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    k_kuraya

    相互依存が永遠のテーマ。
    二次創作・ブロマンスの小説などポイポイします。
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    k_kuraya

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    ベレトの眷属にならなかったディミレトの幸せについて考えた、二人の約束についてのお話です。転生を含みます。

    #約束の果てに
    theEndOfThePromise
    #ディミレト
    dimSum
    #小説
    novel

    【約束の果てに 1−1/2】

     澄み渡る青空に白い花が舞うのを、ディミトリはベッドボードに背中を預けながら眺めていた。今年も降雪の季節がやってきた。あの花弁は一枚一枚がとても冷たく、明朝には降り積もってフェルディアを白銀に染めるだろう。
     居室の窓は大きな造りで、ベッドの上からでも外の景色がよく見える。暖炉の中の薪がパチパチと乾いた音を立てており、室内はまどろむような温かさがあった。桟に僅かに積もった雪が室温に温められて溶けていく。
     冬季が長いファーガスでは毎年早い時期からの冬支度に余念がないが、春の訪れを待たずに凍えて死ぬものも、餓えて死ぬものも、今はいない。民には豪雪でも耐え抜く強固で温かい家があり、温暖な季節の蓄えも十分にある。雪が深く積もれば生活の不自由さは享受しなければならないが、それでもかつてのように貧しさゆえの辛酸を舐めることはもうないのだ。
     ディミトリは雪が舞うのをただ静かに見つめている。
     ファーガスは元来、王を戴き女神を信仰する騎士の国である。勤勉で清廉、信心深く辛抱強い国民性は、この雪とともに育まれたように思う。だからだろうか、ディミトリは真っ白な雪を見るとき、彼の国であったファーガスに思い馳せるのであった。
     この国が好きかと聞かれれば、歳を重ね、手や顔にうっすらとしわが走るようになった今でさえ、素直に頷けないところがある。痛ましく残虐な過去も、喪った人々も、復讐心に囚われ犯した罪の重さも、年月によって彼の記憶から褪せたりなどしないからだ。
     それでもディミトリはこの国を――この国に住まう人々を愛しいと思う。だからこそフォドラ統一戦争終結後、戴冠式を迎えてから次代に王冠を譲るまで、民の為に善政を敷き、民の為に奔走する君主でいられたのだと思う。もちろんそれは国王一人の功績ではない。彼を支え、知恵を貸し、叱咤激励する仲間たちあってのことだった。
     そんなディミトリはその半生を賢君として後世に名を知らしめることになるが、唯一指摘されることがあるとすれば、それは生涯妃を迎えなかったことにある。臣下や民の奏上を彼はよく聞き入れたが、こと妃に関してだけは頑なに了承しなかった。そのため、王家ブレーダッドの血筋はディミトリを最後に途絶えることになる。
     しかし、ディミトリは代りに五人の戦争孤児を養子に迎え、愛情を持って育て上げた。子供たちはガルグ=マク士官学校を卒業後、各々が各分野で素晴らしい活躍を見せたが、中でも長男はディミトリが王位を退く際、その頭上に輝かしい王冠を譲り受けたのである。
     彼の肌は褐色だった。玉座についてしばらくは彼に流れる民族の血を快く思わぬものたちの声がなおさざ波のように押し寄せていたが、治世が長く続くにつれ、いつしかそんな声は止んだ。彼もまた、養父を敬い、国を抱き、民を愛する王だった。
     国王を退位した後、ディミトリは王城から自領ブレーダッドの屋敷へと住まいを移した。領土を見下ろせるよう高台に建てられた屋敷は、領民からは獅子王の館と呼ばれ親しまれている。屋内は十二分の広さがあるが、青を基調とした館内は先王の終の住処にしてはいささか殺風景である。もちろん建物の造りや家具家財はどれも上質であることに間違いないが、金や銀、宝玉や絹を用いるような贅を凝らした調度品はない。彼を世話する使用人や料理人、護衛たちも必要最低限が選ばれた。ただ、だからこそそこには胸をなでおろすような温かみがあったのかもしれない。
     部屋は衣食住をそれぞれ行うためのものから、彼を訪ねる友人たちのための客間まで指折り数えるほどある。その中で二階の中央、大きな窓が設えられたサンルームがディミトリの気に入りとなった。壁に埋め込まれた窓を開け放つと、両腕を伸ばしても届かないほどの大きさがあり、そこからはこの屋敷のどの部屋より一番領土が見渡せる。自領の民が目覚め、働き、遊び、時には諍いを起こし、笑い、食卓を囲み、女神に祈りを捧げ、眠りに落ちる――そういった日常を時折眺めるのが好きだった。
     この部屋は日当たりもよく、やがて日がな一日この部屋で過ごすことが多くなり、遂にはベッドまで押し込んで、今は彼の寝室となっている。
     
