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    何処までも白く在りたい 最近マホロアの視線が冷たい。
    ボクのことを刺すように見つめてくる。
    何かした覚えなどない。前々からマホロアに対して軽く遇らってきたし、別に特別冷たくしたことなどないのに。
    グリルと話していると、背後から無数の槍に体を貫かれるような、そんな痛みを発しながらマホロアは睨みつけてくるのだ。
    ボクが何かした?と聞こうにも、次の瞬間にはいつものように爛々とトパーズを輝かせてボクに絡んでくる。
    よくわからない。気のせいなのか?
    グリルは用事があるから、と行ってしまった。寂しい。
    するとマホロアはキラキラとトパーズを瞬かせながら「キミはグリルのことが好きなんだネェ」と押し殺した声で呟いた。
    マルクとグリルは幼馴染だ。物心ついた頃から一緒にいた。
    マルクにとってグリルが隣にいることは当たり前だったし、グリルにとってもそれは然りだった。
    グリルは綺麗な青年だ。マルクの綺麗という一言で伸ばされたエメラルドの髪は常に綺麗に束ねられている。長い睫毛とそれに飾られた澄んだラピスラズリのような煌めく瞳。優しそうに弧を描く眉毛。見た目通り優しくて、いつだってマルクの欲しい言葉をくれるしマルクを貶したり否定することは決してない。そんな彼はすれ違う度女に黄色い声をかけられることもあれば二度見されることもしばしば。当の本人はそんな事露知らずマルクのことだけを真っ直ぐと見つめる。マルクは優越感に近い感情を抱いていた。この関係がずっと続くと思っていたのだ。しかしグリルは変わってしまった。マルクを否定こそしなかったが拒絶した。好きだと言ったが共にいると苦しい、とも言った。友達でありたいと願ったがそれは許されないと言った。そしてマルクを完全に除外するかの如く次の日には彼の隣には甘えるように彼に指を絡ませる女がいたのだ。
    マルクは絶望した。自分を守るように抱きしめても体の震えを止めることなどできない。呼吸の仕方なんか忘れた。苦しい苦しい。吐き気を止める為に自分の両手を己の首に添える。そのまま力を込めたら苦しさで吐き気は消えていった。
    「あ…グリル…どうして…」
    消え入りそうな声で彼の名前を呼んでも振り向いてくれることなんてもう無い。その時、ぽんと肩に重みを感じた。ゆっくりと振り向くとマルクを真っ直ぐ見据える満月のようなトパーズ。
    「ネェ、マルク。ボクならキミを苦しませるコトなんかしないヨ。アイツを忘れる為でも良いカラ、ボクを選んでヨ」
    煌めくトパーズから目を逸らせなくなり、しかしマルクの視界はゆらゆらと陽炎のように揺さぶられ自分がなんて答えたのか覚えていなかった。しかし嬉しそうに自分の体を全身で抱きしめるマホロアの体温と重みだけを感じていた。


     マルクはマホロアと付き合うことになった。マホロアは本当に嬉しそうで毎日マルクと会う。カフェでマルクがフラペチーノを飲むのに付き合ったり、マルクに似合うリボンを買いに行ったり、ローアで2人ソファに座って映画を観たり。マホロアはその度マルクにスキンシップを求めた。マルクに覆い被さるように抱きしめたり、手錠のように指を絡めて自分の好きなところへ連れて行く。マルクは楽しいのか楽しく無いのか分からない。マホロアの刺すような視線は変わらない。マホロアと一緒に居ればグリルのことを考える余裕などなかったが、全身に大きな岩がのしかかっているような圧迫感に耐えなければならなかった。
    「…あっ」
    脳内を支配する灰色の靄と重圧感に耐えていたら足元の小石に躓きマルクはその場に膝をつく。手に持っていたアイスクリームがマルクの手から離れ、絵の具のように地面を汚す。
    「…何やってんノォ」
    マホロアは小さく溜息を吐いてマルクに手を伸ばす。グサリ。マルクの心臓が内側から軋むように痛んだ。
    「…っ」
    マホロアから差し出された手に捕まると、ぐんっと勢いよく立ち上がらされる。マルクは衝撃に息を呑み鼓動が速くなってしまった。
    「全くもう…膝擦り切れちゃってるジャン。ニーハイも駄目になっちゃってる…馬鹿ダナァちゃんと前見なヨ」
    グサリ。グリルならきっとマルクのことを第一に心配してくれただろう。再度心臓あたりがぎりぎりと痛む。マルクは泣きそうになった。唇を噛み締めて必死に耐える。泣いてしまったらきっとマホロアを困らせてしまう。
    「ネェ、何て顔してんノ?折角のデートが楽しくなくなるんだケド。膝怪我したカラ?じゃあローアに帰ろうヨ」
    マホロアは困った顔をして視線の合わないマルクを見下している。マルクは胸の痛みに耐えながらコクコクと赤べこのように頷いた。涙が一粒溢れる。マホロアにバレてなければいいのだけど。
    ローアに着くと寝室に連れて行かれた。マルクは戸惑う。
    「怪我したところ手当てしてアゲルからここに座って」
    とマホロアがベッドの上に座るように催促する。マルクは狼狽てその場から動けない。
    「早くシテ」
    マホロアはやや声を荒上げて更に催促した。グサリ。息が詰まる。マルクは鉛のような足を必死に動かしてベッドの上に腰掛けた。両膝にできた傷に消毒液が沁みる、そのままマホロアに抱きしめられてベッドに押し倒された。マルクは硬直してしまい動けなかった。


