クロスオーバー　朝、か…
　カーテンの隙間から漏れる光が弱くなってるから、もしかすると昼近いのかもしれない。

　あ、ヤバ、ガッコ……サボった？
　日曜だっけ、今日

　アタマがうまく働かない。
　
　ふと、腕の中にあるふわふわの桃色を認識する。

　これって…、美奈……子？
　あれ、俺どうして
　
　いつか、こんな風に美奈子と朝を迎えたいと思っていた。
　俺の腕の中で眠る美奈子をぎゅっと抱き締めて、小鳥がついばむようなキスをして、彼女が目覚めたら、そのまま深いキスをして、昨夜の記憶をたどるように。

　きっと彼女は恥ずかしがる。
　実くん、朝だよ明るいよ、なんて。
　朱く染まった彼女の全身にキスをして、
　熱い夜のオカワリをオネダリなんかしたりして。

　でもそれは、まだ妄想の域を出ていなかったはずだ。それなのに、腕の中にある感触はリアル、柔らかな髪の毛が素肌に触れる。

　多分、これ昨夜あれだよな。
　　
　全然思い出せない。
　そんなことってあるのか。
　もし、そうなったら、そうなれたなら、彼女の声も表情もひとつ残らず脳裏に刻み込んで、何度も何度も反芻するものだと思っていた。

　実際、俺は彼女の仕草ひとつひとつをイヤになるほど詳細に覚えている。

　おニューのスカートを誉めた時にハニカミながらくるりとまわってみせた。
　お弁当を作ってきてくれた時の心配そうなヘの字眉、俺がウマイと言ったあと大きく息を吐いて良かった～って胸を押さえていた。
　小さく震えながら俺のシャツの裾を掴んだから、もう絶対にこんな風に怖い思いをさせたくないと、待ち合わせには早く行こうと決心した。

　彼女の色々な表情をこんなにも鮮やかに思い出せるのに、昨夜のことだけまったく思い出せないなんてアリか、いやナシだろ。

　起こしてしまわないように左腕をなるべく動かさないように。……寝相、ワルいな……俺の腕枕からアタマが転げ落ちてる。
　ベッドヘッドに右手を伸ばす。

　メガネを装着してようやく視界がクリアになる。

　「あ、実くん、起きた？　今日お寝坊だね、仕事じゃない日もいつも早いのに」

　背中側から声をかけられる。

　美奈子？
　違う、美奈子のお姉さん？
　似てるけど、美奈子ではない。
　髪型も違う、セミロングで、
　いつものクローバーのピンもしていない。

　「実くん？寝ぼけてる？なーんか不思議そうな顔
　『………』も、まだぐっすりだね、パパのベッドで一緒に寝るの～、って久しぶりにワガママ全開だったね、昨夜」

　そうだ、腕の中の美奈子は……

　こちらも違う、美奈子じゃない。
　明らかにサイズ感が違う。

　小さいなーなんていつも思ってたけど、そりゃまあデカイ俺から見たら大抵の女子は小さいし、でも美奈子の小さい手を握ると、うまく言えないけど、この小さくて柔らかな手を守って生きていきたいなんて恥ずかしいことを考えたりしていた。

　……パパ？　パパって言ったか？、今

　「美奈……子？」
　戸惑いながら口にする。

　「なあに？」
　キョトンとして、そのあと笑顔で近づいてきてキスをする。ごく自然な感じのキス。

　俺たちまだキスはしたことない。

　そりゃもちろんいつかは、俺の方からさりげなくスマートにって思っていたけど、まだ今は手を繋ぐくらいしか、それが精一杯というか。


　「美奈子？」
　戸惑いながら、もしかするとタイムリープなのか、と小説や映画の中で描かれていることが現実に起こったのかと考える。

　もしそうならここは何年か後の世界
　多分美奈子は奥さんで、俺たちには娘がいる。
　幸せな生活だ、──肝心なことは何も覚えてないけど。

　「実くん、本当にどうしたの？今日。怖い夢見た？」

　「いや、大丈夫…美奈子、2022年の2月9日って、覚えてるか？」

　「2022年…なんでそんなピンポイントで、ふふっ、んー、高校生…一年生だよね、実くんのお誕生日だからプレゼント持って学校に行って」

　「あ、やっぱいい、ゴメン」

　誕生日の朝、これからあっちの俺は目覚めて、ガッコへ行って、美奈子からプレゼントを貰う。

　それからきっと色々なことがあるけど、数年後俺は美奈子と一緒に生きている、それだけ分かればジューブン、あとは俺がその未来を現実に出来るように頑張ればイイってだけ、とりあえず今日一緒に帰ろうと誘おう。

　少し年上の美奈子の細い腰を抱き寄せ、キスをする。
　あ、ファーストキス…ちらっと脳内に過る。美奈子以外の女の子とキス、しちゃったな、こっちも美奈子だけど。そういや、さっき、美奈子からもキスされてたな。これがこっちの世界での日常ならサイコウの生活だ。
　
　
　
　「なあ、あんた今幸せか？」　
　一番聞きたいことを確認する。

　「うん、すっごく幸せ」
　全開の笑顔とともに贈られたその言葉を聞きながらもう一度深く口づける。
　
　意識が逆回転していくのを感じながら、セミロングの美奈子とはしばらくお別れだな、と思った。
　数年後には会えるけど。

　早くクローバーのピンの、いつもの、俺の大切な美奈子に会いたい。

　
　スマホのアラームがけたたましく響く。
　ベッドヘッドに右手を伸ばす。

　メガネを装着して視界がクリアになる。
　スマホの表示は、2022.02.09(水)


　さて準備して、ガッコ行きますか。
　多分美奈子からプレゼントが貰える、はず。

　センスいい子だから、何を用意してくれてるのか楽しみだ。

　あの未来に向かう大きな一歩を踏み出そう。