     そんな彼の寝室への扉が家主の断りもなく押し開く音がする。ディミトリは自然とそちらへ顔を向けたが、姿を確認しなくても来訪者が誰なのか既に分かっていた。使用人たちの先触れもなく、ノックすらしないで先王の寝室に足を踏み入れることができるのは、このフォドラ大陸の中でも一人しかいない。
    「少し遅くなってしまったな」
     そう第一声を発した侵入者を目でとらえて、ディミトリは柔らかく微笑んだ。
    「門番の声も聞こえなかったが。今日はどこから入ってきたんだ?」
    「食料庫の勝手口から」
    「鍵がかかっていただろう?」
    「アサシンをマスターしているからな。鍵開けは得意なんだ」
     なんて言いぐさだろう。ディミトリはくつくつと笑って、ベッドサイドまで歩み寄ってきた男――ベレトを見上げた。
     星屑を散りばめたような薄緑色の頭髪に、柔らかく細められた鮮やかなエメラルド色の双眸。黒揃えの衣服とマントには桃色の刺繍が施されている。端正で瑞々しいその顔は、すらりとしたしなやかな体躯は、出会った時のまま少しも変わらない。
     ディミトリは少し眩しそうに目を細る。
    「どうかした?」
    「……いや、なんでもない」
     小首を傾げたベレトにディミトリは微笑んで首を横に振る。ベレトは不思議そうな表情を浮かべながらもそれ以上は追及せず、左手をディミトリの頬に添え顎をついと撫でた。その節くれだった薬指にはベレトの瞳と同じ色の宝玉がはめ込まれた指輪が光り、その指先は、見下ろす双眸はディミトリの顔を慈しむようである。ベレトはすっと腰をかがめると彼の唇に己のものを触れ合わせた。
     慣れ親しんだ柔らかな感触。温かい吐息。どこか懐かしい互いの匂い。
     しかし、その幸福以上にディミトリの感心を引いたのは、彼の指先や唇のあまりの冷たさだった。
    「こんなに冷えてどうしたんだ。ずっと外にいたのか?」
     尋ねられてベレトの視線が一瞬泳ぎ、ただ曖昧に微笑むだけに留められる。ディミトリは静かにそれを見上げ僅かに逡巡すると、頬から離れようとするベレトの手に追い縋りそれを握った。若々しいその手をそっと引くと彼は素直に従ってベッドに腰を下ろす。ぎしりとスプリングが小さく鳴いた。
    「今回はどれくらいいられる?」
    「今節いっぱいは世話になろうと思っているんだが」
    「そうか! それは随分と長くいられるんだな。屋敷のものたちも喜ぶ。とくに料理長が目を輝かせるだろうよ。元大司教猊下はそれはよく召し上がるので調理のし甲斐があるからもっと頻繁にお招きしてくれ、と口うるさく言われていたからな」
     料理長の口真似だろう。ベレトはくすくすと笑い、同じく朗らかに笑うディミトリを悪戯っ子のような目で振り仰ぐ。
    「じゃあ、君は?」
    「酷いな、俺にそれを聞くのか? 嬉しいに決まっているだろう。……会いたかった、ベレト」
    「うん。自分もだ。ディミトリ」
     ベレトは腰を捻り、腕を開くディミトリの胸に上体を寄せると、すっぽりと包みこまれるように抱きしめられる。ディミトリが歳を重ねても老いさらばえて見えないのは、この立派な体躯のおかげもあるだろう。ベレトもまたその広い背中に腕を回し、首元に顔を埋め、彼の匂いに、体温に、無意識にホッと息をついた。強張った体がほぐされていく。
     ディミトリは何も言わず――尋ねず、まるで愚図る子供をあやすようにトン、トン、トンと彼の背中を優しくたたき続ける。その手の薬指にはめられた指輪が柔らかい銀色に瞬いている。
    「……あとでゆっくり話を聞かせてくれ。どこに行って、何を見て、何をしたのか。誰と会い、何を食べ、何を思ったか――。時間はたくさんあるからな……」
     トン、トン、トン。背中を打つ心地よさに、優しい声音に、ベレトはまどろみの中で小さく頷いたのだった。

