今日も今日とてアリアの周りに集まる人々の声が耳を劈く。
同じ学科、違う学科、どの学年の人々も男女問わず毎日見に来るらしい。
以前に話を聞いた時、知らない学科の方や上の学年の方もいたと言っていた。
一コマ目がなく、二、三コマ目からの日でも集って待機している人もいるらしく、その人気ぶりは留まるところを知らないようだ。
どうやら彼女は”学校一の美女”と謳われているらしい。
確かにそれはそうだ。綺麗で美人なのは事実なわけだが、如何せん人が多い。
仕事が終わり、大学へ迎えに行くと必ず周りが固まっているため、あの高身長のアリアでさえ埋もれてしまっている。
だが、ただ黙って待っていてはいつまで経っても周りが退くことは無い。
それに1番厄介なのはアリアを護る親衛隊と名乗る奴らがいることだ。
早くここを突破して家へ帰りたい。
「アリア、お待たせ。帰るよ。」
その言葉で一斉に周囲の目線を奪った。
それに気付いたアリアの表情はぱぁっと明るくなる。
「待ってなんかいないわ、ありがとう。道、混んでいたでしょう。」
「ぜんぜん。それより」
話し込んでいた時、親衛隊の幹部らしき人物の影が覆いかぶさり、こちらを睨んだ。
「ちょっとあなた。アリアさまに対してなに?あの態度。」
「ええ、どうせあんたみたいな子供、アリアさまのお慈悲で仕方なく接してあげてるだけよ。」
ぴくりと体が動く
「はぁ、別になんとでも言えばいいけど…アリアに嫌われたくないならそんな言葉ツラツラ言わない方が良いんじゃない。」
「は?なんであんたの話でアリアさまに関係があるわけ?」
「あの子、私の愛人だから」
「は、」
「じゃあそういう事で。ごめんアリア、今終わったから帰ろう。」
「待ちなさいよ。」
「今度は何かな、親衛隊さん」
「認めない…あんたがアリアさまと付き合ってるだなんて……認めないわ!!」
「はいはい、あんた達に認められなくたって別に良いよ」
「…勝負して。私と『アリアさまに関する全て』で勝負しなさい。私に負けたら別れてもらうから。」
「ちょっと貴方たち、何を勝手に」
「良い機会だからやってやろうじゃん。ごめんね、アリア。すぐ終わらせる」
親衛隊と学校一の美女の「彼女」が対決する、なんて話、オーディエンスが沸くのに時間はかからなかった。
乗ったからには絶対に負ける訳にはいかない。
「悪いけどアリアについてで知らないことなんて無いから」
「は…恥ずかしいわ…」
「ッ!アリアさまの照れ顔…?!撮りたい…今すぐフォルダに追加したい……はっ!……ふん、威勢の良い子供ですこと。まぁ私が1番存じているってこと、分からせてあげましょうか。」
早速親衛隊の2人が問題を読み上げる。
クイズ式のようだ。
「問題。アリアさまが好む紫陽花の種類は?!」
種類まで聞くとは、流石にそう簡単ではないようだ。
一見すると難問だが、いつも楽しそうに紫陽花について話してくれるのでよく覚えていた。
「はい」
「先に押したのは彼女さん!答えはなんでしょう!」
「ハイドランジア」
……ピンポンピンポン!
正解のベルが鳴った。
「正解です!お見事!」
「…やるわね」
「簡単すぎるくらい」
「まぁ、最初だし少しくらい手加減をして差し上げるわ。」
「はぁ、どうも」
「問題。アリアさまの好きなアイスの味は!?」
「「ピンポン!」」
「なんと同時に鳴った!」
「判定は……僅差で隊長!」
「抹茶よ!!」
_______ピンポンピンポン!!
「うふふ、ごめんなさいねおチビさん♡」
「謝る必要ないんじゃない?一々うるさいな」
「は、はぁ?!」
次々と正解していく狐雪。
それに負けずと這い上がってくる親衛隊隊長。
両者とも勝ちは譲らない、いや、譲れなかった。
そんな時、アナウンスが鳴った。
「名残惜しいですが次で最終問題です!!」
いよいよこれで結果が決まる。
泣いても笑ってもこれが最後の勝負だ。
「最終問題。アリアさまの身長は1…」
「……」
「はい!」
「早い!隊長、答えを!」
「168cm!!」
鳴った音は
…………ブーーー!!
外れだった。
「なっ……!?」
「問題の続きです。アリアさまの身長は16……」
「はい」
「彼女さん!」
「171cm…そうでしょ?」
……………………………ピンポンピンポン!
