誰に似たのかとある日の夕方。
「ブラッド! チビがいねえ」
「は?」
出迎えたネロの第一声に、任務から戻ってきたブラッドリーは眉間にシワを寄せた。
「その辺に居るんじゃねえか」
「気配が辿れないんだ」
「……」
即座にブラッドリーの周りの空気が張り詰める。
精霊達がピリついているのがネロにも伝わった。
「居ねえな」
「ちょっと目を離した隙に……悪い、俺がちゃんと見てなかったから」
「とにかく、探すのが先だ」
《アドノポテンスム》
ブラッドリーは箒の上に立ち、そのまま上空へと浮き上がる。まだ幼いとはいえ魔法使いだ。更にブラッドリーとネロの子だと知れたら狙われる可能性は大いにある。だからこそ人目につかない北と東の国境を隔てる山の麓に家を建てたのだが、それでも可能性はゼロではない。
「面倒なことになってないといいがな……」
探知の魔法は本来ネロの方が得意なのだが、チビの探索にかけてはどうも上手くいかないらしい。もしかすると、チビが一枚上手なのかもしれない。誰に似たのか元気が良すぎるのだ。
「……」
精霊に命じて所在を探させる。少しして、ようやくそれらしき反応を掴んだ。
「ネロ」
「っ、居たか?」
「てめえは飯作って待ってろ」
「俺も行く」
「……ブチ切れんじゃねえぞ」
「約束はできねえな」
言いながらネロも即座に箒を取り出し隣に並ぶ。あまり良いとは言えない顔色にブラッドリーは舌打ちする。
「頼むぜ、相棒」
「分かってる」
***
ブラッドリーが向かった先を見て、ネロは驚愕した。
「え、なんで」
「知るかよ」
ほらとっとと行くぞ、とネロの首根っこを掴んで見慣れた景色をずんずんと歩く。本来ここには強い結界があり誰も入れやしないはずなのだが、恐らく『呼ばれて』いる。
「ったくなんだってこんな所に……」
「こんな所で悪かったな」
ブラッドリーのボヤきに被せるように、不機嫌な声が飛んできた。ネロは思わず肩をすくめる。
「どうやら君たちは親としての自覚が足りないようだ」
眉間に深くシワを刻んだ、全身黒ずくめの陰気な男は眼鏡越しに呆れた視線をネロに投げかけた。
「ごめんよ、先生」
「このくらい言ってもバチは当たらないだろう」
久しぶりの再会がこんな形になろうとはね、とファウストは苦笑する。
「チビはどうしてる」
「ぐっすり眠ってるよ。軽く擦り傷があったが治癒魔法を施してあるから心配ない」
どうやら嵐の谷へ向かう途中、森の中で子猫を抱いて傷だらけになっていた所をファウストが発見し保護したようだ。
「本当に助かったよ。ありがとう」
「それにしても、彼は中々の切れ者だね」
保護するのに手こずったと聞いて、ネロはため息混じりに呟いた。
「悪知恵だけは上手いんだ」
「誰に似たんだか」
二人の視線がブラッドリーに注がれる。
「うるせえな」
息子が自分に似るのは素直に喜ばしいのだが、今はあまり良い意味ではない事に複雑な心境だ。
「とはいえ野生の狼に狙われた子猫を助けるなんて、中々出来やしないよ」
「へえ、立派なじゃねえか」
「大事な仲間だって離さなかったよ」
「……」
ネロとブラッドリーは思わず顔を見合わせた。
***
ファウストに礼を言って、三人と一匹は帰路へと着いた。ぐっすり寝こけている息子をベッドへと寝かせ、懐いている様子の子猫へも守護の魔法をかけてそばにいさせる事にした。
「すっかり遅くなっちまったな」
「全くだ」
「急いで飯作るよ」
「ネロ」
寝室を出てキッチンに立つネロの名を呼ぶと同時に後ろから抱きしめる。肩口に頭を埋められ、ネロはその温もりを噛み締めた。
「……ありがとう、ブラッド」
「おう」
「任務もお疲れ様」
「おう」
「……おかえり」
「ただいま」
やっぱダメだ、と声が聞こえて何事かと思えば首筋へ温かい感触が伝わる。
「なっ……!おい」
「腹も減ったがてめえが先だ」
「なんだそれ」
チビが起きるぞ、と制しても構わないさと強引に抱きしめる力が強まった。こういう時は言っても聞かない事をネロはよく知っている。
「……ったく、しょうがねえな」
それじゃあ、とネロが身を委ねかけた時。
「はらへった!めし!」
勢いよくドアが開くと同時に聞こえたその声に、二人で固まった後に吹き出した。
「よお、チビ。元気だな」
「ブラッド、おかえり!」
「おう」
どうやら今夜は長くなりそうだ。ネロは笑ってエプロンのリボンを締め直したのだった。