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    cats_cats22

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    cats_cats22

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    多分この世界に車椅子はないんだと思う

    夜の足元のライトだけが点いてる廊下みたいな暗さの話 この隊には七不思議のようなものが存在する。
     俺が所属してる狙撃部隊の隠岐隊長が一度に十人の女性に対してハニトラを成功させたとか、遊撃部隊の南沢隊長が二万回敵にバレることなく敵情視察に成功しているとか、そんなちょっと笑えるような不思議が大半以上だ。でもその中に一つ、嘘だと笑い飛ばせもしないし、本当だと信じきることもできない、兵士の中で疑惑が生まれている不思議が一つある。
     それはこの小部隊全体を率いている生駒隊長に関することだ。生駒隊長は隊長とは思えないほど前線に出て戦うし、一般兵との距離も近く、生駒隊に所属している人で生駒隊長に憧れていない人はいないだろうと思われる、そんな凄いお人だ。
     そんな生駒隊長の不思議、というのは生駒隊長の執務室に関係している。
     生駒隊長の執務室のデスクの後ろ。ちょうど生駒隊長が座ったら真後ろに当たる位置になるだろうそこに、ある時からドアが設置されたのだ。いつぐらいだっただろうか。水上参謀長が怪我の療養で基地を離れる、と通達が来た時ぐらいだっただろうか。詳しい期間は分からない。でも本当にある時からそのドアは、生駒隊長の背後に存在するようになっていた。
     不思議というのはそのドアのことだ。
     とある一般兵が深夜基地内の巡回の際、生駒隊長の執務室前を通ったら、ドアが少し開いていて喘ぎ声が聞こえてきたとか、はたまたすすり泣くような声が聞こえたとか、ガラスか何かが割れるような音が聞こえたとか,一貫性の無い情報が宙を漂い、事実を掴めないものとしている。
     今のところ候補として挙がっているのは、生駒隊長のオンナがいるというものと、隊長格の方々の遊び部屋というものと、後は拷問部屋なんていう意見もある。
    「隠岐隊長は何か知っていますか?」
    「そんな話になっとんのや……」
     びっくり、という顔をする隠岐隊長はこの話を知らなかったようだ。
     俺たちはちょうど件の執務室に報告書の提出をしてから、狙撃の訓練場へと向かうところだった。執務室の生駒隊長の背後では、やはりあの扉が静かに存在感を放っていた。
     どうしてもあの扉のことが気になってしまった俺は、狙撃部隊の中で副隊長を務めさせて頂いているのを利用して、こうして隠岐隊長に聞いてみたのだ。隊長格の誰かなら知っているのかもしれない、そう思って勇気を出して聞いてみた。
    「隠岐隊長でも何も知りませんか?」
    「うーん、せやなぁ。その部屋ん話やなくて申し訳無いんやけど、俺の故郷に伝わるお話聞く?」
    「隠岐隊長でも知りませんか……。残念です。ですが隠岐隊長の故郷のお話は気になるのでぜひ聞きたいです!」
    「ええでー。……あるところにな、とある人とその人を慕う人がおってん。名前は……せやな……ナスさんとブロッコリーさんでいこか」
     俺はあまり自分の話をしない隠岐隊長の故郷の話が聞けると、心を躍らせ隠岐隊長の話に耳を傾ける。名前の付け方が独特だったが、そんなところも隠岐隊長らしくて笑ってしまいそうになったのは内緒の話だ。ナスといえば、生駒隊長の好物がナスカレーだった気がする。もしかしたら身近なところということで、そこから取ったのかもしれない。
     隠岐隊長が続きを話すために口を開いたのに気づいて、俺はそちらに意識を向ける。一言一句たりとも聞き逃さない所存だ。
    「でな、ブロッコリーさんはナスさんのために働くことが大好きやってん。ナスさんの役に立つことがしたい、その一心でいろーんなことをやっとった。ナスさんもナスさんで、ブロッコリーさんがおらんと生きてけんいうか……なんていうんやろ」
    「水魚の交わりみたいな感じでしょうか」
