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    紫釉がジェミニを助ける話どこからともなく怒号が響く。
    慣れというのは恐ろしく、この怒鳴り声もいつも通りの風景で飽きてしまった頃だった。

    「ボス、こいつ…殺っちゃっていいかな」

    周りの声が激しい中、幹部の1人、須崎成が静かに怒りを込めながら呟く。
    口角は上がっているのに目は全く笑っていない。
    いつもは温厚な彼がここまで怒りを露わにするのも相当珍しかった。

    「どんな奴じゃった」
    「ん〜…ボスとは絶対関わらないだろうなって奴。無礼極まりない男だったよ」
    「作用か…お前に任せようかの」
    「ふふ、ありがと。じゃあもう目障りだから殺るね」
    「クク…片付けはきちんとするんじゃぞ」
    「仰せのままに、ボス。何グズグズしてんの、早く立ちなよ餓鬼」

    「は?おい待てよ」

    目の前の男が突如口を開いた。
    見覚えのある顔、聞き覚えのある声だ。
    金髪頭にトゲのある話し方、この状況においてもまだ余裕そうな顔を晒す男……ジェミニだった。

    「!お前さん、狐雪の嬢ちゃんの所の」
    「おい離せって」
    「テメェ!まだ立場が分かってねェのか!?」
    「ア”ァ”!?!ゴル”ァ”!?」
    「君は今から死ぬんだってば。ね、大人しくしてたら痛くしないから」
    「うわキモ、てか触んな」

    「クク…すまん成や、こやつはわしの友人の仲間じゃったわい」
    「あぁ、あの猫の。仲間?でもこいつ、ボスのことグチグチ言ってて腹立つよ」
    「良い良い、こやつはこんなんじゃから勘違いされやすいが根は良い奴なんじゃよ。わしの顔に免じて許してやってはくれんかの」
    「チッ……ボスが心の広いお方で良かったね?あんたみたいな子、一瞬だよ」
    「僕もお前みたいな奴に負けるわけないけどね」
    「調子に乗らないでくれる?ボス〜良いの?こんなの生かしといて」
    「ククク、成。こやつを殺めてしまったらわしが狐雪に殺されてしまうんじゃよ。恐ろしいスケでのォ、あやつは」
    「甘すぎんだよアンタ……ボスがこんなんで良いんスかァ?舐められますよ」
    「仲間は大事にせんといかんぞ。ほれ、縄を解いてやってくれ」
    「どォもありがと〜ございまァす、よっぽど悔しいんでしょその顔?悔しいよね?ごめんねェ??アハッ!」
    「ボス、こいつ死ぬ直前の状態にしてやろうよ。マジでムカつくんだけど」
    「クク、仲良くの〜」

    縄を解いて開放されると分かり、勝ちが確定した。
    彼は物怖じもせずずっと幹部である成を煽り馬鹿にする。
    だがその姿はまるで友人同士のようで、思わず笑みが零れた。

    「さて、成。車の準備じゃ。シェアハウスに向かうぞ」
    「了解」
    「お前も来るの?……ハァ〜〜〜」
    「そう嫌そうにするかえ?わし泣いちゃうぞ」
    「キモいからやめて」
    「ボス、今すぐ降りて。こいつ乗せて崖から落ちる」
    「あんたまで死ぬじゃん。一緒は本気で無理」
    「物騒じゃのォ、わしの家族は」

    ケラケラと笑い、ジェミニたちの家へと向かう。
    途中何度も割と本気でジェミニが死にそうになりながらも無事に(?)家付近まで辿り着いた。

    「ここで良いの?」
    「うむ、ここからは歩いて行かなければご近所さんに怪しまれるからのォ」
    「え?まさか」
    「わしも少しお暇させて貰おうかの♡」
    「ゲッ……帰れよ…」
    「はぁい、じゃあ帰る時は連絡してね。ど〜せ呑んでくるんでしょ」
    「クク…敏腕運転手に任せるぞい」
    「ガキと母ちゃんかよ」
    「む、騒々しいあやつらとわしを一緒にするな」
    「じゃあボスが帰ってくるまでにうちのシマで粗悪なヤク流してる五味、処分しとくね〜」
    「……今日中に潰しとけ。おおかた、紅松組が後ろにでもついとるんじゃろうが……口だけついてりゃあ何やっても良い。ルート吐くまで徹底的にやれ」
    「はい、ボス」
    「うわ…一気にそっちの話すんじゃんヤバ」
    「クク、他言したら分かっとるもんな?」
    「利益が無いんだからするわけなくない」

    成を帰してからも会話が途切れることはなく、寧ろ文句が絶えなかった。

    「相変わらず口の減らない餓鬼じゃの〜感謝のかの字も無いわい」
    「お前の助けなんかなくても、あんな奴らなんてすぐだったし。てか歳一緒なんでしょ」
    「なに、わしなんて老いぼれじゃよ」
    「なんなのそのキャラ」
    「可愛いじゃろ♪」
    「キモ」

    玄関の灯りが煌々と揺らぐ。
    ドアを開けるとふわりと温かい香りがする。
    夕飯の支度をしている璃瑞とその手伝いをするネーヴェと狐雪、アリアが居た。

    「わ〜!紫釉くん、久しぶり!来てくれるなら言ってくれれば良いのに〜」
    「いらっしゃい紫釉。ジェミニはなんだかボロボロだけど……何かあった?」
    「わざと言ってんだろ……聞くな」
    「よく来たね、紫釉。今日はシチューだよ」
    「夕飯はもう済んでしまったかしら?紫釉さえ良ければどうぞ食べて行って」
    「クク、わしも食事を共にして良いと?幸福じゃのォ」
    「僕に言うな、顔近い。うるさい。黙って食えば」
    「ジェミニ!お客さんになんてこと言うの!」

    ファミリー以外と食事をするのは久方振りであったが、こんなにも楽しいものだったか。自然と口角も上がる。
    それにいつ食べても璃瑞の食事にハズレはない。プロの料理人である彼女に最早作れないものなど無いだろう。

    「本当に賑やかじゃな、お前さんらは」
    「落ち着かないかな、ごめんね」
    「何故狐雪が謝る?嬉しいんじゃよ」
    「そっか、なら良かったな。ジェミニはああだけど、またいつでもおいでよ」
    「お前さん、最初に会った時もそう言ってくれとったの」
    「そんな前のこと覚えててくれたんだ」
    「当たり前じゃ!わしは天下のボスじゃよ!?クックック!!」
    「あー!!それ料理酒!!しかもめちゃくちゃ呑んでる…いつの間に!?」
    「あらあら…ふふふ」
    「あちゃあ」

    あまりにも楽しい時を過ごし、いつの間にかすぐ側に置いてあった料理用の酒を呑んでしまっていた。
    酒は弱いというのに浴びるように勢いよく呑むので酔いがまわるのに、時間はかからなかった。
    みるみるうちに熟した林檎の実のような赤色になってしまった。

    「フフ、余程満喫してくれたのかな?」
    「他人の家で遠慮なくこんなバカスカ呑むのこいつくらいだろ」
    「それは嬉しいけどこれじゃあ会話も成り立たないね〜…」
    「うん、運転手に迎えに来てもらおっか」
    「あら…ふふ、でも見て」

    アリアの一言で4人は一斉に紫釉の方へ視線を向けた。

    そこには、クッションを抱えながら微笑みを浮かべ、幸せそうに眠っている紫釉の姿があった。
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