鉄を打つ男「……くそ。飲みすぎたか」
ロン・ベルクは晩酌中に用足に出た。ことをすませ厠の扉を開けると、明らかに外の風景が変わっていた。
ランカークスの工房は針葉樹の森に建てているはずなのに、足元には葉脈の張った乾いた赤や茶色の落ち葉。
しかもなにか硫黄のような匂いがする。
「魔界に移動した覚えはないが……どいつの仕業だ」
誰かのパルプンテの巻き添えを食らったか。
硫黄の匂いを追うと、岩に囲まれた湯気の立つ泉を見つけた。
へえ、岩場を浴槽にするとは洒落てるじゃないか。酔い醒ましにちょうどいいと、服を脱ぎ、ざぶりと湯に浸かった。お、これは、意外に悪くないんじゃないか。道に迷ったことも忘れ寛いでいると。
「鬼だ……。鬼がいるぞーー!!」
「隊士さまに、連絡をはやく!!」
目玉がぎょろりとしたおかしな面をかけた男たちが、いつの間にか岩場を囲っていた。服装も前が合わせになっているみたことのないもので、面食らった。
「鬼だと? 人が気持ちよく風呂入っているときにガタガタうるさい」
裸のまま、湯からでる青い肌の大男に里のものはたじろいた。
服も着ずにつかつか歩み寄り、
「おまえら、面白い剣使ってるな」
と、武器を構える一人の腕を掴む。
「バカみたいに薄くて沿った刀身で片刃。柄のところはなんだそれは、紐を巻くか編むかしてるのか。初めて見た。鍔はそれ、どうなってるんだ。よく見せてみろ」
持ち手が怯えているにも関わらず、
「おい、これ。まさか、鍔が取れるのか?!考えたこともない仕組みの剣だ。お前たち、これをどこで作った」
酔った勢いで大声をあげていると、また一人面をつけた男が現れた。
「お前、刀が好きなのか?」
裸のロンに物怖じせず歩み寄る、同じく奇妙な面をつけた男がいた。
「これ、かたなというのか。やっぱりここはランカークスじゃないな。俺はロン・ベルク。今は腕を壊しているが、鍛冶屋だ。最強の武器を打つために研鑽をしている。もっと作品を見せてくれないか」
「鍛冶屋か」
「ああ」
「俺もそうだ。来い」
「鋼鐵塚さん!!駄目です。相手は鬼です。逃げましょう!!」
その場にいたものは反対した。青い肌に顔に大きな十字の傷。腕を負傷した耳の尖った大きな鬼は、無惨が里に放った間者かもしれない。しかし、鋼鐵塚がこの鍛冶屋と話させろと、その場で暴れて大癇癪を起こした。よくよく見れば肌は青いものの鬼のような禍々しさはない、生き方の覚悟を決めている瞳だ。監視をつけることを条件に渋々様子をみることとした。
鋼鐵塚の工房に通されたロンは、床におかれた薄いクッションを指さされたので、椅子はないのだな、と珍しそうな顔でどっかりと座った。
俺の刀を見ていけ、と先程の細い剣を広げた。あいつらの打った鈍らとはちがうぞ。ここは武器を作る里か、材料はどこから。今は裏手の山から。なるほど。産地も近いのか。もっと見るか。これは苦労した作品だろう。わかるか、持ち手が2度も折ったから改良した。わかる、やはり使い手の能力に合わせた武器は苦労するができあがりが違う、俺の剣も持ってくればよかった。
最高だ。不気味な面や服など気にもならない。武器の話をして共に盛り上がれる同志がいるとは。どちらも、もうその話は結構だ、とは言わない。首を縦に振り、意見し、また首を縦に振る。
「すごいぞ。鋼鐵塚さんがまともに会話を成立させている」
「いや、よく聞いてみろ。相槌とみせかけて、鬼の方も同じくらい勝手に話しているだけだ。鋼鐵塚さんも鬼の話は全く拾っていない。でもあんな楽しそうな鋼鉄塚さん、はじめてだな……」
癇癪持ちで里一番の偏屈が、鬼のような男と心を通わせているのだ。先程の癇癪を納めた監視役も驚いている。
「あれもお前のかたなというやつか。ここにいても闘気のようなものが伝わってくる」
ロンは木の箱を指差す。鋼鐵塚は見ていけ、と箱を引き寄せ、蓋を開けた。そこには、一振りの細身の剣。
「見事だ。なんという名だ」
「日輪刀。持ち主が選んだ玉鋼で打ったこの世に一本の刀だ。鬼斬りくらいでは壊れないほど強く打てた」
「日輪……太陽の剣か!邪気を払うに相応しい。きっと主の良き相棒になるな」
鋼鐵塚はそれを聞くと、じっと動かなくなった。
「お前は初めてあった気がしない。俺は鋼鐵塚。今度は里にお前の刀をもってこい」
そう言って面を取った。
「はぁん、お前さん、割と色男じゃないか」
姿形は違えど、同じ志の男がいる。ロンは胸が熱くなるのを感じた。それ以上の言葉はいらなかった。
手を差し出すと、鋼鐵塚は戸惑ったが、ロンがうなずくと、がっしりと二人は握手を交わした。
と。
「先生ー!どちらですかー?」
ふと弟子の呼ぶ声がした。流派の違いを知るのもいい勉強になる、と立ち上がり、弟子を今連れてくると、工房の引き戸をあけた。
するとそこは見慣れた針葉樹の森であった。
「探しましたよ。なんで髪の毛濡れてるんですか?帰って乾かさないと!!」
弟子の大声を聞きながら振り返ると、里の姿はなく、硫黄の香りも消えていた。夢か。だいぶ酔っていたのかもしれない。
しかし珍しい黒曜石の目と凛々しい眉の男。あいつは幻とは思えない。この空の下ではないどこかで最強のかたなを目指して鉄を打っているに違いない。
「おい、この先、1000年単位で勇者を支える鍛冶屋の村を使ったら、面白いと思わないか?」
「1000年はわからないですけど、今、ほとんど、そうなりつつあるじゃないですか。先生とポップさんのご実家と。皆さんをしっかり支えてますよ」
ロンはそうだ、そうかもなぁ、と軽口を叩きながら、弟子に支えられ己の工房へと歩みを進めた。
《おわり》