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    ⚙🎀→🧹(ベッターにも載せてるけどこの話が一番気に入ってます)

    キミはローダンセのような人【1】
    「ネェマルク、ボクと簡単なゲームをしヨウ。キミは面白いコト、好きデショ?ルールはとっても簡単!勝った方が負けた方に一つだけ命令ができる。どう?面白そうだと思わナイ?」
    「…全然思わない」

    トパーズのような瞳を爛々と輝かしてマホロアがマルクを朗らかに誘う。
    マルクは不快と不審の感情を隠そうともせず、大きなため息をついた。
    マホロアの提案なんてどうせろくでもないことに決まっている。

    「キミに拒否権なんて無いヨ!じゃあ早速何して遊ぼうカナァ!あっこんなところにトランプがあるネェ。ポーカーでもやる?それともブラックジャックがイイ?」

    ポーカーかブラックジャックかどっちか選べ、と命令されているようで不快だ。
    マルクの眉間に小さく皺が寄る。
    そんなマルクの様子なんて露知らず、マホロアはシャッシャッと音を立てながらトランプを切っている。
    器用に手元など見ず、真っ直ぐ見つめているのはマルクだけ。
    トパーズに似た瞳が”早く選べ”と脅しているように感じた。

    「じゃあポーカーが良いのサ」
    「分かっタ」

    マホロアは素早くトランプを5枚マルクに配り渡した。
    自分の手札を一瞥するとニコリと微笑んだ。

    「フルハウスダヨォ、マルクは?」
    「え…」

    そんなうまい話があるものか。
    マルクは自分の手札を見つめる。
    スペードの3、ダイヤの3、ダイヤの7、クローバーのジャック、ハートのクィーン…ワンペアだ。
    しかもかなり弱い。

    「ドローするのサ」

    マルクはぷくりと両頬を膨らませてダイヤの7を場に戻し、一枚カードを引いた。
    ダイヤのキングだった。

    「もう一回」

    今度はクローバーのジャックを場に戻す。
    引いたカードはハートの6。

    「…っ、もう一回なのサ!」

    悔しいのか上手くいかない苛立ちからなのか、マルクの顔が少し赤くなる。
    マルクの表情を見るだけで強いカードを引けたのか、弱いカードを引いてしまったのか容易に予想できてしまい、マホロアはクスクスと声を抑えながら微笑った。
    結局、マルクは持てるターン全てを使ってカードを取り換え続けた。
    手元に残ったのはスペードの3、ダイヤの3、ハートの7、ハートの10、ハートのクィーンだった。
    惨敗だ。

    「クックク…マルクは弱いネェ。じゃあ今日はボクの勝ちというコトで、アフォガードでも一緒に飲みニ行こうか?勿論、マルクの奢りデネ!」
    「うぐぐ…明日は負けないのサ!」
    「…良いヨォ?明日もボクが勝つと思うケド」
    「明日こそボクが勝って、オマエにボクのいうこと聞かせてやるのサ!」

    とても自然な流れで明日もマホロアと会う約束を取り付けるマルク。
    マホロアは勿論断るわけでもなく、挑発的に微笑み快諾する。
    明日もマルクと逢える、と喜びを噛みしめながら、足取り軽くカフェへと向かう。
    マホロアは明日はどんなゲームをしようか考えていたせいで、アフォガードの味があまり記憶に残らなかった。

    「今日もボクが勝ったネェ」
    「う、嘘なのサ…」

    昨日負けたことがよほど悔しかったのか、マルクはマホロアが別のゲームの提案をしたにも関わらず、今日もポーカーを選んだ。
    マホロアはジャックのフォーカード、マルクは2と8のツーペアだった。
    またもや惨敗。
    顔を悔しさで青くさせるマルクに対して、朗らかにマホロアは呟いた。

    「じゃあ、今日もボクのお願い聞いてくれるヨネ?今日は…一緒に手を繋いで帰ろうカ」
    「は?」
    「勝った方のお願い何でも聞くって約束したデショー?」

    心底意味が分からないって訝しげな表情を見せるマルクに構わず、マホロアは微笑みながらマルクの片手に指を這わせる。
    そのまま普通に手を繋ぐのかと思いきや、指を絡ませて握りしめる。
    所謂恋人繋ぎという手の繋ぎ方。