弾んだ音が会場に響いた。
フロアも大盛り上がり。これには流石の隊長も眉を八の字にし、不満そうにする。
「……問題の文章は…どんなだったの?!」
「は、はい隊長!問題を全て読み上げます!アリアさまの身長は168cm『ですが』、ヒールを含めた身長は何cmでしょうか!と言う…問題でした…」
「長さ的にそうだと思った。どうも、ヒントをくれて。」
「ぐ……ま、まだよ!!もっと出して!」
はぁ、とため息をついた。
諦めの悪さに絶句し、言葉を選ぶことすら必要と感じなかった。
「もう辞めたら」
「は……?」
「私最初に言ったよね。『アリアのことで知らない話題なんて無い』って。」
「……………………………………」
「…隊長、」
「…て、だ……ん」
「え?」
「だって悔しいんだも〜〜〜ん!!うわ〜〜ん!わたしのほうがアリアさまを思ってるのにィ!!ばかばかばかァ!!うえ〜〜ん!!悔しい〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」
「うわ…」
「た、隊長!?」
突然幼児に戻ったかのようにわんわん泣き喚きジタバタと足を動かしている。
負けたことが相当悔しかったのか、いつもの話口調とはかけ離れていた。
「あんたたちの隊長…こんなんだったんだ」
「うっ…すみません、少し感情が溢れ出てしまったみたいで…」
「……後は何とかしてよね。」
「は、はい。隊長、行きましょう……?」
「いや〜〜!!!悔しいくやしい!!まだやる!!」
「ちょっといい加減に……」
「待って」
アリアは自分専用に用意された玉座からすっと立ち上がり、そのまま彼女の方へ歩み寄る。
「顔を上げて」
「えっ」
突然目の前に現れた憧れのひとが自分の頬を両手で支え、目を見つめ合いながら話しかけてくれる状況に動揺を隠しきれるほどの余力は残っていなかった。
「!?、、?、!あっあの…アリアさ、」
「折角の素敵なお顔が台無しよ。涙を拭いて。」
「え、と、」
「それに貴方、私の事を沢山知ってくれているじゃない。嬉しかったわ、ありがとう」
「〜〜〜!!アリアさまァ!!生涯愛し続けさせて頂く許可を……!!!」
「いつもの貴方に戻ってくれて良かった」
「「……アッ!!アリアさまァ!!!私どもも一生お守り致します〜!!!」」
「あらあら…ふふ」
また一番最初の状況に戻った。
なんだこれは。
自分は今一体何を見せられているのか、と思いつつ、ずかずかと囲いを押し退けてアリアの服の裾をくい、と引っ張った。
「もう終わった?じゃあ本当に帰るよ」
「ええ、皆もまた明日」
「はぁ、一気に疲れた」
「お待ちなさい」
聞き慣れた声が狐雪を呼ぶ。
先程まで隣で聞いていたから嫌でも覚えている。
「何かな」
「その……さっきは悪かったわね、」
「……アリアを守るのは私たちで十分」
「そう…」
「ただ、学校に居る時はお願いするよ」
「承ったわ、おチビさん…いいえ、狐雪さん」
「知ってたなら最初から名前で呼んでよ」
「うるさいわね、あの御方をひとりにさせないで。早くアリアさまの元へお行きなさい。」
「理不尽すぎるでしょ…誰が呼び止めたと思ってんの……」
顔をしかめながらため息をつき、車へ戻った。
シートベルトを締め、車を走らせる。
「お疲れ様。凄かったわね、大会。」
「あぁ…うんそうだね」
「でもあの子、泣いていないかしら…負けてしまうのは悔しいわよね……」
「まぁアリアが気にすることじゃ無いんじゃない」
「そうかしら…」
「…そうだよ」
「……雪?」
会話という会話はこれきりだった。
それからというもの、無言の時間が続き、気が付いたら家に着いていた。
エンジンを切った後、再びアリアが口を開いた。
「ねぇ雪ってばぁ…どうし」
話の途中で視界が暗くなった。
唇に柔らかいものが当たる。
触れるだけのものではなく、まだ車の中だというのに舌を絡ませる濃厚な方。
ゆびとゆびを絡ませ、狐雪はアリアを押し倒した。
「…ッは、」
「アリア」
「ゆ、き」
「あの人たちの事ばっか褒めて、私の事は褒めてくれないんだ。」
「ちが…」
「私頑張ったんだけどな」
「え…偉い偉い…?」
「足りない。ここに、ご褒美欲しい。次はアリアからして欲しい。」
とんとん、と口に指を当てられ顔を真っ赤にしながらフリーズするアリア。
「いましたばっか…じゃない、」
「ずるいよ」
「へ…え、と」
「ずるい、アリアは私だけのものなのに」
「ここ、くるま!ね、…、おへやに行ってからじゃだめ……?」
「駄目。なんなら見せつけよっか?今、ここで。」
「ふあ…」
目をぐるぐるさせながら助手席でぐた、とふらふら倒れてしまった。
「ありゃ、流石にやりすぎたか」
ここでずっとふたりきりなのも悪くはないが、夜になるに連れて冷えも増す。
小柄な狐雪では高身長のアリアを背負い移動する事が出来ないので今家に居るジェミニに助けを求めた。
「ねぇジェミニ。悪いんだけど車まで来て。」
「……要件は」
「うーん、動かなくなっちゃったから運んで欲しい」
「なにが?機械?」
「うんそう。じゃ」
ブツ、と、こちらからかけてこちらから切る。
なんて勝手だろう。
だが相手がジェミニだからまぁ良いだろうと中々失礼な事を考えながら車内で待つ。
「おい随分と自我がある機械じゃん」
「遅いよジェミニ」
「…こんなんなるまで何してたの」
「聞きたい?」
「…………遠慮しとく」
何かを察したジェミニは聞いたことを後悔し、ぐったりしたアリアを寝室に運ぶ。
「助かったよ、ありがと。後は大丈夫」
お礼を言い、部屋から出て行ったジェミニが階段を降りるのを確認し、部屋のドアを閉める。
「ごめんね、ありがとう。」
アリアの耳元でそう囁きながら触れるような優しいキスを落とした。
「でもあんまり余裕がある方じゃないんだ、私。分かってくれるよね?言いたいこと」
耳にかかる柔らかい吐息が、伝わる温度が、響く心臓の音が、その全てが彼女の頬を火照らしていた。