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    はなとゆめ

    @flowerlvsdreams
    支部でハピエン小説書いてます。
    プロフ絵は拙作の1シーンをgomaさんに描いていただいたものです。

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    はなとゆめ

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    2022年2月22日という記念すべき猫🐈の日に💓
    余生さねぎゆ。ある日🌊さんへの想いに気づいちゃった恋愛初心者な🍃さんは、どうやって距離を縮める?

    #さねぎゆ

    猫にまたたび天気の良い日になると気まぐれにひょっこり現れ、音もさせずに庭に入ってくるあいつ。
    その日は不覚にもあまりの静かさに、洗濯物を干している俺の足にその体が触れるまで来ている事に全く気付かなかった。
    「うわァ、びっくりした、お前いたのかよ!」
    足の下にいた黒いかたまりにギョッとして叫ぶ。
    そいつはこちらを見上げると、不服そうに言った。
    「せっかく拾ってやったのにその言い草か」
    俺が自分の足元に落とした洗濯物をかがんで拾い上げてくれたのはその男、冨岡。
    「物音させずに入ってくんのやめろォ」
    「普通に入ってきた。気付かないとは随分気が緩んでいるんだな」
    こいつに悪気が一切無いことはもう分かっているから、こんな事を言われても俺はもう昔みたいに噛みつかない。
    「いい事だ。俺は嬉しい」
    冨岡はそう言って笑った。やはりだ。
    全ての戦いが終わり、冨岡は変わった。もちろん、俺は鬼殺隊に入る前のあいつを知らないが、表情は格段に柔らかくなり、笑顔を見せるようにもなる。竈門の妹に礼と称して贈り物を山ほどしたと酒を飲みにきた宇髄から聞いたときは、思わず目をむいた。人への愛着を示すあいつを見た事がなかったから、それを聞いた時は、—さっきの冨岡の言葉を借りれば—、嬉しかった。世の中が平和になったということだ。あいつも俺同様、今まで詰めていた息を吐きだしたような気持ちでいるのだろうと思う。

    蝶屋敷を出てから初めて冨岡がうちの屋敷を訪れたのは、色々と落ち着き始めた桜の散る季節だった。本当になんの連絡もなく、あいつは突然うちにやってきた。うちの屋敷の庭にある桜の木から舞い散る花びらをまといながら、グイッと風呂敷包みを俺の前に差し出す。
    「おはぎだ、不死川」
    「いや、おはぎはいいけどよ、何かあったのか?」
    冨岡が稽古以外で俺の屋敷を訪ねてきた事などついぞなかったから、思わず何かよほど相談したい事でも出来たのかと勘繰った。以前は衝突ばかりしていたし、個人的にほとんど関わったことは無かったが、今こいつとは互いに生き残った痣者として奇妙な縁がある。運命共同体としていつも気になっているところではあった。
    「いや、別に。何でだ」冨岡があっけらかんとして首を振る。
    「ねェならいいが。お前が俺の屋敷なんかにいきなり来るから、不調か、困った事でも出来たかと焦ったぜ」
    「そうか。驚かせてすまない。困った事はないが、これからも遊びに来ていいか?」
    「ああ、いつでも来い」思わず勢いよく頷いた後に混乱する。

    あれ?

    こいつと俺は犬猿の仲と言われていたんじゃなかったか?会えばぶつかっていたのではなかったか。なんでこんなに何事もなかったかのように遊びに来る?なんだか狐につままれたような気持ちのまま、冨岡を屋敷に上げた。その日冨岡はおはぎを食べながら簡単な世間話をしたら満足したように「また来る」と言って帰って行った。
    「おかしな奴…」門を出て行く背中を見送りながら、俺は思わず独り言を言って笑った。

    その日以来、冨岡は本当に気まぐれにうちを訪れるようになった。気を遣うなというのに、毎回律儀に手に風呂敷包みを下げて。来て何をするでもなく、次第にくつろぐようになった。俺の方でも最初はみなぎっていた緊張感が薄れ、固まっていた顔も少しずつほぐれるようになってきた。

