魅惑のオドリコ烏野高校文化祭、当日。
今年は高校最後の思い出にという事で、日向のクラスの出し物が「コスプレ喫茶」になった。
とても定番と言えば、定番である。
ただしルールとして「女装・男装が絶対条件」で、後は何でも有りになった。
その所為か衣装合わせの時、メイド、執事は勿論、ミニスカポリス、警察官、魔女、魔法使い、猫娘、狼男、吸血鬼、サンタ、被り物等々、ハロウィンの仮装の様になってしまった。
それを侑に電話で報告した時は、それはもう大爆笑された。
「なんやねんそれ!おもろ過ぎやん!」
「侑さんだって、去年の文化祭でたこ焼きの被り物したじゃないですか!」
「ちょ、それは言わんといて!消したい記憶やねんて!」
焦る侑に、知りませんと少々意地悪な事を言ったのは、ちょっとした意趣返しである。
「ほんで、翔陽くんは何にしたん?遊びに行くから、教えてや。」
「……内緒です。」
「なんでやねん!」
「頑張って、探してみて下さい。」
「ちょ、翔陽君、ま、」
待て、と言う制止を無視し、会話を強制終了した。
そして本日。
一般まで入場してきた校舎は、普段よりも賑わっている。
日向は呼び込み係の為、看板を持ち校舎内を歩いていた。
日向の仮装は、頭に猫耳を付けた、インドの踊り子の衣装。しかし、下のスカートはかなり透けて、両サイドには太ももの付け根までスリッドが入ってる為、動くたびに生足が露わになる仕様になっていた。勿論下には半パンを履いているのだが、チラチラ見える筋肉質な生足が、また妙な色気を放っていた。
その為、男女問わず釘付けにしていた。
そんな中呼び込み中の日向に数名ほど日向に近付き声を掛けると、気さくな日向は彼らの要望に応える為に小さな握手&写真撮影会になってしまった。
「日向さん、いつも応援しています!大好きです!」
「ありがとうな!」
「日向さんのバレー、かっこ良くて、ファンになりました!」
「サンキュー!」
「日向さん、これ僕が作りました!良ければ食べて下さい。」
「うお、めっちゃ上手そう!有難うな。」
「日向さん、写真、一緒に良いですか?」
「良いよ!」
「ありがとうございます!」
「あ、このままだと画面に入らないから、もっとくっ付こうよ。」
「は、はう。あ、はい!喜んで!」
「私も、一緒に撮りたい!」
「お、俺も良いですか!」
「はいはい、順番に並んでな!ちゃんと全員撮るから、安心しろよ!」
「「「はい!」」」
と、日向は笑顔で会話をしたり、写真撮影に応じたり、ファンサをしたり、と何ともスマートな対応をしていた。
「そうだ。俺のクラスがやってる喫茶、後で来てくれると嬉しいな。俺も後で登板だから、サービスするよ。」
そして最後に喫茶店の宣伝も忘れずにした。
この手慣れた交流の様子を、日向と同行していたクラスメイトは「有名人みたいだ」とぼやいた。
数分後、通路の窓から入る太陽の熱に暑さを感じ、流石にそろそろ移動しようかと、数名の学生たちに囲まれた日向が周辺を見渡した。
次の瞬間、穏やかな空気は崩れた。
「あ、日向だ!」
「あそこに居るぞ!」
「「「日向、私達(俺達)も写真一緒に撮って(くれ)!」」」
視線の先に現れたのは、見知った同学年の学生達が、大勢で日向に向かって走って来る姿だった。
流石の多さに、日向は小さな悲鳴を上げ、周りにいる学生達の輪からそっと抜け出すと、向かってくる学生達に背を向け走り出した。
「お前らは笑いのネタにするから嫌だああああ!」
日向は慣れない衣装が乱れるのも構わず、全力で逃げる。(廊下は走っちゃダメだぞ!by澤村)
人気の少ない角を曲がり、階段を一つ飛ばしで駆け降り、そして玄関口を抜け外に飛び出すと、体育館まで走る。
若干息を切らしながら後ろを振り返ると、まだ数名叫びながら追い掛けて来ていた。