    「は?えっ、何してるのサ!恥ずかしい…誰かに見られたら…!」
    「エェー?負けた方は勝った方の願いはなんでも聞くってルールデショ?今更ギャーギャー文句言わないノー」

    マホロアはわざと人気のある方へ向かっている気がする。
    人とすれ違う度に注目されていないか不安になり、顔に熱が集まる。
    もし、この状態をカービィやタランザに見られたら?
    …グリルに見られたらなんて言われるのだろう。
    どうかグリルに会いませんように、とマルクは内心強く願った。

    「あれ、マルクとマホロアだ。どこか行くの?」
    「!!」

    胸中の相手の声が後方から聞こえ、驚いて声にならない悲鳴をあげてしまう。
    すぐさま握られた片手を離そうとしたが、逆に強い力で握り込まれ引き寄せられる。
    マルクは恐る恐るマホロアの顔を見やると、マホロアは意地の悪い顔で笑っていた。

    「ヤァ、グリル。ボク達はただの散歩ダヨォ?グリルこそ何処か行くところナノ?」
    「あ、これから○○と会うところなんだぁ!なんか記念日だからどうしても会いたいって言われちゃって」

    マルクはグリルの言葉を聞いた途端、グシャリと胸が潰れたような音と痛みに襲われた。
    そういえば、最近グリルに彼女ができたってタランザが言っていたっけ。
    くるくる綺麗にカールされた金髪が綺麗な、可愛らしい西洋の人形のような少女。
    顔が整っているグリルと並んでも見劣りしないと噂される美人な少女。
    マルクが欲しかった物を、居場所を、時間を簡単に横から手に入れた少女。
    マルクは俯き唇を強く噛み締める。
    そうでもしないと、何かがこぼれ落ちてしまいそうになる。

    「…マルク?どうしたの?」
    「…え?何が?」
    「なんか顔色悪いよ?何処か具合悪いんじゃない?大丈夫?」

    グリルが心配してマルクのおでこに手で触れようとしたので、マルクはビクッと体を震わせて後ずさる。
    マホロアに握られている手の平が手汗をたくさんかいて湿っていた。

    「…っ、平気なのサ!それより行かなくて良いの?」
    「あっ、そうだね」

    グリルは今度遊ぼうね、と笑顔でマルクに手を振って足早に去って行った。
    片手にはセンスの良い小さな紙袋を携えて…彼女へのプレゼントだろうか?
    羨ましい…と内心思った。

    「キミはグリルのコトが好きなんだネ」
    「…え?」

    俯くマルクの頭上からマホロアの静かな声が降ってきた。
    ぼんやり考え込んでいたマルクはマホロアの言葉があまり頭に入らず、反応が遅れてしまう。
    その様子にマホロアは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

    「今までずっとグリルの一番は自分だって思ってたんデショ。それをあんなぽっと出の女に全てを奪われて悲しいんデショ。分かりやすいナァ、マルクは」
    「ち、違う…!」
    「何にも違わないと思うケド。キミの顔見てれば誰だって分かるサ。アイツは鈍感だカラ気付いて無さそうだけどネ、良かったネ」
    「マホロア、違う」

    御丁寧に教えてあげてるのに頑なに否定するマルクに、内心ため息を吐く。
    大好きなグリルを悪者にしたくないって、か。
    明日の”お願い”を思いついた。
    明日もきっとマホロアが勝つだろうから。


    【2】
     何となく昨日の出来事を引きずっているのか、マルクはしょぼんと元気がない。
    マホロアは気にせず笑顔でトランプを切っている。

    「今日は何をしようカ?」
    「…今日もやるのサ?」
    「昨日、明日こそ勝つって言ったのはマルクデショー?自分の言ったことくらいちゃんと覚えてなヨォ。あ、今日は大富豪でイイ?」