    鬼殺ばかりして普通の子供時代を送ってこなかった俺には「友達」と呼べる人間が少ない。だから、失った友のことはしょっちゅう頭に浮かぶ。
    その日も俺はもうこの世に居ない友を思って裏庭の縁側からぼんやりと初夏の晴れ渡る空を眺めていた。あの頃は日々を生き残る事に精一杯で、大切な友達に感謝を告げる事もなく逝かせてしまったと思うと、たまらなく悔いが残る。鬼殺に関わっていなかったら、単純なことで笑い合ったり喧嘩したりしていたんだろうか。そんなことを考えているとき、裏木戸を開けて冨岡が入ってきた。
    元気そうな顔で「不死川」と俺を呼ぶあいつを見たら何とも言えず無性に嬉しくなり、「よく来たなァ」と俺は笑った。
    途端に冨岡がびっくりした顔をして、それからほんのり頬を染めた。「あ…」と口を小さく開けてから、「ありがとう」と赤い顔のまま呟くように言うから、思わずこちらまで恥ずかしくなり顔が熱くなった。
    「なんだよ、改まってェ」
    「いや、ごめん…。これ、大福だ」
    いつも通り、俺にぐいっと包みを差し出す。なんだかいつもの冨岡と纏う空気が違い、調子が狂う。
    「だから、いちいち気ィ遣うなよなァ。手ぶらで来い」
    妙な沈黙のあと、冨岡を家に上げていつも通り茶を入れた。冨岡は普段通りに話してはいたが、俺の方が変に意識をしてしまい、何とも言えずやりづらい。その日冨岡が帰ってからも、俺の頭には何度も頬を染めた冨岡の顔が浮かび、布団に入ってからも浮かんだときは「ああー!」と一人で小さく叫んで頭の中の冨岡を掻き消そうとした。訳が分からない。あんなにツンケンしていたくせに、突然家にふらりとやってきたり、あんな風に頬を染めるなんて。まるで猫のように様々な表情で俺を翻弄するあいつが、いつの間にか音も立てずに俺の心に深く入り込んでくる。

    冨岡は本当に自由気ままにふらりと寄るから、いつ来るかわからない。初夏のある日、俺が街に買い物に出て、せっかくだからと貸本屋やら金物の修理やらと用を済ましている間にあいつはやってきたらしかった。日が一番高く暑い頃に俺が帰宅したら、冨岡は門の日陰に立ち、袂でパタパタと顔を扇ぎながら「お帰り」と上気した赤い顔で嬉しそうに言う。慌てて鍵を開け、放り込むように風通しのいい室内に入れた。
    「来んなら来る前にいいやがれ!」
    俺が声を荒げると「別に気にするな。日陰にいたし大丈夫だ」と不思議そうに言う。
    「熱にやられたらどうすんだ、すげェ気になんだろうがァ!」と言えば「そうなのか?すまない」と頓珍漢な返答。
    ようやく肌の火照りが収まってきたのを見て、はぁ、とヤカンを火にかけながらため息をつき、「俺が夜中まで帰んなかったらどうすんだよ」と聞くと、迷いなく「そしたら、宇髄の屋敷に行く」と言う。
    それを聞いた途端、なぜか俺は妙にイライラして、「てめェは、誰でもいいのかよ」
    と噛み付いた。
    すると冨岡はポカンと口を開けてから、「でも、お前が行くところで知ってるのはそこくらいなんだ」と困った顔をした。
    その言葉に俺は途端に胸がぎゅうと掴まれたようになり、目を逸らすとかろうじて「ああ…」と答えた。

    俺は不覚にも今、こいつをものすごく可愛いと思ってしまった。

    冨岡のくせに!と動揺した俺は、手を滑らせてヤカンに触れてしまい「あちっ!」と叫ぶ。土間からの上り框に座っていた冨岡が「大丈夫か?!」と慌てて飛んで来ると、すぐにそばにあった金ダライに水を張り、俺の手を掴んで中に突っ込んだ。冷たい水の中で、冨岡の手が俺の指をすりすりと触って検分しながら「大丈夫そうだな、水膨れにもなってない」と独り言を言うように呟く。
    自分の心臓のドクンドクンという音が耳に響くようだった。真横に立つ冨岡のうつむいた目は俺より少しだけ低いところにあり、俺から見ると長く濃い黒いまつ毛ばかりが見える。小さな口が少しだけ緩んで開いているのがやたらと色っぽく、つい目を離せなくなった。
    「お前はしっかりしているようで案外慌て者なんだな」
    水から上げた手を手拭いで拭きながら冨岡がおかしそうに俺を見たから、慌てて視線を水の中の自分の指に移す。
    「うるせェ」
    いつもつく悪態に全く勢いがなく、冨岡がまた可笑しそうに笑った。