     その日から獅子王の館の客人となったベレトを屋敷仕えのものたちは総出で歓待した。彼らは敬虔なセイロス教徒である。元大司教であるベレトを崇敬して止まないのはもちろん、彼らの唯一の主人のかけがえのない人であることを心得ているのだから、誠心誠意もてなさずにはいられなかった。
     ベレトはそれからの毎日を屋敷の散策や蔵書の立ち読み、侍従長の部屋で彼が淹れた紅茶を飲み交わしたり、調理場に顔を出しておやつをもらってから厩戸番や門兵と世間話をしたり、街へ降りて民たちの暮らしを眺め歩いたりすることもあったが、その一日の大半をディミトリと共にサンルームで過ごした。ベッドサイドにソファーを寄せて、
    「今日はどこから話そうか」
     とディミトリに請われるままに様々な話をする。話の主軸はベレトの冒険譚であることが多かった。
     ディミトリが王位を退くのと時を同じくして、大司教の座を降りたベレトは傭兵稼業に戻り世界各地に足を向けた。自由に出歩けないディミトリに代わり、フォドラの情勢を調べ歩く道中で賊がいればそれを退治し、困っているものたちがいればそれを助け、パルミラやスレン、ダグザにまで赴くこともあれば、ファーガスの各地に散らばるかつての教え子たちをふらりと訪ねることもあった。
     青空の下に広がる、夕焼けに照らされた、星空の中で眠る、そして暁に目覚める世界は昔見た時よりずっと素晴らしく美しく思えた。そう思えたのはベレトがこの世界に、そしてこの世界に住まう人々に心を寄せ、深く関わってきたからかもしれない。
     腰に剣を携えて自由気ままに旅する日々は、猊下と持て囃され祭壇の前でじっと祈りを捧げているよりずっとベレトの気性に合っていた。物心つく前から信仰とは無縁の環境で育ち、父と二人、傭兵稼業で暮らしを立ててきたのだから無理もない。
     昔とは違い一人旅ではあったけれども、各地の情勢や道中の出来事をしたためて送った手紙の受取人が旅の供であったと言えるだろう。フェルディアに届いた手紙は一通も欠かさず獅子王の館に保管されていることをベレトは後になって知ったのだった。
     時折手元に届く手紙の返事をベレトは繰返し読み、胸に抱いて眠った。それでも道中、心が寒くて堪らなくなる時がある。そんな時は渡り鳥のように温かな場所へひらりと飛んで帰った。帰る場所は手紙の宛先――フェルディアのブレーダッド領でベレトの帰りを待つディミトリの元。ディミトリの大きな腕の中は温かい。ベレトはそこで羽を休めると、またふらりと旅に出る――そんな日々を繰り返してきた。
     ベレトが本の読み聞かせをするように語るのを、ディミトリはベッドに腰掛けながら耳を傾ける。時折挟まれる下手くそな冗談に苦笑を溢しつつ、各地の様子やそこに住まう人々の暮らしぶり、見たこともない絶景や初めて食べた珍しい料理、賑やかな級友たちの近況を聞いていると、本当に二人で世界を旅し、友人たちの元を訪れた気持ちになれた。ディミトリはベレトの目や耳を通して、彼の旅に同行していたのだった。
     屋敷の中で一等上質な客間がベレトのために用意されたが、世話役たちがその部屋のシーツを再び整える機会は訪れなかった。ベレトは客間では眠らず、ディミトリの寝室で夜を明かしたからである。大人二人並んでも余りあるほど広いベッドに寝転がり、星が囁くような声音で、どちらかが眠りに落ちるまで飽きることなく言葉を交わし続けたのだった。

     穏やかで幸福な日々は駆け抜けるように過ぎていく。積雪は日毎に深さを増していき、ベレトが屋敷を訪れて半節が過ぎた頃――ディミトリが昏睡に陥ったのだった。彼の体内に蔓延る病が彼の命の裾をじわじわと引き続けていたことを、ベレトはずっと前から知っていた。彼が王位を退いたのは、病ゆえであったので。
     その日からベレトはディミトリの側を片時も離れなかった。屋敷仕えのものたちが代わる代わる休息を促しても、彼は頑なにそれに首肯しなかった。眠り続けるディミトリの顔を眺め、時折指先でその金色の髪を梳き、ふと思い出した旅路の話を口ずさんだ。
     二人の関係を言葉にするには少し難しい。彼らは生涯を誓い合い、契約の証に互いの薬指に輪をかけ合った。けれども、公に知られる彼らは教師と生徒、指揮官と大将、大司教と解放王でしかなく――例えば夫婦のように公然と添い遂げるには二人の立場はあまりに高貴すぎたのだ。
     それでも、そのことが二人を決して不幸にはしなかった。二人は互いが互いの生きるよすがであることを十分理解していた。どこに行こうとも帰る場所はただ一人の元であった。心は片時も離れず繋がっていた。それさえわかっていれば世界中の誰にも認められずとも、幸福は常に二人の傍らに寄り添っていたのだった。
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    k_kuraya