    二人でやるにはトランプのカードが多すぎる気がしたが、ポーカーで勝てないマルクを配慮したのだろう、マホロアは手際良くカードを分けていく。
    やたら量の多いカードを不器用に広げて両手で持つマルクに、マホロアは可笑しさと愛しさが込み上げる。

    「ククッマルクってば手小さいクセに、頑張って全部持とうとして偉いネー、かわいいネ」
    「う、煩いのサ!」

    揶揄うと頬を赤らめて反論してきた。
    漸く元気が出てきたようだ。
    …まぁ、本心を伝えたのだけど。

    「勝った…!ボクの勝ちなのサ!」
    「…うわ、負けターー。今日のマルクなんか強くナイ?」

    結果は今回はマルクの勝利で幕を閉じた。
    相変わらずカード運が悪かったマルクだが、途中で革命を起こして勝ったのだ。
    マホロアは心底残念そうに催促した。

    「ホラ、約束。しょうがないからお願い聞いてあげるヨォ。何が良いノ?」
    「…ボクを…して」
    「チョットォ、聞こえないんだけどォ?」
    「ボクを元気にして。喜ばせて、欲しいのサ」

    やはりマルクは昨日のグリルのことを気にしていたようだ。
    ボクとのゲームの間もグリルのこと考えてたの?と思うと腹が立ってくるが、過ぎたことはしょうがない。
    マホロアは椅子から立ち上がり、向かいに座っているマルクに近づく。
    不思議そうにしているマルクを他所に、静かにマルクの唇に口付けた。
    唇は一瞬で離れる。

    「…どう?元気にナッタ?」
    「何するのサ!」
    「あっ良かったネェ、元気になったネェ」

    顔を真っ赤にさせて怒るマルクにケラケラ笑いが止まらないマホロア。
    表面上笑っていても、内心は悔しくて悔しくて堪らなかった。
    キスの相手がグリルだったら、マルクは笑っていただろうか。
    キスの相手がグリルだったら、自分から口付けようとしたのだろうか。
    腑が煮えくり返って吐き気を催す。
    真っ赤になって怒るマルクに胸を殴られながら、マホロアは朗らかに笑いつつも心の中で少しだけ泣いた。


    【3】
     先日勝ったのが余程嬉しかったのか、マルクは今日も大富豪をしたい、と要求した。
    そんな幼子じみたマルクの姿に、微笑みつつハイハイ、と快諾する。
    ボクも甘い奴だなぁ…とマホロアは内心思う。
    マホロアは手際良くカードを分け終え、自分の手札に目を通す。
    ジョーカーが二枚手札に入っていた。
    悪いけど、今日は勝たせてもらうネ。
    実は先日の大富豪はあえて手を抜いてマルクに勝利を与えてやった。
    余りにもマルクの顔が沈んでいて、しかもその原因があのグリルで、グリルのせいで表情やテンションを崩すマルクを見るのが不快だったから。
    先行はマホロア、スペードとクローバーの4を出した。

    「…あと一枚でボクの勝ちダヨォ?今日は調子悪いのカナァ?」
    「むぅ…」

    楽しそうに煽ってやると、悔しそうに可愛らしく両頬を膨らませながらくぐもった声を出すマルク。
    因みにマホロアが持っているのはハートの1。
    下手なことがない限り、負けることはないだろう。
    逆にマルクはまだカードを6枚手にしていた。

    「ボクは優しいカラネ、キミに考える猶予をあげるヨ。チョット喉乾いたからコーヒー買ってクル。マルクは何飲みたい?ココアで良い?」
    「…イチゴミルクが良いのサ」
    「ハーイ」

    立ち上がるマホロアには目もくれず、自分の手札を睨みつけながらムスッとお願いするマルク。
    しかしちゃんとマホロアの話を聞いており、ココアではなくイチゴミルクを要求してくる様が面白くて堪らない。
    かわいいから特別にタピオカも入れてあげよう。
     足取り軽やかに両手にアイスコーヒーとタピオカ入りのイチゴミルクを持ったマホロアがマルクの座っていた席に戻ると、マルクは何やら楽しそうに誰かと喋っている。
    しかしここからだと角度的に相手が誰なのか見えず分からない。
    更に近付いて見てみると、マルクが喋っている相手は、グリルだった。
    …大方予想はついていたけど。