    その日、俺は嫌でも自分の気持ちに気づいてしまった。俺が咄嗟に宇髄に対して感じたのは明らかに嫉妬だ。冨岡を独り占めしたい。自分がここしばらく冨岡に感じていたのが恋心だったと嫌でも思い知らされ、夜に一人で枕に突っ伏して唸る。
    しかし、だったらどうすればいい?俺はこういう事にはとことん疎かった。本当は優しく甘い言葉でも言って口説けばいいんだろうが、俺はいつも冨岡に対してあんな態度だし、そもそも相手があの冨岡だ。俺がとち狂ったような口説き文句を口にしたとして、あの蒼い凪いだ目で見られながら
    「お前はさっきから何を言っているんだ?」
    とでも言われるのを想像したら、はっきり言って死にたくなった。
    好いた相手を口説こうとするから難しいのかもしれない。冨岡は猫だ。冷たくしてみたと思えば急に懐こく優しくしてみたり色んな態度で人を翻弄し、ふらりとやってきて自分の思うままに振る舞う、まさに猫だ。行動が読めない猫は面白くて好きだ。そして動物を手懐けることなら、自信がなくもない。

    まず手始めに気を引くための猫じゃらしが必要か。
    俺は早速街に行き、将棋盤を買ってきた。前に宇髄と三人で飲んだ時に、趣味はなんだと宇髄に聞かれた冨岡が詰将棋だと答えていた記憶がある。
    いつものように裏木戸からやってきた冨岡は、俺が縁側に出しておいた将棋盤を見て目を輝かせた。
    「不死川、あれどうしたんだ」
    洗濯物を干す俺のそばに来て、まるで振られる猫じゃらしに目を輝かせる猫のように将棋盤を指差す。案の定食いついたと満足し、「ああ、なんとなく暇つぶしに買ったァ。使いたいんなら使え」とさりげなさを装いながら洗濯物をバタバタと振り皺を伸ばす。
    「ありがとう、俺は将棋が好きなんだ。洗濯が終わったら相手をしてくれないか」冨岡はまるで喉を鳴らす猫のように機嫌よく縁側に座って、ぴかぴかに光る将棋盤を愛おしげに撫でた。
    「別にいいけどォ」
    俺は作戦の成功にホッとし、ニヤけないようにするのに必死だった。

    それ以来、冨岡はうちに来ると俺と対戦をしたり、俺が何か家事をしているときは一人で大人しく詰将棋をしていた。
    俺が横を通ると「うちでやるより楽しい」と無邪気に俺を見上げる顔が可愛くてたまらない。
    「ふうん、そんなもんか」と言いながら、想像以上に効果を発揮した猫じゃらしに俺は心底満足した。
    将棋盤を買ってから前よりも来る頻度が上がった気がする。夏の暑い盛りでも、冨岡はめげずにやってきた。手土産も菓子に変わり水菓子だったり鰻のかば焼きだったりと冨岡なりに色々と考えてくれているらしいのが嬉しかった。
    時には自慢げに「不死川、見てくれ!」と竹で出来た虫かごを手にやってきた。覗き込めばそこに鎮座するのは立派なカブトムシ。「すげェ!」思わず子供の頃みたいに興奮してしまい、恥ずかしくなって慌てて咳払いをした。
    「うちの裏山には沢山いるんだ」冨岡は嬉しそうに俺の手に乗せた虫かごを覗き込んだ。虫かごの向こうとこっちで目が合って、互いに思わず目を逸らす。俺はこのときめきに満ちた平穏な毎日が幸せでたまらなかった。冨岡が遊びに来ない生活なんて、もう考えられない。つくづく、人生なんて何が起きるか分からないものだ。

    次に必要なのは、餌付けだ。新聞を読む俺の隣で詰将棋をする冨岡にさりげなく「なぁ、お前の好物って何なんだ」と聞いてみた。冨岡は「ん?なんでだ?」と顔を上げた。「いや、最近同じ物ばっかり食ってるからたまには違う物食いてェなって」とごまかすと、冨岡は「鮭大根」と嬉しそうに言い、「もし不死川が作ったら、俺も頂きたい」と期待のこもった目で俺を見る。思わず計画がうまく運んだことに頭の中の俺がニヤリと笑う。「仕方ねェなァ」俺が言うと、冨岡は嬉しそうに笑ってまた将棋盤に目を落とした。
    鬼には稀血だが、猫にはまたたびだ。
    俺はその日から自分で納得いくものが出来るようになるまで鮭大根を何度か作った。 