    PROGRESSベレトの眷属にならなかったディミレトの幸せについて考えた、二人の約束についてのお話です。転生を含みます。【約束の果てに 2】

     かつてアドラステア帝国、ファーガス神聖王国、レスター諸侯同盟領、セイロス聖教会の四大勢力によって保たれていた均衡は、フォドラを呑み尽くさんとした大戦火の末に瓦解した。四勢力は国を廃し領と改め区分され、それらを統合して一国とし、フォドラ統一国と名を定めた。
     戦火の爪痕は凄まじく、傷を負ったのは目に見えるものばかりではなかった。二度と戻らない命を嘆く人々の慟哭は、フォドラの大地を空を震わせた。彼らは涙に暮れ、身を寄せ合い、何度眠れない夜を過ごしただろう。
     そんな彼らの肩を叩いたのは、傲慢磊落なアドラステア皇帝を打倒したまさにその人である。ファーガス神聖王国国王ディミトリは人々から解放王と呼び讃えられ、戦場で縦横無尽に槍を振るったその辣腕を今度は復興と泰平のために奮ったのである。戦争を共に越えた仲間たちも彼らの王を力の限り支え、新しい世のために骨身を惜しまず力を尽くした。
     そして、王と足並みを揃え、未来への道を共に作る人がガルグ=マクにもあった。それはフォドラ解放の立役者であり、セイロス教会大司教の座を託されたベレトである。国を引率するものたちのかつての師でも 9041

    k_kuraya

    DONEベレトの眷属にならなかったディミレトの幸せについて考えた、二人の約束についてのお話です。転生を含みます。【約束の果てに 1−2/2】

     肌を刺すような冷気に意識を呼び起こされ、ディミトリは酷く重い瞼をとろとろと持ち上げた。次の節に跨がる夜更けのことである。まだ夢心地であるような、霞がかる天井を暫く見上げ、はたはたと音がする方へと目を向ける。はたはたと、青いカーテンが靡いている。窓が――開いている。そこから満点の星空が見え――しかし綿雪が降る不思議な夜だった。窓から入り込んだ雪が床に白く積もっていた。
     いつからそうしていたのだろう。開け放たれた窓の前に佇むベレトは静かに夜空を見上げている。
     雪明かりに照らされて滑らかな輪郭は陶磁器のように白く、髪の一筋一筋が、エメラルドの瞳がまるで星を孕んだようにキラキラと煌めいている。いつもは黒揃えの衣装を好んで身に着けているが、今夜は雪のような白衣である。群青の裏打ちと金色の刺繍が施された外套は、ディミトリが誂えさせたものだった。
     白衣の衣装はニルヴァーナで陣頭指揮を執っていた頃の――大司教として大聖堂に佇んでいた頃の姿を思い起こさせる。ディミトリは彼が時折見せる神秘的な美しさにたびたび目を奪われることがあった。聖書やステンドグラスに描かれた神 6061

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     戦火の爪痕は凄まじく、傷を負ったのは目に見えるものばかりではなかった。二度と戻らない命を嘆く人々の慟哭は、フォドラの大地を空を震わせた。彼らは涙に暮れ、身を寄せ合い、何度眠れない夜を過ごしただろう。
     そんな彼らの肩を叩いたのは、傲慢磊落なアドラステア皇帝を打倒したまさにその人である。ファーガス神聖王国国王ディミトリは人々から解放王と呼び讃えられ、戦場で縦横無尽に槍を振るったその辣腕を今度は復興と泰平のために奮ったのである。戦争を共に越えた仲間たちも彼らの王を力の限り支え、新しい世のために骨身を惜しまず力を尽くした。
     そして、王と足並みを揃え、未来への道を共に作る人がガルグ=マクにもあった。それはフォドラ解放の立役者であり、セイロス教会大司教の座を託されたベレトである。国を引率するものたちのかつての師でも 9041