    「…へぇ〜、マルク面白いじゃんそれ!王様ゲームみたいじゃない?今度僕とタランザも混ざりたいなぁ」
    「ボク一回マホロアに勝ったのサ!すごいだろ?」
    「マホロアそういうの強そうだもんね。体の調子でも悪かったのかな?」
    「グリルまで酷いのサ!ボクはボクの実力で勝ったのサ!」
    「あはは偉い、偉い」

    グリルは笑いながら綺麗な手でマルクの頭を優しく撫でる。
    グリルの優しい手付きに顔を綻ばせながらほんの少しだけ頬を赤らめるマルク。
    やめロ、触るな。
    マホロアは両手に持つコーヒーとイチゴミルクの入ったプラスチックの容器を、グシャリと凹ませていた。
    中身が少しだけ溢れ、マホロアの手を伝い、床に小さな水溜りを作る。

    「今からでも遅くないのサ。マホロア多分もうすぐ帰ってくるし、一緒に遊んでちょーよ」
    「いいよ、じゃあ僕も何か買ってこようかな」

    マルクから離れ、こちらの方向へ歩いてくるグリルに、思わず壁に体を寄せて身を隠す。
    グリルは気付かず通り過ぎた。

    「…マルク、待たせてゴメンネ。また僕カラだっけ?はい、今日もボクの勝ちダネ」
    「おっそいのサ!しかも、また負けたぁぁ!」

    マホロアが飲み物を買ってから戻るのにかかった時間は12分。
    でもマホロアにとってはグリルとマルクが話している時間は永遠のように感じていた。

    「今日のお願いはネ、今からボクと一緒にローアに帰ル」
    「え、さっきグリル居たから誘ったら一緒にこのゲームしたいって言ってたのサ。今、飲み物買ってるところだからもう少しで来ると思う、待ってちょーよ」
    「…っ、良いカラ、帰るノ!ボクの言うこと何でも聞くってルールデショ?ルールちゃんと守ってヨ!」

    マルクに買ったイチゴミルクを持たせて、逆の手を引っ張るようにその場から連れ出す。
    アイツの、グリルの何処が良いんだ。
    きっと今だって、彼女との用事が無いからマルクに近付いたに過ぎないのに。
    グリルはマルクのこと好きじゃないのに。
    ボクの方がマルクのこと好きなのに!

    「痛い、マホロア、爪食い込んでる、ちょっと離して、ねぇ」

    アイスコーヒーを持った手に力が篭り、中身を半分以上溢していた。
    ポタリポタリと不規則に溢れて床に染みを作るそれは誰かの涙のようだった。
    マルクが後ろから何か喚いているが、聞こえない。
     ローアに着いた頃には中身がほとんど無くなり、コップは原型を留めていなかった。
    このままマルクを帰したらきっとグリルのところへ行ってしまうと思ったから、ローアでコーヒーを淹れ直して一緒に飲んだ。
    マルクの左手の甲に爪の食い込んだ痕があり、所々血が出ていた。

     
    【4】
    「…今日は何をしようカ?」
    「マホロアのしたいゲームで良いよ」
    「じゃあポーカーが良イ」
    「…分かった」

    今日のマルクは心なしか元気がない。
    先日のグリルのことを気にしているのか?
    昨日あんなに嬉しそうに喋っていたのに。
    グリルと一緒にいる時はあんなに嬉しそうな笑顔を見せていたくせに、マホロアを前にした今は眉を寄せて口元を真っ直ぐに引き結んでいる。
    マホロアは手際良く5枚カードを配り終えると、手札をそのまま場に出した。

    「フォーカードダヨ」
    「…ツーペア」
    「ボクの勝ちダネ」

    マルクはチラリとマホロアの顔を一瞥した。
    すぐに視線を彷徨わせ、再び手札に視線を落とす。
    そんなにボクと一緒にいるのが楽しくないのか。
    マホロアはこっそり奥歯を噛み締めた。