    ある日またふらりとうちに寄った冨岡に、「偶然だなァ、今日鮭大根作るつもりだった」と言えば冨岡は「え!」と目を宝石のようにキラキラとさせた。
    「食っていくか?」と聞けば、「ありがとう」と喉を鳴らす猫のように嬉しそうに目を細める。これで本当の猫みたいに体を擦り寄せてくれたりしたらなぁとつい不埒なことを考えてしまう。冨岡の体が自分に触れる事を考えただけで、背中がゾクゾクした。
    またたびは想像以上に効いたようで、食べ終わった後冨岡は「腹いっぱいだ。美味かった、不死川は何でもできるんだな」と心底満足そうに微笑み、茶を飲む。こんなくつろいだ表情をする冨岡を伊黒に見せてやりたかった。俺には可愛いが、あいつなら見慣れないこの姿を気味悪がるかもしれないと思うとおかしくなってつい笑いがこぼれる。
    「どうした?」冨岡が不思議そうに聞くから首を振る。「いや。お前、面白ェなって」俺が笑顔を向けると、冨岡は恥ずかしそうに下を向いて「すまない、はしゃぎすぎたか」と頬を染める。愛おしくてたまらず、抱きしめたいのを必死で堪えた。やっぱり誰にも見せたくない。冨岡が俺だけに見せる顔。
    「また食いに来い」重に残りの鮭大根を詰めてやり、帰る冨岡に持たせる。それを手に冨岡は嬉しそうに「土産まで。不死川の家は天国だな」と笑った。
    「縁起でもねェ事言うな、まだまだくたばんじゃねェぞ」と笑って言う俺に、冨岡はびっくりした顔をしたあと、ふわりと頬を緩めた。
    「優しい事言ってくれるんだな。お前にそんなこと言われるなんて嘘みたいだ」
    思わず込み上げる感情を堪えるようにギュッと拳を握る。さっきからずっと胸がときめきすぎて苦しい。
    「じゃあ、またな」大事そうに重を胸に抱いて秋の爽やかな風に吹かれながら帰っていくあいつの背中を見ていたら、胸の中に火がついたように熱くなった。もう、自分の中に秘めておけないくらいにあいつを愛しいと思うようになってしまった。

    胃袋も掴んだところで、次に用意するのは居心地のいい寝床だな、考える。もう俺の気持ちは煮詰まっている。
    しかし、寝床か…。
    そんな事には全く慣れていない俺が冨岡をそこに誘い込むのは、当たり前だが今までで一番の難題だ。将棋盤や鮭大根で誘い込むわけにもいかないしな、と苦笑いしながら庭で布団を干していたら、例によって冨岡がふらりと遊びに来た。しばらく長雨が続いていたせいもあるのか、来るのは久しぶりだ。
    「見事な秋晴れで気持ちがいいな」
    冨岡はもうまるで我が家のように縁側に座って、物干し竿にかかった布団を整える俺を見ていた。
    「ああ、久しぶりだなァ」
    「うん、ここのところ忙しくしていたんだ」
    布団叩きを手に縁側に向かうと、冨岡が自然に俺からその布団叩きを受け取り、いつも俺がしまう場所に手際よく片付けた。そんな小さなことがやたらと嬉しい。
    「忙しく?」
    「ああ、その成果を見てくれ」
    冨岡は持って来た風呂敷包みを座卓に置いて風呂敷を広げる。
    俺がこの間鮭大根を詰めてやったその重には、びっしりとおはぎが入っていた。顔を上げて冨岡を見ると、得意げに「作ったんだ。鮭大根の礼に」と笑う。
    「お前が?」感動のあまり俺が言葉を失ったままおはぎと冨岡を交互に見ていると、冨岡は自分で厨に向かい、二人分の皿を持ってきた。料理は苦手だと言っていたのに。
    「食べてみてくれ」
    期待の目で冨岡が俺を見つめる中、手を伸ばしてそのおはぎを掴み、口に含む。
    「あ!うめェ」
    俺がそう言って笑うと、冨岡は心底ホッとしたように胸を撫で下ろした。
    「良かった。何度も作って味見しているうちに、何が正解か分からなくなっていって」冨岡はそう言って可笑しそうに笑った。
    「止まらねェ、もう一個ォ」俺が手を伸ばすのを見て、冨岡は頬を赤らめながら「どんどん食べてくれ」と重を俺の方に寄せた。

