ミノラが紫釉の幹部と対面する話「あのう…」
「なんじゃ、そんな弱々しい声を出して」
「なんでってそりゃ…突然『わしの家に来い』なんて言うからじゃないですか」
「クク…まぁまぁ、細かいことは置いておけと言うじゃろ♪」
「はぁ…」
紫釉は新しく出来た友人を幹部の皆に自慢したい一心で半ば強制的に家へ連れ込もうとしていた。
言い方というものがあるだろうとは思うが、常識なんてものはハナから無いのがマフィアという組織だ。その為、ミノラが折れるしかない。友人になったは良いものの、所詮人間は人間。嫌いでは無いが、何か酷い事をされるのではないかと少し不安だった。出会った頃の神父の………思い出すだけで鳥肌が立った。今この事を考えるのは控えよう。
紫釉に言われるがまま着いていくと、目の前には3人の人間と思われる者の姿があった。
「えっと、あなたがたは…」
「おかえりィ、ボス。ホントに迎えに行かなくて良かったわけェ?」
「お帰りなさいボス。お荷物お預かり致します。…失礼致します」
「お帰りなさいボス。本日は稲妻の財前組との会談があり、その後に別件が3件あります」
「あぁ、ただいま戻った。成や、心配ありがとうのォ。わしは強いから大丈夫じゃよ」
「ま〜たそんなこと言ってェ…まぁ本人が大丈夫っつ〜なら良いけどさァ?」
「クク…虞淵。お前にも負担をかけてしまって悪い。またかけるかもしれんがその時は頼んだぞい」
「負担だなんてとんでもございませんボス。…この身は…虞淵は貴方だけのものです」
「香霧や、この後の仕事は全てキャンセルじゃ。わしはつまらん仕事よりも友人を優先したいタイプの人間じゃからのォ♪」
「はい、かしこまりまし…え!?簡単に仰いますがボス…財前組との会談は我々にとっても二度と無い話だと…」
「聞こえなかったか?取り消せと言ったんだが」
「ッ!………、最善を尽くします」
どの方の会話を聞いても、レベルが一回りも二回りも違った。
「んン〜?そこにいるおにーさん誰ェ?ボス、ま〜た変なの拾ってきちゃったのォ?」
「お前がボスの友人……どうでも良いが、あまり目立った行動を取ってくれるなよ」
「あんた、もしかして人魚かい?耳がそうだね、面白い。人魚なんて初めて見たよ」
3人から一斉に言われたためどの方から返答しようかと混乱していた。
「あっ自己紹介させて頂くのを忘れてしまってすみません。私はミノラ・カインシです。勿論迷惑は掛けないつもりです…ご安心ください。…そうですね、この耳だけはどうしても誤魔化すことが出来ず見苦しいものをお見せしてしまいました」
「一気に喋るねェあんた、面白い奴〜」
「クク、お前達が畳み掛けに話すからじゃろうが」
「すまないね、興味が湧いちまってつい」
「………フン」
「いえ、こうして興味を持っていただけて私としても嬉しい限りです。実際とても楽しいですし」
「お前さんはとことん良い奴じゃのォ、ミノラや。わし短気じゃから骨の一本や二本、やっちまっとるわい♪」
「えぇ………」
「ちょっとちょっとボス〜?嘘は良くないよォ?一本二本で収まったことないでしょアンタ」
「ええぇ…………………」
「そうじゃったかえ?年じゃから忘れっぽくて仕方ないわい」
「何この人たち……」
「こやつらがわしの大切な幹部たちじゃよ」
「は、はい…まぁ、宜しくお願い致します」
彼らは『成』『虞淵』『香霧』と呼ばれていた。成さんという人物はとても友好的で、まるで危険な組織の人間とは思えないほどだった。
虞淵さんは口数が少なく、会話もすぐ途切れてしまう為少し壁を感じる気がする。
香霧さんも成さんと同じく気軽に話してくれる優しい方だ。それに紫釉さんの急な変更もサラッとこなしたのも凄い。きっと彼女は仕事熱心な方なんだろうな。
それぞれの事を考えていた時、ミノラははっとした。そういえば…と口を開く。
「幹部の方は確か全員で4人だと仰っていた気がしますが…?」
「んむ、そうなんじゃよ。じゃがあやつは眠り姫でのォ…今日はきっともう起きないからまた後日じゃな」
「そうなんですね。えっ…と、なんだか残念です」
「アイツはねェ〜、一筋縄じゃあ起きねェんだよ。それに寝起き最ッ悪だから!ま、てことで悪ィね、ミ〜くん?」
「ミ〜くん…?私のことでしょうか」
「そ〜だよォ。ミノラのミ〜くん。俺ひとに渾名付けるの好きなんだァ♪あっ、それとも気に入らなかった…?」
「いえ。その、私お恥ずかしながら渾名を付けて貰った経験がないもので。新鮮で嬉しいですよ、ありがとうございます」
「そっかそっかァ!良かったァ〜嫌われたかと思っちゃった」
「初対面でガンつけたり、急に肩組んだり勝手に渾名で呼んだり、…嫌われる要素なんて十分あんだから気ィ付けな。アンタも、嫌だと思ったら遠慮せず言いなね。コイツに限らず人間は思った事口に出してもらわなきゃ汲み取る事も出来ねェ無能だからさ」
「うっ…ち、ちょっと香霧!酷い!鬼っ!」
「黙りな誰が鬼だって?それよりさっさとミノラに謝んな」
「ごめんなさァい…」
「いえいえ謝らないでください!こんなに優しい方を嫌うはずがありませんよ。香霧さんもわざわざお気を遣わせてしまってすみません」
香霧は腕を組み困った様に笑う。
「ミ〜〜〜〜くんン!!!!」
「わっ…!ふふ、くすぐったいですよ成さん!ふふっ」
安心しきったのか、成はミノラに抱きついた。ぐりぐりと肩に頭を擦り寄らせてきたため、髪の毛が顔にかかりくすぐったかった。
友人として接してくれるあたたかさが、ミノラはとても嬉しかったのだ。
「これ成。気持ちは分かるがミノラも困っておるぞい。もう一人の幹部についてはまた今度紹介しようぞ。再びここに来てくれるな?我が友よ」
Yes以外の選択肢はない、と言わんばかりの圧がそこにはあった。鋭い眼光で、こちらの心情を全て見抜かれた様な気分だ。それと同時に彼がマフィアの長だということを一瞬にして思い出させられた。
「喜んで」
「ククク、その返答を待っておったぞ」
「ところで虞淵さんはどちらに…?」
「虞淵ならとっくに仕事に戻ったぞ。働き詰めは良くないとあれほど言っておったのにあやつは…」
「虞淵さんとも仲良くなりたいな、なんて…」
「心優しいお前さんならきっとすぐ仲良くなれるに決まっとろう」
「ふふ、ありがとうございます」
「じゃがわしよりもあやつと仲良くなってしまったら悲しくて夜も眠れないぞい。しくしく」
「泣いたフリならもう少し感情を込めて頂きたいのですが…」
「クク、バレてしまったかえ♪」
べっ、と舌を出しながら無邪気に笑う。
彼が最も嫌う「子供」の様だと伝えたら…彼は怒るだろうか。それとも何も言わずに自分を殺すだろうか。
死と隣り合わせだというのに今は楽しくて仕方がなかった。
まだもう少しだけこのやさしさに浸っていたいと思うのは我儘なのだろうか。