48 アル空「もうすぐ春になっちゃうなあ」
ホットミルクで満たされたマグを両手で持って、空はぽつんと息をついた。
アルベドのために用意された私室。その中央にあるソファに並んで座り、空と自分の膝上に一枚のブランケットを掛けたアルベドは、「来て欲しくない言い方だね」と疑問符を浮かべた。春になったら出来ることも増えるのにと、色違いのマグを自らも口元へ運ぶ。
「そうなんだけどさ。春がきたら、夏がくるでしょ? あったかくなって、暑くなるよね?」
「それはそうだね。そういう季節だから」
「そうなったら今使ってるブランケットも、しばらくはクローゼットの中に入るよね?」
「そうだね……もう少し通気性のいいものをかわりに取り出すから」
「……さむいね、って言って、そうだね、って、くっつけなくなるじゃん」
「……なんだ、そういうこと」
可愛らしいことを言うものだ、とアルベドはくすくす笑うことを隠さない。ホットミルクがこぼれてしまわないように、テーブルにそっと置き直した。空といえば、笑われたことがお気に召さなかったのか、眉根を寄せてごくごくとミルクを飲み干そうとしている。
「自棄になって飲まなくてもいいだろう?」
「べつに、やけになんてなってないけど?」
「ふむ……そうだな、それなら、そんなに一気に飲んでしまったら腹痛を招いてしまうかもしれないよ?」
「平気ですー。……ちゃんと美味しいって思って飲んでるし」
「ふふ、そっか」
ぱちりと横目で見てくる空と目が合ったのも束の間、それはすぐに逸らされてしまう。けれど、そのままじっと見つめていると、根負けしたようにマグをテーブルに置いた空が、くるりと顔を向けてくれた。
「俺の言いたいこと、伝わってる?」
「そうだね。伝わっていると思うよ」
「じゃあ、アルベドはそんなに気にならないってこと? ……俺とくっついてるの、ほんとはあんまり、好きじゃなかった?」
「それは飛躍しすぎだよ。そんなこと、一言も言ってないじゃないか」
「でも……」
「それならボクから聞くけど、キミはボクとくっつくのは、冬の間だけでいいと思っているの? 寒いって言葉をあいさつにしていないと、ボクたちはこうして寄り添えないのかな?」
ほとんどなかった隙間を埋めて、空の片手を握り込む。シャワーを浴びたばかりの彼からはアルベドと同じ香りが漂って、それだけでも機嫌をよくさせた。
「……そういうんじゃないけど。ただ、こう……夏とかはくっついてたら暑くなるし……」
「それならこの部屋を凍らせてもいいし、それか……そうだな、ドラゴンスパインにあるボクの拠点に行くのでもいい。寒いことを理由にするためにできることはいくらでもある」
「そこまで!?」
「だって、キミがくっつくための建前は用意しておいた方がいいだろう?」
「うぅ……そりゃそういうのがあればしやすくはなるけど……」
「でもボクは、そんな理由があってもなくても、キミがしたいときに、今みたいにしてくれればそれでいいと思ってる。寒いね、という言葉はたしかに便利だけれど、そのあいさつはボクとの間にはなくてもいいんだ」
それに、くっついてしまえばどの道、あとはあたたかくなるだけなのだから。
ブランケットを手繰り寄せる空の手に片手を重ねて、引き寄せてから口づけを落とす。
「……アルベド、」
「空。……ねえ、このままもっと、くっついてしまおうか?」
驚きで見開かれた甘いはちみつ色が可愛くて、アルベドは空の答えを確かめるより早く、さらに深く口づけていく。
ホットミルクから温もりが消えるまで、二人の身体はぴったりとくっついたままだった。