    何度もつくっているうちに…そんな事を言われたら、いくら物事に懐疑的な俺だって期待してしまう。俺が鮭大根を浴びるほど食べる羽目になったように、会わない間、お前もおはぎをしょっちゅう食べていたのか?もしかしたら、お前も俺と同じ気持ちでいてくれるのではと思うのは自惚れすぎか。

    二人で向かい合って将棋を打ちながら、真剣に次の手を考える冨岡を盗み見る。綺麗な顔だなと悦に入っていて、ふと干した布団をしまい忘れていたことに気付いた。風がひんやりとするようになってきた今、昼を過ぎたらすぐ風が湿り気を帯びる。
    「あぶねェ、せっかく干したのにまた湿らせちまうとこだった」と立ち上がり、慌てて下駄をつっかけて庭から掛け布団を持ってくると、「任せろ」と縁側に出てきた冨岡が受け取ってくれた。俺がもう一度物干しに戻って敷布団も取り込み、家に上がると冨岡はすでにそこにいない。
    「これ、お前の部屋に持って行けばいいんだろう?」という声が奥から聞こえたから「ああ、悪ィ」と言いながら俺も寝室に向かう。
    寝室に行くと、冨岡はニコニコとしながら「すごくふかふかだ。これで寝たら気持ちよさそうだぞ」と胸に抱いた布団の向こうから細めた目だけ見せて笑う。胸がきゅうとなって、思わず自分の持っていた敷布団をその場にバサリと落とすと、冨岡から布団を受け取り、敷布団の上に置く。不思議そうにそれを見ていた冨岡に向かい合って、手をそっと取った。
    「じゃあ、一緒に使わねェ?この布団」
    途端に冨岡の顔が、火がついたように赤くなった。「…え?」声が少し震えている。俺の心臓は早鐘みたいに鼓動を打っていた。
    「気持ちよさそうって言っただろォ」
    俺が言うと、冨岡は口をパクパクとした後恥ずかしそうにうつむいて「あ…でも、でもこんな急に」と囁くような声で言った。
    俺は思わず小さく吹き出す。
    「急じゃねェよ、俺がどれだけ時間かけたと思ってやがる」
    「え?」冨岡が混乱した顔をして俺を見上げた。
    「いやか?俺、お前が好きだ」
    冨岡は途端に切なげな目をした。
    「こんなの、嘘みたいだ」
    「それ、いやじゃねェって事?」
    俺が顔を覗き込むと、冨岡は何度も頷く。
    「好きだ、不死川」
    冨岡が俺を見上げる必死な蒼い目に胸が鷲掴みにされた。
    「俺、お前と寝たい」
    そう言って冨岡を抱きしめてみると、冨岡が「うん、俺もだよ」と小さな声で囁いて俺の体に腕を回して抱き返してくれた。ずっと見ているだけだった冨岡の体に触れられたことに、想像以上に胸がときめく。
    冨岡が遠慮がちに俺の肩に頬を寄せるようにして甘えるから、余計に愛おしさが増した。俺の鼻先には冨岡の綺麗な首筋。冨岡の匂いが甘く感じる。俺がすうっと息を吸うと、その体が小さく跳ねた。
    「お前いい匂いする」
    俺が言うと冨岡が「え?あ、おはぎかな」と言うから思わず声を上げて笑った。
    「違ェよ。お前、昔どこに隠してた、そんな可愛いとこ」
    俺は冨岡の頬にそっと手を添え、顔を近付けた。冨岡が恥ずかしそうに瞼を閉じると、前に隣で見た厚く美しいまつ毛が、俺のためにぱたりと伏せられる。その事に感動しながら、俺は長いこと憧れ続けた冨岡の唇に口づけをした。
    ずっと欲しくてたまらなかった物を、予期せずふいに贈られたときのような、どうしていいかわからない気恥ずかしさと興奮。
    唇が離れると、冨岡はまるで蕩けたような目をしていた。
    まだ陽の温もりの残るふかふかな布団に冨岡の体を横たえ、まるで病みつきになりそうに気持ちがいいその口づけを続けると、冨岡が目を閉じたまま俺の手を探してぎゅっと指を絡める。こうしたかったのは俺だけじゃないんだと思ったら、幸せでたまらなかった。
    その日は夕飯を食べるのも忘れてずっと冨岡と愛し合った。
    夢が叶う事が本当にあるんだと、信じられない思いで何度も腕の中の冨岡を抱きしめる。まるで猫みたいに掴みどころがなかった冨岡を、俺はやっとつかまえた。何度も夢に見た俺の腕枕に甘える冨岡のその姿は、ずっと憧れた通り体を擦り寄せる猫そのものだ。ものすごく色っぽく、そして可愛かった。

