちはよりオリジナルに近い曲を探し出しているらしい」
    「そういえば、クラシック曲からポップス曲にアレンジした歌が大ヒットして、さらにそのポップス曲をアレンジしたロック曲が作られたこともあるね」
    「そういう感じだ。信者たちはオリジナルから近い順にアレンジ曲にナンバーを振っているらしい。近い順にセラフィム、ケルビム、トロノイ、キュリオテーテス、デュナメイス、エクスーシアイ、アルカイ、アルカンゲロイ、アンゲロイ。昨夜押収したCDはアルカイ」
    「偽ディオニュシオスの思想、『天上位階論』における天使の階級ね。ディオニュシオス本人ではなく別人が書いたとされる文書のヒエラルキを使用するなんて、狙ってるのかな」
    「だとしたら一昔前のセンスだな」
    「懐古主義ってやつかも。CDなんてもの使ってるんだし」
     レンは黒崎から吸いかけの煙草を奪い、唇を舐めた。タールの苦みが口に広がる。
    「職場でいちゃつくな」
     取調室から出てきたカミュが二人の間に割って入る。
    「これからの方針を決めるぞ、ブリーフィングルームへ」
    「バロンはせっかちだなあ」
     ブリーフィングルームには白衣を着込んだ美風分析官がすでにディスプレイのセッティングを終えていた。年齢はレンよりも若いはずだが、ハッキングやデータ解析の能力は超ウィザード級の持ち主でもある。
    「言われてたとおり、あらゆるネットワークによるファイルアップロードの痕跡を辿ってみたけど、オリジナルどころかセラフィムクラスの音源も見当たらなかったよ」
     言いながら美風は事件に関するデータを室内の大画面に表示させた。
     カミュは教師のごとくディスプレイ前に立ち、ざっとデータを眺めていた。やがて、振り返り雛壇に座る黒崎とレンを見届けてから口を開く。
    「今回の事件が発覚したのは一ヶ月前、十二月二十四日午前三時二十分、港区マンションにて四名の惨殺死体が発見される。死亡原因は二名が刺殺、残り二名は打撲による内出血死。お互いに殺し合った結果だ」
    「実際に殺意があったのは三名だと思う。残り一名は自分の身を守ろうとして攻撃に出た、という感じ」
     カミュの説明に、司法解剖の結果を美風は追加する。
    「この四人は当初、恋愛のもつれによる殺人だと思われた。実際に四人はそれぞれ恋人関係を結んでいたにもかかわらず不貞行為がされていた。だが、四人とも直近の色相検査では良好ではあった。現代においてこれだけクリアカラーを保持する者が衝動的な殺意に駆られることは少ない。なにかしら、精神を汚染するトリガーがあったと考えられた。そこで現場から押収したCDを解析した結果、その音源を聞いた者の精神になにかしら干渉を示すデータが検出された。おそらく、人間の原始的な感情に揺さぶりをかける何か。それは心に安寧をもたらすこともあるが、同時に攻撃性を増長させる効果もある。普段は理性によって保たれているが、それがさも正当であるかのように洗脳する」
     シビュラシステムすら検知できない、元から存在する人間の感情。洗脳音楽の脅威から逃れるには、もはや感情を全て手放す他にはない。
     カミュの報告に再び美風が続ける。
    「こういうアングラな音源はネットで取引されることが多いからね。コミュフィールドにそれらしき会話は残っていたけれど、とても少ない。その音源に関することは極力オフでしか話さないようにタブー化されていた。タブーを守れる者が真のファンであるような風潮を作りだして一定のコミュニティーから情報が漏れないようにしていた」
     ネットが役に立たないのなら脚で稼ぐしかない。まだ執行官となって日の浅いレンが、潜入捜査に選ばれた。執行官独特の香りがまだ柔いからだ。連日のように懐古主義の音楽ファンが集いそうな店やライブハウスに潜入捜査をしていたところに、新たな音源の話が出た。それが、昨夜の取引現場だった。
    「とある者にとっては精神の救済になり、またとある者にとっては勇気をもたらす正義の鉄槌となる音楽、か」
     レンは例のメロディラインを口ずさむ。どのような作用が起こるのか不明であるため、曲の全容を視聴することは禁じられているが、そのたった数節のメロディだけでこの曲がどれだけ魅力的な存在なのかを感じている。
    「自分の作りだした音楽で、他人の人生まで変えてしまうなんて、そんなものが作れたら幸せだろうね。アーティストとしてはさ」
    「だからといって、このまま放置しておけば被害は拡大する一方だ。美風はネットの監視を頼む。神宮寺は引き続き潜入捜査。俺と黒崎は神宮寺のサポートだ」
    「了解」と言って、レンはコスチュームデバイスを内ポケットから取り出した。