    「マホロアの勝ち…だから、お願い事聞いてやるのサ。何が良いの?」
    「うーん、じゃあ…」

    その時、視界の隅に話しながら歩いてくるグリルとタランザの姿を捉えた。
    マルクはすぐに気付き、グリル、と小さく呟く。
    ついさっきまで暗く沈んでいたくせに、グリルを見た途端これか、とマホロアは胸の中で吐き捨てた。
    悔しい、悔しい。
    胸がギュッと何者かに鷲掴みされたかのように激しく痛み、耳鳴りがする。
    お願いなんてもう既に決まっている。

    「今ココでボクにキスしロ」

    マルクは綻ばせていた顔をサァっと一瞬で青ざめさせた。
    首を激しくブンブンと横に振る。
    拒否、拒絶だとハッキリ分かる行動と表情に、マホロアの頭に血が上る。
    逆に心はとてつもなく冷え切っていた。

    「い、嫌なのサ…!」
    「何が嫌ナノ?ルールだヨ?まだ理解できないノ?」
    「今は嫌だ…!」
    「何で?グリルが来るカラ?グリルに見られるカラ?別に良いデショ、グリルには彼女いるんダシ」

    嫌がり後ずさるマルク。
    せめてもの抵抗なのか、顔を背けてキスから逃れようとしている。
    そんなこと無駄なのに…、と思いながらマホロアはマルクの両手首を強く掴み自分の体に引き寄せる。
    そのままマルクの小さな体を抱き寄せて、口付けた。
    その瞬間、グリルと目が合った気がした。
    グリルは整った顔を少しだけ歪ませ、気まずそうに目を逸らす。
    そのままタランザと二人で通り過ぎた。
    二人が通り過ぎるまで、マホロアはマルクの体を抱きしめて、見せつけてやった。
    ざまあみろ、と内心思った。

    「ホラ、マルク。二人とも居なくなったヨォ」
    「…カ」
    「見られちゃったネ、グリルに。でも別に構わないダロ?どうせグリルはキミのコト好」
    「バカ!!マホロアなんか嫌いっ!!」

    バチンッ
    マルクはぐいっと渾身の力で抱きしめてくるマホロアを引き剥がすと、その頬を平手打ちした。
    思ったよりも力が強くて、マホロアは体勢を崩し尻餅をつく。
    見上げると、マルクの美しい二つのアメジストがたっぷりと涙を溜めてマホロアのことを睨みつけていた。

    「…ボクは、キミのコトが、好きダ」
    「…」
    「キミがグリルのコト見る時も、グリルと喋る時も、嬉しそうに笑うノガ、許せなカッタ…」
    「…」
    「グリルが好きなのは、キミじゃナイ。グリルの”好き”とキミの”好き”は違ウ」
    「…分かってるっ」
    「…ボクを選んでヨ、マルク」

    そこから先はあまり覚えていない。
    マホロアがどんな提案をしてもマルクは首を横に振って泣いた。
    自分の想いがマルクに通じないこと、マルクが好きなのは自分ではなくグリルだということ、どんな言葉を述べてもマルクが喜んでくれないことに苛立ち、悲しみ、擬かしさを痛感してマホロアも泣いた。
    次の日目元が真っ赤になるくらい、涙は止まってくれなかった。


    【5】
    昨日泣きすぎた代償か、あまりにも目元が真っ赤になっていたので恥ずかしいし、今日はマルクに会いに行かなくても良いかな、とマホロアは考えた。
    どうせマルクも同じ状態で、しかもグリルならともかく、マホロアになど会ったって嬉しくないことなんか馬鹿にでも分かることだろう。
    心配するローアに暫く一人にしてくれと頼み、ソファに寝転がる。
    このまま眠ってしまえたら良いのに。
    マルクのことも、グリルのことも、昨日のことも、全てなかったことにできたら良いのに。
    マホロアは大きく息を吐き出し目を瞑る。
    昨夜はほとんど眠れていない、このまま眠れるかもしれない。

