眼鏡　変装用の眼鏡も、きちんとしたものを使いなさい。顔の一部になるのだから。
　現場の大先輩にそう言われては、三百円ショップで購入したフレームも恥ずかしくなるというものだ。安くてもいいから眼鏡屋で買え、ダミーレンズもあるから、と教えてもらい、仕事前に足を運ぶ。最近のダミーレンズは最初からUVカットが付いている。
　眼鏡屋は、当たり前だが眼鏡がたくさん置かれている。これが全て顔のパーツなのか、と思うと、どこか不思議な気分になる。俺はどんな顔のパーツを買おうか。予算内のフレームをとりあえず手にとってみた。
「ウェリントンだとかっこいい印象に、ボストンだとやわらかい印象になりますよ」
　今どきの丸眼鏡をかけた店員が鏡を運びながら言った。かけ比べてみても正直違いはわからないが、どうせならかっこいい方を選ぼうか。
「シャープですっきりしていて、とてもお似合いだと思います」
　店員がどこまで本音を言っているかわからないが、野暮ったくないのならこれにしよう。俺はこげ茶のフレームにダミーレンズを入れてもらって会計した。今日は収録がある、このまま掛けて行ってしまおう。
「……なんか顔がちげー」
　最初に気付いたのは、まさかのアイツだった。合流先で、何を言われたか一瞬わからなかったが、彼の視線をたどり、眼鏡のことを言っているのかと気付いた。
「ああ、眼鏡、変えたんだ」
　そういえば、アイツはどこで眼鏡を買ったんだろう。おおかた円城寺さんかプロデューサーが買い与えたんだと思うけれど、ええと、ボストンタイプというのだっけ、すこし丸みを帯びているその黒いフレームは、結構アイツに似合っていると思う。
「……フーン」
　てっきりなにか言われると思ったけれど、アイツはしげしげと眼鏡を見ただけで、特に何も言わなかった。これはきっといい意味での無言だ。誉め言葉を言われたわけではないが、少し嬉しくなる。
「……今度、サングラスも、きちんとしたの買おうと思って。よかったらオマエも、一緒にどうだ」
　なんとなく、コイツがいろんな顔の一部を付け外しするのを見たいと思った。丸でも四角でも、アイツはきっと掛けこなすだろう。
「気が向いたらなあ！」
　自分の眼鏡も新調したくなったのか、大人しく提案を受け入れたアイツの、眼鏡の奥の瞳を見る。この後の収録で、惜しむことなく発揮されるその眼光が、また何人を虜にするだろう。
「急ごう、遅れる」
「サシズすんじゃねー」
　並んで歩きながら、浮かれた足取りになる。俺はいま、いつもと違う顔になっている。眼鏡ひとつでこんなに気分が変わるのか。円城寺さんがコーディネートに合わせていくつもフレームを持っている理由がわかった。
　次はどんな顔のパーツを買おうか。新しい自分になれた気がしてワクワクした。通り過ぎていくショーウィンドウに映る自分が新鮮で、思わず笑みがこぼれた。