    翌朝、そっと寝床を出ようとした冨岡の腕をつかまえて布団に戻し、背中から抱きしめる。
    「どこ行くんだよ」俺が言うと「顔を洗いに行こうとしただけだ」と可笑しそうに笑う。
    「いやだ。ここにいろォ」
    俺がぎゅっと腕に力を入れて言うと、冨岡が後ろを振り向いて眉を下げた。
    「もしかして甘えてるのか?」
    「うるせェ」
    俺が冨岡の背中に顔を隠すと冨岡は後ろに手を回し、優しく俺の髪を撫でた。
    「不死川はほんとに猫みたいだな」
    その言葉に驚いて「え?」と言うと、冨岡は自分の腰に回った俺の腕を上から押さえ、「俺はずっとお前に懐いて欲しくて通ってたんだ。前はしょっちゅう毛を逆立てて俺に怒っていただろう?」
    「…」
    「でも、だんだん優しくしてくれるようになった」
    そう言いながら、冨岡は嬉しそうに俺の手を取りギュッと握る。
    「あまりしょっちゅうベタベタと関わると嫌がられるかなと思って。いついつ遊びに行くと言ってお前を縛るのも良くないと思った」
    冨岡はそう言ってから困ったように笑った。
    「でも会いたくて結局足繁く通ってしまったが」
    思わず吹き出す。まさかこんな長い間ずっと相思いだったとは思いもよらず、俺はなんとかしてこいつを落とそうと奔走していたわけだ。
    「じゃ、もしかしてあのおはぎは、またたびがわりかァ」
    身に覚えのある行動に苦笑いすると、冨岡は「ああ、猫にまたたび、不死川にはおはぎだと思って」と笑って体を返し、俺の首に腕を回した。
    「猫扱いしてごめん。鬼殺隊にいた頃からずっと好きだった。お前に振り向いて欲しかったんだ」
    恥ずかしそうに頬を染めて言う冨岡を見て、思わずため息をつく。あの態度でか?
    「猫ってのはやっぱり何考えてるかわかんねェ」
    俺が言うと、冨岡が不思議そうに俺を見た。
    「どの猫だ?」
    「いや、こっちの話ィ。じゃあなにか?お前が俺をずっとじゃらして気ィ引いてたわけか」
    俺が冨岡の腰を引き寄せて言うと、冨岡は「そうだ。カブトムシだって気に入ってくれただろう」とニコニコ笑う。「前に宇髄の屋敷で一緒に飲んだ時、お前が子供の頃よく獲ったと言うから」
    得意げな冨岡が可笑しくて思わず笑ってしまう。お前は手練手管で俺を落としたつもりなのか。俺は自分がお前を落としたつもりなのに。
    そう思った瞬間、俺をうっとりと愛おしげに見つめるその綺麗な目と視線が合い、思わずその美しさに見惚れる。

    お前みたいないい男が、そんな目で俺を見つめるくらい俺を好いて望んでくれているのか。

    そう思ったらたまらなくいい気分になり、負けるのも悪くないと生まれて初めて思えた。こんな男に想われて籠絡されるなんて、誉れでしかない。
    初めて見る冨岡のこの熱い視線や俺に甘える姿に、俺は酔った。
    ここは俺がこいつの術中に嵌ったことにしておこう。俺は酔ったままの頭でぼんやりと考えた。
    人に勝ちを譲るのは初めてだ。最高の気分だった。
    「してやられたァ」
    俺はそう言うと、満足そうな冨岡を組み敷き、じゃれる猫よろしく冨岡の背筋を撫で上げながらその白い首元に噛み付いた。こいつにだけは負けたくないと牙をむくように手合わせしていた日々が嘘のようだ。

    冨岡は俺の愛撫に途端に余裕を無くした顔をして背中を柔らかく反らし、猫のような甘い声で小さく鳴く。例えようもないほど艶っぽい姿を目にした俺は、その美しいまたたびに酔って、一晩中夢を見るように冨岡を抱いた。





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