    「…ロア、マホロア」

    もう夢の中なのか?
    マホロアの名を呼ぶマルクの声が聞こえる。
    今の姿では会いたくないけど、夢の中だったらどうでも良い。

    「何朝から寝てるのサ!起きてちょーよ」
    「は!?」

    体を激しく揺さぶられて夢から覚める。
    驚いて目を開けると、目の前にマルクが立っていた。

    「…!ちょっと待って、見ないデ!」

    両手で両眼を覆って急いで魔法をかける。
    手の平の中で、昨夜泣いたことによるマホロアの目の腫れは引いた。
    恐る恐る目から手の平を外すと、ムスッとした顔でマホロアを見下ろすマルクの姿が視界に入った。
    マルクの目元はまだやや赤かった。
    全く不器用なんだから。

    「…こんな朝から、何?」
    「ゲーム、しに来たのサ」
    「はぁ?今日はやらないヨォ、やる気が出ないんダ…」
    「逃げるのサ?それともボクに負けるのが怖いの?オマエってそんな弱いヤツだったんだな、ガッカリなのサ」
    「…はー、ウッザ。しょうがないな一回だけダヨ?」

    ポーカーで良いヨネ、とマホロアは心底面倒臭そうに起き上がり、トランプを召喚する。
    相も変わらず器用にトランプを切って五枚ずつマルクとマホロアの手札を分ける。
    マルクは自分の手札を見てニヤッと悪戯っ子そうな顔で笑った。

    「ロイヤルストレートフラッシュ、なのサ」

    と言いつつ場に手札を出してこない。
    気にせず、マホロアは自分の手札を一瞥する。
    組み合わせはキングのワンペアしかない。
    ドローして手札を入れ替えるのは見苦しいと思っていたマホロアは、あっさりと負けを認めた。

    「…ワンペア、ボクの負けダネ。ホラ、マルクもカード出しなヨォ」
    「おーほっほっ見るが良いのサ」

    マルクが場に出した5枚のカードを見ると…なんと全然揃ってない。
    ワンペアしかないじゃないか、しかもマホロアのよりも弱い、クィーンの。

    「…は?ボクの勝ちジャン。マルクってば、ルール分かっテル?」
    「うん、だからお願い聞いてやるのサ。お願い言ってちょーよ」

    普段ならゲームに負けたら激しく悔しがるのに、今日のマルクは晴々とした顔をしている。
    マホロアはマルクの真意が分かり、してやられたとも思い、悔し紛れにフン、と鼻を鳴らした。
    マルクのくせに、やってくれるじゃん。

    「何でもイイノ?ルールなんだカラ、ボクがどんなお願いしても何デモ聞かなきゃいけないんダヨ?イイノ?」
    「うん」
    「後で嫌だって言っテモ取り下げてナンカやらないヨォ?ホントにイイノ?」
    「いいよ」

    キラキラと輝くアメジストが真っ直ぐマホロアを見つめる。
    その瞳が好きだった。
    その不器用な易しさにいつも救われていた、屈服させたいと思っていた。
    いつもボクだけを見ていてほしいと思っていた。

    「ボクのコトを好きにナッテ。ボクを好きだって言っテ」
    「分かった」

    マルクが小さな体でマホロアを抱きしめる。
    マホロアもそれに応じ、マルクの背中に両腕を回す。
    微かに薔薇の香りが漂った。
    ずっと前から、マルクと出会って恋をしてから、ずっとずっとこうしたいと願っていた。

    「マホロア、好き…なのサ。まだきっとトモダチとしての好きが勝ってるけど、ボクはマホロアのこと大事だって想ってる」
    「…嬉しいヨ、マルク」
    「だから笑って欲しいのサ、マホロア」

    その言葉がマホロアを悦ばせるための嘘だって良い。
    その言葉が自分の想いを圧し殺すための手段であっても、一時凌ぎの本質のないものであっても良いと思ってしまった。
    マルクがマホロアのみに対して”好き”と言ってくれたことがこの上なく嬉しかった。
    マホロアは何日かぶりか分からないが、心から笑った。
    マホロアの表情を見て、マルクは安心したように微笑む。
    その笑顔はローダンセの花によく似ていた。


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