「マジかよ。そう言えばあいつ等陸上部じゃん。ズルいだろう。」
兎に角体育館裏に行って、撒こうと考えた日向は、スピードを速めた。
目の前の角を曲がれば体育館裏へ辿り着くと少々気を緩めた。
刹那、スカートの裾が足に絡まり、足が縺れた。
「げ、」
途端に身体が傾き、勢い良く地面に倒れようとした。
日向は衣装が汚れるのを覚悟して、受け身の体制を取ろうとした。
すると不意に、誰かに受け止められた。
襲ってこない衝撃に目を丸くし、日向は助けてくれた人物にお礼を言うべく顔を上げた。
「危ないで、お転婆な踊り子さん。」
烏野では珍しい関西弁に、聞き慣れた声色。
日向はまさかと、恐る恐る顔を上げた。
「翔陽くん、みっけ。」
「侑さん!」
嘘だ、と半ば呆ける日向に、侑はどっきり大成功やとにんまり笑った。
あ、本物だ。
日向は瞬時に本物だと理解したと同時に、鬼気迫った状況を思い出した。
「侑さん、丁度良かったです!」
「おん?どないしたん?」
「今追われてるんで、ちょっと匿ってください!」
一大事なんです。
侑の両腕を掴み懇願する日向に、侑は少々面白くない顔をした。
「ほーん、翔陽くんは人気者なんやなあ。」
「侑さん?」
「まあ、翔陽くんの頼みやから、ええで。」
「ありがとうございます!」
それじゃあと、侑の背後に隠れようとする日向に、「ちょい待ち」と日向の腕を取り止めた。
「それやと、隠れへんで。」
「じゃあ、どうすれば……って、もう直ぐそこまで来てる!」
耳に入って来た複数の足音に、日向は顔面蒼白にさせた。
「どないするって、こうするんや。」
そう言うや否や、日向を引き寄せ抱き締めた。
え、明るい瞳が大きく見開く。
「俺に任せとき。」
腕の中の日向に耳元で囁くと、顔を寄せた。
近付いてくる端正な顔に、日向は身体を硬直させ、顔を赤くさせた。
そして同学年の生徒達が目の前に現れた瞬間、唇に触れられた。
途端に、どよめきと悲鳴が木霊した。
「翔陽くんは俺のやから、渡さへんで。」
十分な時間触れ合ってから離れた侑は、日向を抱き寄せたまま彼らに視線を向け、冷笑する。
瞬時に「スミマセンでした!」と彼らは頭を下げ、脱兎のごとく退散した。
「お幸せに」と言う言葉と共に。
あっという間に、二人だけになり静寂さを取り戻すと、侑は日向を離し大きく息を吐いた。
「上手くいったみたいやな。」
呑気な声に漸く我に返った日向は憤慨し、侑に迫った。
「ちょ、だからって、人前でキスは駄目でしょ!変な噂が立ちますって!」
「変な噂やなくて、事実やん。」
「そ、そうですけど!なんて言えば良いか……」
困ったと頭を抱えしゃがみ込んだ。
そんな日向に、侑は「本当のこと話せばええやんか」と少々拗ねた声を出した。
「で、なんでそんなエッチな格好しとるん?」
「……なんで怒ってるんですか。」
日向が顔を上げると、侑は明らかに不貞腐れた顔で見下ろしていた。
「俺以外に、エッチな足を見せとるからやん。」
ほら、と指差す先には、しゃがみ込んだ為スリットが大きく開き、大胆に晒された太もも。
途端に日向は赤面し、素早く立ち上がるとスカートで何とか足を隠した。
「これは、不可抗力です!クラスの女子から借りたんで、俺の意思じゃないです。」
「ほーん。でも、これを着たって事は、誘っとるって事でええんやな。」
じりじりと迫る侑に、日向は後退る。
「ちょ、此処学校ですよ!」
「知らんわ、そんなん。」
真顔で迫られた日向は、とうとう壁まで追い詰められた。
背中に壁が当たり、軽い衝撃が襲う。
「翔陽くん、トリック・オア・トリート?」
ほくそ笑む侑に、日向は深い深い溜息を付いた。
そして、気持ちを切り替えると背伸びをし、侑の耳元へと口を寄せた。
「終わった後で、お願いします。」
呟いた日向の耳は赤く熟れていた。
ハロウィンの悪戯は、これから。
END