厄日なこらさん【初めてのお泊まり】今日は初めてコラさんの家に行く。
出会った日から何度か休日が合えばあの店やコラさんのおすすめの店で飲んだりする様になった。
キスは初めてあったあの日だけ。
キス自体は初めてではないが、あんなにキスが気持ちいいものだとは初めて知った。理性を攫われるような脳天を突き抜けた快感。今までキスなんて身体を重ねる前の通過儀礼のようなものくらいにしか思っていなかった。むしろ、粘膜の触れ合いに苦手意識すら感じていたと言うのに、コラさんと交わした口づけは全く違った。
記憶はこんなにも鮮明に憶えているのに、感触は日に日に薄れていっている。コラさんに忘れられていて少し寂しい。
(俺があの快感を忘れる前に上書きしてほしい…)
なんて不埒な想いを隠して隣にいることをコラさんは気づいているだろうか。
忘れられていて少なからずショックを受けたが、コラさんにキスした記憶がないことで気まずい思いをせずにその後も交友を重ねられるようになったのは良かった。先日のようなヘマをしない様に深酒はしない。
「ローは飲まなくていいのか?」
飯だけではなんとなく物足りなくてビールを注文する。ローは頼まないのかと聞くと「あぁ、これからコラさんち連れて行ってくれるんだろ?」と首を傾げる動作すら可愛い。
初めて会った日はかなり飲んでいた気がするがあの日以来ローは酒量が減っている気がする。あの日が特別で本来はそんなに飲まないタチだったのだろうか。
思い出せば、ローの部屋についてから少し戻してしまっていたし、朝起きたら後半の記憶がないと言っていたから飲ませすぎたのなら本当に悪いことをした。しかし、あの日のローは本当に可愛いかった。縋るような瞳に誘われるままに唇を重ねれば受け入れるように薄く開く唇、薄い舌を絡め取って口内を擽れば細く息を漏らして首に縋り付く自分より少し体温の低い腕、腰が立たなくなって委ねられた全身も、唇を離すときにプツリと切れた銀糸を舐めとる小さな舌も、互いの唾液でてらてらと光る唇も、甘えるように呂律のまわっていない口で「コラしゃん…」と紡がれた名前も自分を煽るには充分だった。
飲み過ぎると誰にでもそうなるのならすごく心配だが、「…普段はこんなに飲まないんだ。」と言っていた言葉を信じたい。
ローが覚えていなかったのは残念だったが、ひと回り以上も年上の同性の男に口付けられたなど覚えていたらきっと今のような関係にはなれなかっただろう。あの日の記憶をいい思い出に今日もまた休みが合えばローと酒を酌み交わす。
ひと回り以上離れているなんて嘘のように話が合うからローと一緒に飲む酒は美味い。
こんなに気の合う青年と飲み友達という関係になれただけでも幸運だ。
「なァ、…そろそろコラさんち行こう。」
何度か飲みに出ているがなんだかんだうちに招くのは初めてだった。家の最寄り駅まで来てもらい駅近くで軽く腹拵えをすることにして今。
「コラさんがうちに呼んでくれるの初めてだから楽しみにしてたんだ…」
(ん"、がわいぃ…)
くいっと控えめな強さでひかれた袖。
先日、今度の飲みは兄からいい酒をみやげに貰ったからうちで飲もうとメッセージを送ればすぐにいいのかと返ってきただけだからこんなに楽しみにしてくれてるなんて思わなかった。
「お待たせしましたー」
テーブルに出されたばかりのキンキンに冷えたビールを喉に流し込んだ。
◻︎ ◼︎ ◻︎
つまみを買う為、家近くのコンビニに立ち寄る。
「今日泊まって行くだろ?」
「いや、泊まったら悪いし帰るつもりだけど…」
「えー…」
「だから早めに行ったほうが長く飲めるかなって」
がっかりしたおれに悪いと思ったのか言葉を選びながらローにしては珍しく歯切れ悪く応える。
「水くさいな。俺なんて出会った初日に泊めて貰ってんじゃねーか。その後も何回か泊めてくれたし。」
「でも着替え持ってきてないし…」
「部屋着はおれので良ければ貸すし、パンツはここで買っていけばいいだろ。」
生活品の売っているところを指差せば迷っているのか視線が彷徨う。ローがおれと飲むのは翌日が休みの日。
「明日用事が無ければ、泊まっていけよ?」
ローが泊まりに来ると思って楽しみにしてたんだとまで言われたら断りきれない。
「…コラさんさえ良ければ」
嘘、本当はコラさんの家で飲もうと誘われた時に朝まで一緒にいれるかもと少し期待していた。でもメッセージには泊まりに来いよとまで書いてなかったので期待して準備していって違ったら恥ずかしいので身一つで来たのだ。
素面だとどうにもうまく伝えられない。
さっき一杯くらいひっかけてくれば良かった。
◻︎ ◼︎ ◻︎
浴室から聞こえてくるシャワーの水音にそわそわと気持ちが逸る。童貞のガキだってきっともっと余裕があるだろう。先に飲むのは悪いと思っていたが酷く喉が渇いている気がして冷蔵庫から缶ビールを取り出す、これ以上シャワーの音が聞こえないように内容の入ってこないテレビのボリュームを上げた。
「…コラさん、シャワーありがとう。」
「おー、タオル置いといたのわか…」
久しぶりに観たバラエティが思いの外面白くて声を掛けられるまでシャワーから戻ってきたことに気がつかなった。油断しきって、ローの声に振り向いてあまりの光景に言葉を失ってしまった。
誰が想定出来ただろうか、部屋着を貸した想い人がシャワーから戻ってきたら生足で戻ってくるなんて。
少し大きいだろうとは思ったがおれの想定よりもだいぶ大きかったらしく、上着は太腿を半分隠している。多分穿いてはいるのだろうが下着が隠れていて何も見えないから余計エロい。
「えっと…ローさん、ズボンは?」
「…コラさんの大きすぎて落ちてくるし、長いし引き摺るからやめた。」
はい、と返されたズボンをぼんやりとした頭のまま受け取る。
シャワーを浴びてばかりの蒸気した頬に、漂うボディソープの香り。同じものを使っているはずなのに初めて嗅ぐ匂いのようでムラムラする。
「まぁ、男どうしだからいいかなって」
コラさんもおれんちでパンイチだったし。の言葉に過去の自分を恨みたくなった。確かに朝起きて普段の癖でパンイチになっていた日がある。
「あぁ…うん、まぁいいけど…うん」
これから酒を飲むと言うことは夜はまだまだ長いわけで耐え切れるのかそこが問題だ。
座ったことで少し捲れ上がった裾から内腿が見えて思わず唾を呑み込んだ。
(…あ、ちゃんとパンツ穿いてる)