     ロングジャケットの執行官スタイルの上から、コスチュームデバイスによって私服ホロを被せたレンは、CD音源を流す地下クラブに潜入していた。
     ネットからのストリーミングではなく、まだシビュラシステムが生まれる前の旧世代の音楽を愛するものは多い。曜日によって流れるジャンルが分けられており、月曜はロック、火曜はクラシック、水曜はダンスミュージック、そして本日木曜日はポップス。
     カウンターで美味しくもない合成アルコールを摂取しながら、寄ってくる
    男女を口説くように情報を引き出す。隠し持っていた簡易色相チェッカーで客達の色相を診るが、どれもこれもが見つかればすぐに矯正施設行きだろう。こんな場所で例の音楽が流れたらどんなことが起こるのか。
    「おにいさん、今日ハジメテなんだって? すっごく運がいいよ」
    「へえ、そんなにラッキーなことがあるの」
     胸元を大きく開いたドレスを着た女性は、禁断の果実をそそのかした蛇のようにレンに絡みつく。
    「顔がいいから教えてあげる、これから超ハッピーになる曲がかかるらしいよ。どんなドラッグにも味わえないぐらい」
    「それ、ほんとう? それはラッキーだな」
     本当にラッキーだ。まさかこんなに早く引き当てられるとは。それとも、すでにアングラでは珍しくないぐらい蔓延しているのか。
     急がなければ。
     女性に詫びを入れてから人混みの中へ入る。耳をも引き裂くような大音量の中で踊り狂う人間達。その波に飲まれるフリをしてカミュと黒崎に通信を行う。
    「ハウンド5より各位へ。当たりだ。今夜セトリの中に例の曲が入っているらしい。いつ流れるのかは」
     そこまで言ったとき、部屋が暗転した。そして、薄暗さを残したまま赤い光だけが静かに灯る。
     ピアノソロ、そしてアコースティックギターの旋律。哀情的な調律だが、そのメロディラインは聞き慣れた曲だった。
    「しまった、もう流れてしまう」
    《なに? 今流れているのか》
    「バロン、ランちゃんをDJブースに向かわせてCDを押収してくれ。オレはなんとか洗脳を止めてみる」
    《だが、どうやって止めるというのだ》
    「オレに、任せてくれないか。バロン」
     確固たる自信があったわけじゃない。だが、どうしても試してみたい方法でもあった。同じ表現者としての、戦い方を。
    《いいだろう。ヘマするなよ、レン》
    「上手くいったら褒めてほしいな」
     通信が切れると同時に、レンはお立ち台と呼ばれる高台に上った。客達はぼんやりと催眠にあったかのように天井を向いて曲に聴き入っている。高台で踊っていた女性たちを下ろし、レンはフロアを見渡す。
     この感覚は久しぶりだ。まだ無名だった頃、誰も自分の音楽に興味がないように人々の視線の先に自分はいない。アーティストとしての孤独さ。
    「そっちが天使の歌声なら、オレは神に愛されし者の歌声だ」
     コスチュームデバイスに残されていたステージ衣装をセットすると、光の粒子がレンを包み込み軍服を元ネタにしたホロを身に纏った。その名を知らない者はいない非公認ホロデザイナーによって作られた衣装。レンは執行官になった今でも残していた。
     オーディオ機材をハッキングすることはできない。信じるのは、自分の声帯のみ。
     レンは、目一杯に肺に空気を送り込んだ。
     そして、即興の詩を紡ぎ出す。
     メロディラインの音程は少しずらす。不自然にならぬように。聞き入る民衆が自然に自分の歌声に惹かれるように。
     一人、また一人と、レンに視線が集い出す。
     バラードでよかった。ロックだったらマイクを通さない生声などかき消されていただろう。運が良かった。そうだ、ラッキーってやつだ。
     メロディが最高の盛り上がりに差し掛かる。すでに曲に洗脳された者が暴れ出してもいい頃合いだが、クラブの中は静かにレンの歌声に耳を傾けていた。多くの者は、涙を流して。
    《ハウンド1よりハウンド5へ、CDを回収する》
     黒崎からの通信が入るなり、ぶちっと音が切れた。そして完全な暗闇と化す。
    《回収した、撤退だ》
    「了解」
     レンはホロを解いて高台から飛び降りた。人々は暗闇になってもパニックを起こすこともなく、ただ、静かにすすり泣いているだけだった。

     公安局刑事課のオフィスに戻ったレンたちは、押収したCDの解析をした。三枚目ともなると、解析に要する時間も短くなっているらしい。すぐにデータが開示される。
    「最高のライブだったぜ、レン」
     黒崎から賞賛のキスを貰うと、レンは少し照れくさそうに「神の指を持つベーシストに褒められるなんて光栄だな」とキスを返した。
    「だから、職場でイチャつくなと言っておろう」
     分析室から戻ってきたカミュは、「だが」と付け加える。
    「さすがだな、神宮寺レン。よくやった」
    「まだ歌声が衰えてなかったようでよかった。でも、よくオレのこと信じてくれたね」
     レンですら、自信があったわけではない。失敗すれば、多くの命は奪われ、悪くすればレン自身の身も危なかったろう。緊急事態とはいえカミュがそんな不安定な作戦を了承するとは思えなかった。
    「なんだ、知らなかったのか」
    「え、なにが?」
     鋼鉄の仮面を持つカミュは、一瞬だがその仮面を脱ぎ柔らかな微笑みを浮かべた。
    「俺は昔からお前のファンだったのだ」
     そう言って、解析資料をレンに手渡す。
     そこには「セラフィムクラス」と記載されていた。















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