    「あーそれそれ! ようわかったなぁ。で、そんな二人にある日悲劇がおこんねん。ブロッコリーさんがな……地雷踏んで大怪我負ってもうてん」
    「えっ!?」
    「な、びっくりするやろ。俺も聞いた時びっくりし、めちゃくちゃ心配したわ。でもブロッコリーさん死んだ訳やないねん。ちゃんと生きとうよ。生きとるけど足が動かんくなってもうて、誰かにおんぶとか抱っこしてもらわんと移動できなくなってまったんやって」
    「松葉杖をついても動けないのでしょうか?」
    「んー、どうなんやろ。そこまで詳しいことは聞いとらんから分からんわ。口伝えやから俺が忘れとんのかも。それでブロッコリーさんな、歩けんし走れんし、ナスさんのために何もすることできんって自殺しようとしてん」
    「亡くなられてしまったんですか……?」
    「めちゃくちゃ感情移入しとんなぁ。お話やで、お話。実在する人の話やないかんな」
    「わかっていますが……」
    「あはは、わかってない言い方やん。ちゃんと生きとうよ。自殺しようとしてんのに気づいたナスさんが止めたんやって。せやけど何回止めても、ブロッコリーさんは生きとっても歩けもせん自分はナスさんの迷惑になるだけやからって死のうとしたんやって。やからナスさんはブロッコリーさんに、ブロッコリーさんにしか出来んお仕事を与えたんよ」
    「お仕事……?」
    「さっき言っとったやん、お前」
    「私が言った……?」
    「生駒隊長の執務室の奥の部屋で何が行われとるか言うて一番最初に挙げとったやろ」
    「……生駒隊長の……オンナ……」
     俺がそう呟くと、隠岐隊長は綺麗に、絵画のようににっこりと笑った。笑っているのに、まるで何者かに造形されたような笑顔で、背筋にヒヤリと冷たいものが走る。思わず生唾を飲んだ。
    「隊長の故郷に伝わっているお話なんですよね……? 作り話でいいんですよね……?」
     隊長の話を思い返してみる。怪我、そう。ブロッコリーさんなる人は地雷を踏んで怪我をしたと言っていた。ここ最近でこの軍で怪我をして療養に入った人がいたはずだ。そういえばあの人は、他隊の隊長からブロッコリーみたいな髪型、とからかわれていなかっただろうか。
     扉はあの人が療養に入ったと通達があった直前か直後か、その付近にできたのだった。
     生駒隊長の斜め後ろに立っていた、長身痩躯の男の姿が目の後ろにチラつく。
     一般兵の言っていたことが思い起こされる。喘ぎ声が時たま聞こえる。生駒隊長のオンナがいるかもしれない部屋。
     パズルのピースがどんどんと埋まっていく。完成して欲しくない。完成しないためには、隠岐隊長の肯定が必要だ。隠岐隊長が一言作り話やで、と言ってくれれば、俺の中のこのパズルは完成しないでいてくれる。
     隠岐隊長は綺麗な笑顔のまま口を開いた。
    「ちゃーんと作り話やで」
     嘘だ。そう思ったが口に出すことはしない。
    「は、い。良かったです」
    「お利口さんやな。ほな、お前先に訓練場行っときや。俺生駒隊長んとこに忘れ物したから取りに行ってくるわ」
    「了解しました……」
     俺に背を向けて元来た廊下を戻っていく隠岐隊長の背中を見送りながら、俺は忘れよう、と思った。一言一句聞き逃さない、と言ったがこれは俺なんかが聞いてはいけない、知ってはいけないことのはずだ。隊長も俺が誰にも言わないし、このことを時間が経てば忘れると見込んで話してくれたのだろう。
     パズルのピースを一個ずつ撤去するように、俺の記憶から隠岐隊長の言葉が少しずつ薄れていくまで、俺は生駒隊長の執務室に近づきたくなかった。
     俺はここから訓練場までどこをどう歩いたのか覚えていない。


    「イコさーん、隠岐ですー!」
     イコさんの執務室のぴっちりと閉まり切った扉をノックして、中にいる人に呼びかける。この時間はイコさんあの部屋にいるはずだから、それなりに大きい声を出さなくては声が届かないのだ。
    『入ってきてええでー』
     扉越しのくぐもった声を受けて、俺は執務室に入る。執務室には誰もいない。使いっぱなしで放置された万年筆と、書きかけの書類がイコさんの机の上に置かれている。イコさんがいるのはその机の奥の部屋だ。
