Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    hakoyama_sosaku

    @hakoyama_sosaku

    ☆quiet follow Yell with Emoji 🐳 📦 🐾 🎣
    POIPOI 42

    hakoyama_sosaku

    ☆quiet follow

    現代の善知鳥と竜胆くん。夜食を食べてほしかっただけです。

    12月26日 季節の催しと縁のない職業は数多あれど、この幸福な一日にイルミネーションの光すら届かない路地裏で死体を眺めるのは一体どのような因縁であろうか。
    「善知鳥さん、引き継ぎ終わりました。ガイシャの身元も割れました、聞いたら驚くと思いますよ」
     二人一組を義務付けられた警察組織において形式的な片割れ、年下の男が資料を背後から差し出した。彼にちらとも視線を向けることなく、善知鳥はじっと遺体の四肢の断面を見つめていた。
    「読み上げてくれ」
    「ガイシャは千塚スミヨシ三十歳、無職。まさかまさかの、五年前に逃した銀行強盗犯の一人です。指名手配をくぐり抜けてどこで何やってたんすかね」
     通りでその顔に見覚えがあるはずだった。警察の不手際とともに大々的に報道されたそのニュースは、当時大学生だった善知鳥の目にも入るものだった。いまの彼に衣服はなく、当然持ち物もない。こうも早く身元が特定されたのは単に頭部が残っていたからだ。善知鳥は端的に「相棒」の疑問に答える。
    「さあ。少なくとも、金目的の殺しじゃない」
     ぱちりぱちりと、パズルのピースがはまっていく。周囲の状況、与えられた情報によって自然と思考が紡がれてゆく。「俺」はなぜ、彼をここに置いたのか。この結果に至るまで何があったのか。
    「なんでそう思うんです?」
    「殺したからバラバラにしたんじゃなくて、持ち運びやすくしたらバラバラ死体になってたんだよ。これは」
     彼との幸福を望んだのだ。しかしそれは有り得ない夢だった。―結論は出た。残るは答え合わせのみだが、そのやりようが問題だ。コートの肩に乗った雪を払い、善知鳥は立ち上がった。

     全てが終わり、マンションに着いたのが二十五時を少し回った頃。学生が住むには少々グレードの高かった部屋は、互いが定職についた今でも不便を感じることはなかった。部屋に着くと灯りはなく、室内はひっそりと静まりかえっていた。時刻と同居人の生活習慣を考えれば当然のことだ。物音で気づかれることのないよう、注意して玄関に上がる。未だ生臭さを感じる上着を脱いでようやく、善知鳥は自分の空腹に気がついた。
     思えば昨朝五時に呼び出しを受けてから今まで、軽食を一度口にした以外は息もつかずに捜査に当たっていた。自分の気の緩みを実感するとともに、仕方なく冷蔵庫に手を伸ばす。整理された中身は、どれに手をつけていいかわからなかった。キッチン―というかこの家のほとんど―は同居人の管理の元にある。それを勝手に乱すことに抵抗を覚え、結局は隅で忘れられた缶ビールを一本手に取り、次はキッチンボードの下の棚、奥の方に隠すように置かれた袋麺に手を伸ばした。これはまだ二人とも大学生だった頃に、「空腹なら自分を呼べ、寝ていても起こせ」と言う同居人と、それを面倒がった善知鳥、互いの妥協点として置かれたものだ。空腹なとき、基本的には彼に声をかけ、彼がいないときにはインスタント食品を食べる。結局いつの頃からか同居人は家を空けることが減り、善知鳥がそれを口にする機会は減ってしまったのだが。この時点で約束に反しているが、咎められたら謝罪しよう、と早々に開き直る。
     鍋で湯を沸かしながら、適当な嵩ましを求めて再び冷蔵庫を開いた。同時にもう片方の手でビール缶のプルタブを起こし、口をつける。少しばかり行儀は悪いが、それ以上に鼻に残った血液の臭いをビールの苦味が押し流してくれることに期待してのことだった。
     少しの逡巡の後に卵とバターを手に取ったその時、玄関扉が開く音がした。
    「おや。御船、帰ってたのかい」
    「実、なんでそこに」
     キッチンへ入ってきたのは自室で寝ている筈の同居人、竜胆だった。上着を着込み襟巻きを巻いたその顔には薄らと疲れが滲み、彼がほんの気まぐれで外出していた訳ではないと察することは容易だった。
    「病院から緊急の呼び出しでね、来る筈の医師が来られなくなったから代わりを頼まれてこの時間だ」
    「なるほど、大変だったな」
    「それはお互い様だろう? 今朝は何事かと思ったよ、もう慣れたけど」
     そう笑う竜胆にカップに注いだ温かい緑茶を手渡す。ありがとう、と嬉しげな顔を見せたのも束の間、すぐに彼はキッチンに広げられたインスタント麺に目を向けた。
    「で、それはまさか夕食のつもりかい? 作り置きがあったろうに……」
    「約束は反故にしてない。それに勝手に冷蔵庫を漁るのも迷惑だろ」
    「待て。そもそも君もここで暮らす一人なのだから、勝手と言うのは間違いだ」
     竜胆が珍しく声を荒げた。反論すべきか謝罪すべきか、思考が巡る。謝罪、のちに合理的な提案が適切だろう。そう結論付けた正にそのとき。二人のあいだで、ぐう、と間の抜けた音が鳴った。
    「……ちょうど、今から麺を茹でようと思ってたんだが。実も食べるか?」
    「僕を共犯にする気かい」
    「空腹で帰ってきた友人を見かねただけだ。どうする?」
     疑うように眉根を寄せた同居人に、わずかに微笑んで問いかけた。すこし狡い手段だとは分かっていたが、妥協点としては十分だろう。
    「……それを半分にしよう。その代わり明日の朝食を豪華にするから」
     そういった経緯で、午前一時四十五分、マンションの一室にてささやかな共犯関係が結ばれたのだった。

     湯気を立てた食事を目の前にして怒り続けられる人間の多くないことを、善知鳥は社会に出て知った。食前の挨拶を手早く済ませ、それぞれの碗に手をつける。バターが却下され、代わりに夕食になる筈だった野菜炒めがトッピングされたそれは、二人の空腹を満たすには十分だ。
    「こんな時間に食べるラーメンの感想は?」
    「……まあ、たまになら悪くはない、かな」
    「そうか」
     幼馴染の軽口に竜胆が答えた。その返答を聞いた善知鳥の眦が、僅かに緩んで満足を表す。本人すら無意識な変化に気がついたのは向かい合って座る一人だけだった。
     たった数時間前に目の前で人が死んだことが嘘のように思える、凡庸な会話だった。あるいは善知鳥が出会った時には既にモノに過ぎなかった彼も、目の前で自らモノになった彼女も、数日前まではこんな会話をしていたのかもしれない。だとするならばやはり、自分が居るべき場所は平凡な日常ではなく、温かなそれらにまとわりつく影の中なのだろう。向かい合った椅子の間、この机ひとつの距離が決定的な断絶であれば良いと、過ぎてしまった幸福な日に願った。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭👏💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works