    「傷そんなに酷くなくて良かったネェ。手当てしてあげたんだカラ直ぐに良くなるヨ」
    「…」
    やっとマホロアに解放された。ベッドに押し倒されて反射的に嫌悪感を抱いてしまいマホロアの腕から逃れようと身じろいだら、マホロアに「動かないでヨ」と制された。「暫くこのままで居させて」とトロンと甘えた声で体を密着されたから、これ以上の何かをされるのではないか、と恐怖が募り心臓がバクバクと激しく脈打った。やめて、と抵抗したかったが、直ぐ近くで感じる圧迫感のある視線に気圧されてしまい息が詰まった。苦しさから逃れるように喉の肉をぐっと強く指で摘む。突き刺さる視線から逃れたくて瞳をギュっと瞑る。視界は真っ暗で、でも近くで他人の体温と重さ、息遣いを感じてまるで肉食動物から逃げ惑うか弱い小動物にでもなった気分だった。情けない。それは遠い先の見えないような膨大な時間に感じた。そんなマルクの様子を見かねてか、マホロアはマルクの頭や背中を優しく撫でた。品定めされているようで怖い。
    「ゴメンネ、なんか部屋寒かっタ?マルクってばずっとカタカタ震えてるカラ」
    「え、そんなこと無いのサ…」
    「そっかぁじゃあ良かっタァ」
    安心したようにマホロアはマルクに覆い被さるように抱きしめる。マルクの視界は青一色に染まる。
    「大好き、マルク」
    マルクの耳元に口を寄せて囁く。
    「…ボ、ボクも。ボクも」
    掠れた声でマルクも返す。ボクも好きって言いたいのに、言わなければいけないのに何故か言葉が出てこない。声になってくれない。
    「風邪引いたの?声変だヨォ?やっぱり部屋寒かったんジャン。なんでマルクはそう嘘つくのカナァ」
    怪訝そうなマホロアの表情。グサリ。喉にナイフが突き刺さる。ボクは嘘なんか吐いてない。痛みと気持ち悪さから逃れたくて首の肉をぐっと強く摘む。
    「ご、ごめん、なのサ…」
    「マァ良いや。ホラ、早く帰って休みなヨォ」
    コクリ、と小さくマルクは頷き踵を返して帰路に着く。体の震えが治らない。どうして。今まではこうやって自分で自分の体を抓っていれば気にならなくなったのに。
    涙がどんどん込み上げる。グリルに会いたい。会いたい…。
    次の朝、マルクは声が出なくなっていた。


    「マルク、おはヨウ!」
    「…」おはよう、マホロア。
    「今日もいい天気だネェ。デートしようカ。どこか行きたいところアル?」
    「…」どこがいい天気なのサ。どんより曇っているのサ。
    「あっソウダ。街に新しくクレープ屋さんができたんダッテ!マルク甘いの好きデショ?今日はそこ行く?」
    「…」美味しそう。でも今日はなんだか疲れちゃったから何処にも行きたくないのサ。
    「ふふ、マルクは今日もかわいいネェ」
    「…」男なのにかわいいなんて言われて嬉しくないのサ。
    「マルク大好き。マルクもボクのコト好きだヨネ?グリルなんかよりもずっとずっと好きダヨネ?」
    「…」ボクは。
    「ネェ、何でさっきからずっと無視するノ?キミの口は何の為にあるのかわかんないノ?早くボクのコト好きだって言ってヨ」
    「…っあ…」
    苦しい、苦しいよ。堪らず首の肉をぎゅっと摘む。痛みで吐き気は何とか治る。肉を捻り上げた痛みだけが残る。
    「…何?喋れないノ?」
    「…っ」マホロア。

    ボクは、ボクはオマエなんか○○○だ。
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