14 アル空スケッチする対象は実に様々だ。
荒野に咲く一輪の花、緑豊かな大地に咲き乱れる花々、常に雪に覆われた山肌、その中で逞しく生きる動物。
アルベドがスケッチ用のペンを持てば、曇りのない真っ白な画用紙の中にそれらの対象が細かに描き込まれていく。空がその様子を傍で見たことは何度もあったし、パイモンが「またモデルになるか？」と声を掛けるのも繰り返された光景だった。
これまで描いたものを見てみたい、空が言うと、それならモンドにあるボクの部屋においでと錬金術師は微笑んだ。
「わあ……たくさんあるね」
「そうだね。定期的に整理はしているけれど、それよりも描く回数が上回ってしまうから」
研究するための部屋とは別の眠ったり食事をする一室に通された空が目にしたのは、厚みのあるファイル五冊分にもなるスケッチの数々だった。
画用紙の四隅どこかしらに日付が記録されていたり、スケッチの途中で思いついたのだろうか、空には難解な数式や単語が裏面に書き込まれていることもあった。
ぱらぱらと一枚ずつゆっくり見ていると、途中からパイモンや空であろう人物のスケッチが現れた。
「これ、いつの間に？」
「描いてある通り、君とパイモンがモンド風ハッシュドポテトに気を取られている時だよ」
「うわ、恥ずかしい……」
「何故？　美味しそうに食事をする二人を描いていて、ボクは楽しかったけれど」
淀みなく返されて、空の方が言葉に詰まってしまう。
それから段々と、風景画の合間に空の横顔や後ろ姿を描くものが増えていく。パイモンと二人でいる一枚ももちろんあるが、空だけが一人描かれたものが明らかに多くなっていた。
食事をしていたり、各国にある珍しい草花を採集していたり、居眠りしていたり……あらゆる場面での自分がそこにはいて、くすぐったくなる。
それに何よりも、
「……俺、こんな顔してるの？」
こちらに向かって微笑んでいる自分の緩み切った頬や垂れる両眼を見つめると、気恥ずかしくなってしまう。
線に触れてしまわぬように、空が画用紙の中の自分を指差してアルベドに訊ねれば、アルベドは「そうだね」と返した。
「ボクを前にした君が、いちばんよく見せてくれる表情だよ。ボクの好きな君の表情のひとつ。……ずっと、ボクに向けていて欲しいと願う表情のひとつだ」
両手に抱えるファイルの重み。アルベドは空からその重みを取り除くように持ち上げて、本棚に寝かせた。
アルベド、と空の消え入りそうな声がする。背中には本棚、正面にはアルベドが立っていて、挟まれた空は頬に熱が集まっていくことを嫌でも気づかれてしまう。
俯きがちになる空の顎を軽く上にあげて、アルベドは「隠さないで」と、空の瞳をまっすぐに見つめた。
「だ、って、はずかし……」
「恥ずかしいことではないよ。だからよく見せて」
「う……、……やっぱり、やだ。なんか意識したら、むり……」
目を逸らした空に、アルベドは一瞬だけ目を眇めて、それならと空の頬に口付けをした。
突然頬にちいさな温もりが触れて、空は思わずアルベドを見つめ返してしまう。しまった、とは、内心でしかこぼすことを許されなかった。
「ふふ。その表情も、ボクはとても好きだよ。驚いてるのに、少し甘い香りを纏ったような、困って、訴えかけるような……複雑でいて、愛らしい表情だ」
「――ぜ、全部説明しなくていいって……」
窮する空に、しかしアルベドはその後も羞恥を煽るとわかっていて淡々と空の様子を語っていった。それは言葉でスケッチをするように、細部まで丁寧にじっくりと。
合間に挟まれる「好き」や「可愛い」にいよいよ対抗できなくなった空がアルベドに寄りかかり、もう十分だからと半分泣いた声をあげるまで、アルベドのスケッチは続くのだった。