手入れいつだったか、村上は来馬のことを知りたくて来馬の休日について訊ねたことがある。
「予定がない日の休日の過ごし方?……アクアリウムの様子を見たり好きなことをしてるけど……直近だと革靴とか革の小物の手入れをしたよ」
「手入れ、ですか」
「うん。長く使うには手入れが必要だから。ちょっと磨くだけでピカピカになるから結構楽しいんだ」
スニーカーを履くことが多い村上は、革靴=仕事で使うものというイメージが強い。
そのため休日に革の手入れをするという来馬の発言がひどく大人びて聞こえた。
「良い色になってきたね」
「そうですね。頂いた頃に比べて随分光沢が出てきたと思います」
クリームを塗って乾燥待ちの財布を見つけた来馬は、村上へ声をかけた。シンプルなヌメ革の財布は、丁寧に使い込まれた飴色をしている。クリームは1時間ほどで完全に乾くだろう。あとは乾いた布で拭いて手入れは完了だ。
「ぼくも隣いい?」
「もちろん」
「ありがとう」
来馬も自身の用具入れと靴やキーケースなどを村上の隣に広げる。
埃をブラシで払い、汚れをクリームで落とす。その後に保湿クリームを塗布し、乾燥を待つ。手慣れた動作の来馬を、村上はじっと見つめる。
「好きだよね」
「ええ。来馬先輩が大切そうに持ち物を手入れする姿を見るのが好きなんです」
村上は何でも新しく揃えることの出来る出自にも関わらず、持ちものは長く大切に使いたいという来馬の感性を素敵だと思っているし、手入れをする来馬の指先も眼差しも堪らなく好きだった。
「何度も言ってくれてるよね」
「毎回好きだなと思うので」
「ありがとう。ぼくも鋼のこと好きだよ」
村上は何も予定のない休日が好きだ。
来馬からプレゼントされた財布が使い込まれていく様子に満足感を覚える。
隣で持ち物を手入れする来馬の指先や、優しげな横顔を見ると安心する。
そして、クリームの乾くまでの間に交わす些細な会話が1番好きだった。
「昔、休みの日に何をしてるか聞いたことがあったでしょう?」
「あったね」
「あの時からずっと、かっこいいな素敵だなって思ってたんですよ」
村上が懐かしむように過去を告げると、来馬も思い出したように微笑む。
「ぼくもあの頃からずっと鋼のこと可愛いなって思ってたんだ。ぼくのこと知りたいって気持ちが伝わってたよ」
2人で茶をいれ菓子を用意して、のんびりと近況報告や過去の思い出を語る。穏やかな時間を過ごす時、村上は最も満たされると感じる。来馬もきっとそうなのだろう。お互い大人になり生活がすれ違うことも増えたが、こうして隣り合って小物の手入れをする時間は学生の頃から変わらず続いている。
「えっ……じゃああの後“鋼のことも大切だから手入れしなきゃ“って俺にハンドクリーム塗ってくれたのってわざとなんですか?」
「わざとわざと」
「悪い大人じゃないですか……」
「それだけぼくも昔から好きだったんだよ」
来馬があまりに愛おしそうに“ごめんね“と言ったため、“俺今でもあの匂いを嗅ぐとドギマギするんですよ“と村上は言うことができなかった。