     おれはその部屋に手をかけ、足を踏み入れる。おれと海、そしてマリオ。三人だけがイコさんにこの部屋に入ることを許されている。
     この部屋が隊員の間で七不思議の一つになっているのには驚いた。つい副隊長に話してしまったけど、多分副隊長の性格だと誰にも言うことは無いし、一ヶ月も経たずに忘れてくれるはずだ。
    「イコさーん、この部屋隊員に噂されてますよ」
     そう言いながら踏み入った部屋には、ベッドに机、本棚とそれだけしかものは置かれていない。奥に続く扉があるが、そこにあるのはトイレと風呂場だ。机の上には沢山の書類。イコさんはその机から椅子を引っ張っていってベッドのそばに座ってる。
     そのイコさんの近くに寄ると、ベッドに横たわる人は目を閉じていた。
    「あ、先輩寝てました?」
    「さっき寝たばっかでそうそう起きんと思うから安心し」
     ベッドに沈む先輩は、ひと月前よりも随分と痩せ細ったように感じる。怪我する前から軍人にしては細っこい人だったが、この部屋でイコさんのためだけに働くようになってからより一層痩せてしまった。この部屋から出ることはないし、戦いに出ることももうないから、戦うための筋肉は必要ないけれど、でもやっぱり痩せていく姿を見ると少し心配になってしまう。
     今度イコさんにトレーニング器具の設置を持ちかけてみよう。多分、水上にそんなことさせる必要ないわ、と却下されるだろうが、物は試しだ。それか水上先輩に直接持ちかけてみよう。水上先輩からお願いされたら、イコさんは聞かざるを得ないだろうから。
     こんなとこ閉じ込めんくてもいいのに、とは思うけどイコさんが水上先輩にこの部屋から出たいと言われても絶対に首を縦に振らないのを知っているから、おれはそれを言うことは無い。思うだけだ。イコさんは水上先輩が生死をさまよったあの時以来、水上先輩が石にぶつかったら崩れ落ちるとでも思っているみたいに過保護になった。イコさんは水上先輩を誰よりも信頼しているくせに、水上先輩のことを誰よりも信じていない。
    「噂って何なん?」
    「噂は噂ですよ。この部屋は何の部屋なんやろーって一般兵の間で話題になっとる見たいです」
    「ほーん。まぁ水上がいるのバレんかったら何でもええわ」
     そう言って眠る水上先輩のほっぺたを撫でるイコさんの目には、水上先輩の姿しか写っていない。おれのことなんて意識の隅にもないのだろう。寂しい気もするが、イコさんにとって水上先輩はそれだけの存在なんだから仕方がない。この部屋から出たら構ってもらえるから、少しだけの辛抱だ。
     布団の下の水上先輩の足は傷だらけだ。傷だらけなだけでちゃんと足がある。それなのに歩けも走れもしないとは何とも皮肉なことだ。神経がもうダメになってるらしい。詳しいことはよく分からない。ただ水上先輩が歩けも走れもしないことだけを、おれは知っている。人魚姫なら悪い人魚が魔法をかけてくれるけど、この世界にそんなものはない。あるのは魔法と言って手榴弾を片っ端にぶん投げて辺り一帯更地にするような人だけだ。
     さっき副隊長に言ったことは何も間違っていない。水上先輩はイコさんのために今生きている。イコさんのオンナなのも間違っちゃいない。水上先輩の髪の毛の一本一本から足の爪先まで、ぜーんぶイコさんのものだ。
     水魚の交わり。彼もよく言ったものだ。水上先輩が軍学校にいた頃教えてくれたその言葉の意味が思い起こされる。
     「魚は水ん中におらんとあかんやろ。そういうとこから切っても切れない関係のことを言うんや。こんぐらい知っとき」と呆れた風にしながらも、水上先輩はいつもちゃんと教えてくれた。
     イコさんの役の立てなきゃ生きてる意味のない水上先輩と、水上先輩がおらんくなったら生きてられんくなってまうイコさん。これじゃあどっちが水でどっちが魚か分かりやしない。たぶん、どっちだと思います?ってきいたら、二人とも俺が魚や、って返してくる思う。今日の晩御飯のお魚を賭けてもいい。
     イコさんと水上先輩の関係は、神さんでも仏さんでも切れへんのやろうなぁ、そう思いながら、壊れ物を触るように水上先輩に触れるイコさんの、死んでも離さんとありありと書かれた横顔をおれは見ていた。
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