言の葉の力本日も試合で十分に活躍し、そして勝った。
試合終了後、労いの言葉を掛けようと後ろを振り向き、真っ先に明るい色の髪を探した。
だが、何処にも眩しい色は見つからない。
そこで、気付いた。
数か月前に、離れた事を。
「あー」
無意識の行為に、気まずそうな表情で後頭部を掻き毟った。
いない事に慣れた筈だが、時々あの眩しく暖かな光を探してしまう。
どんだけ、恋しいねん。
独り言ちながら、力無く会場を後にし控室に入ると、ロッカールームからタオルを取り出し、乱雑に汗を拭いとる。
背後の方では、今日の主役は自分だ、とか、本日の打ち上げの話をして、いつも通り賑わっていた。
「なあ、ツムツム。今日は〇××で良いか?」
「……あー、うん。ええで。」
突然話し掛けられた言葉に気怠そうに生返事を返すと、ふと無意識にロッカーへと手を伸ばした。
そして、手に取ったのは、スマホ。
昨日電話したばかりだが、もう恋しくなった。
今までの付き合いで、二、三日以上連絡をしなくても平気だった。
自分が連絡をしなくても相手から勝手に連絡が来るので、自分から連絡をすることは、今まで無かった。
それに頻繁に連絡をするのは、鬱陶しかった。
そこそこで丁度良い、そう思っていた。
だが、太陽の様に暖かく、眩しい彼に出会ってからは、全て変わった。
毎日声が聴きたい、毎日会いたい、毎日触れていたい。
溢れ出る貪欲さに底が見えない。
持て余す感情に、以前は彼に強く当たる事もしばしば有った。そして次の日、必ずこう言われるのだ。
「俺は平気なんで、気にしないで下さい。むしろ、少し嬉しいです。」
そう笑うので、謝るタイミングを毎回失う。
行き場を失くした謝罪は、黙って抱き寄せた肩に頭を摺り寄せる事で示した。
なんとも情けない事この上ないのだが、彼は「甘えん坊ですね」と嬉しそうな声と共に頭を優しく撫でた。暫くその優しさを堪能し、顔を上げて、漸く普段通りの顔に戻す。
「翔陽くんの傍は、めっちゃ落ち着くわ。」
そして、有難うの意味を込めて、明るい髪に手を伸ばし撫でるのだ。
これが、幸せという事なのだろう。
今更ながら初めて知り、そして大事で愛おしくなった。
ばたん、ロッカーが閉まる音が響き、ふと我に返る。そして手元のスマホの暗い画面に映る、情けない顔を見下ろし、自嘲する。
これではイケメンが台無しだと、無理やりに口角を上げようとしたが、失敗した。
ああ、不味い。本格的に、重症やん。
大きく溜息を付き、乱雑にスマホを鞄に戻した。
「ツムツム、トイレか?」
「ちゃうわ!」
背後から声を掛けられ、木兎に突っ込みを入れると、シャワー室に行こうと足を向けた。
「俺も、侑さんの傍は、大好きです。」
不意に、毎回告げられた彼の甘い声が、疲労している脳裏を駆け巡った。
甘い毒はあっという間に全身を犯し、麻痺する。
心にきつく蓋をした欲望が、難なく開錠し、欲が溢れ出てくる。
欲は心をあっという間に支配し、苦しさと寂しさを生む。
チッ、短い舌打ちと共に、壁に掛けられた時計を見上げる。
今なら、起きている筈。
素早く計算すると、閉めたロッカーをもう一度開け鞄からスマホを取り出すと、ロッカーを乱暴に締めた。
大きな音が、賑やかな部屋に木霊した。
「ツムツム?」
「スマン!ちょっと用あるから、先行っといて。」
侑に視線を向ける木兎達にそう言い残し、急いで部屋を後にする。
スタッフが居る廊下を駆け抜け、人気の少ない場所へと移動する。
そして小さなスペースがある場所で足を止めると、誰も居ない事を確認し、壁に寄りかかる。
侑は跳ね上がる鼓動を抑え付けながら、スマホのロック画面を解除すると、手慣れた様に通話履歴を表示させ、一番上に表示された「日向翔陽」という文字をタップし、耳を付けた。
響くコール音に、鼓動が先程よりも早まる。
出て欲しい、だが何を話そう。
逡巡している内に、コール音が七回、八回と続く。
これは、寝ているのだろうか。ならば、切った方が良いだろう。
少々落胆し、耳からスマホを放した。
刹那。
「は、はい!日向です!」
焦った声が響いた。
瞬間、心が躍り、思わず口角が上がった。
「あの、もしもし?」
「おはよー、翔陽くん。」
「あ、侑さん!おはようございます。」
昨日電話したばかりで、翌日も電話が来て戸惑っているのだろう。
さて、どう言い訳をしようか。
考えあぐねると、「あの」と気遣う声が鼓膜を刺激した。
「なにか、有りましたか?何か有ったなら、聞きますよ?」
昔と変わらぬ言葉と声色に、侑の緊張が解れた。
ああ、やっぱり彼は温かい。
侑は自然と口を開いた。
「実はな。ふと会いたいなー、思ってん。」
素直な本音を電波に乗せて運ぶ。
「俺も昨日電話していたら、侑さんに会いたいって思ってました。お揃いですね。」
相手からの言葉が、鼓膜と心を振動させる。
「なんや、俺ら同じやったんやな。」
「ほんとですね。イシンデンシンって言うんですっけ?」
「最高やん、俺ら。」
「そうですね。」
何気ない会話が、侑の心を解し、温めていく。
表情も柔らかくなり、幸せそうに瞳が揺れる。
「なあ、今度会った時、抱きしめてええ?」
「勿論です。」
今は手が届かない。
ならば、満たされるまで言葉を交わそう。
そして、約束をしよう。
そうすれば、寂しい心は温かくなるのだから。
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