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    第74回LH1dr1wr「遅刻」

    #LH1dr1wr

    第74回LH1dr1wr「遅刻」
    2024.2.4
    90分くらいかかりました。
    *死を扱っています。ご注意ください。

    『旅』

     剣を置いて道端の岩に腰掛けたラーハルトは、遠くの一本道から旅装束のヒュンケルが歩いてくるのをみた。手には道具袋と魔槍を携えている。
    「遅かったな。ようやく合流か」
    「だいぶ待たせてしまったな」
     ヒュンケルはあたりを見回しながら、ラーハルトの前にやってきた。空一面晴れ渡り、花が咲く草原のそこかしこには、瑠璃色の岩が点在している。人々が佇むなり、座るなりをしてそれぞれ誰かを待っているようだ。
    「待ち合わせの名所か。それにしても、腹が減った。色々持たせてもらったのはこういうことか」
     ヒュンケルも岩に腰を下ろし、道具袋から出したパンを半分に割って、ラーハルトに差し出す。二人で食べて、水も交互に飲んだ。うっかりと革袋の中身をこぼすヒュンケルをみて、ラーハルトは銀の髪を無造作に撫でた。
    「何をしてる、相変わらずお前は」
    「そうされるの、ひさしぶりだ」
    「それよりもここのあたりの気分はどうだ。おまえがおかしなことをしていたときは、うまいことやって様子も見に行ったんだぞ。気がついていたか」
    「ああ、わかってる」
     照れたように、ヒュンケルは下を向く。
    「そこからよく見えていたからな」
     岩から少し離れた場所、鏡面のような池を覗くと、目の前に古いレンガの家が見えた。
     扉が開き、ゆっくりと棺が運び出されている。白い布がかけられたその上には、穂先の大きな槍、鎧の魔槍が置かれていた。


     パプニカの郊外、それぞれの旅を終えてダイの帰還後にヒュンケルは療養のためにと女王レオナから小さな家を賜った。レンガ造りの家で暮らすヒュンケルのもとに、ラーハルトは度々やってきた。旅をした友は、やがて恋人となり、生死を共にする生涯の誓いを果たした。それから食事を分けあい、寝床を共にする3年間は、二人にとってただひたすらに温かで幸福だった。
     だが、ラーハルトは先に逝った。地上と魔界のはざまを進む短期間の任務の中、突然のことだった。帰ったら一緒に飲む約束をしていた酒も、読みかけの本もそのままだった。棺の中のラーハルトは、ダイの従者として、そのままパプニカの王宮近くに葬られた。鎧の魔槍だけが、再びヒュンケルの手に形見として渡された。
     ヒュンケルは涙を流さなかった。だが、葬儀の後、ベッドから起き上がることができなくなった。そのまま何日もひとりですごした。朝に目覚めても湯を沸かす物音は聞こえず、夜に明かりが灯されることもない。孤独には慣れていたはずなのに、温かさを知ってしまった。ラーハルトがいないことに堪えられなかった。
     気がつくと裸足のまま、家を出て、夜中の墓地に駆けていた。枯れかけの白い花の輪がかかった墓石の前に立つ。
     会いたい。迎えに来た。魔槍も持ってきた。竜の血の力は残っていないのか。オレがいれば、ラーハルトは蘇るんじゃないか。膝をつき、素手で土を掘り返す。まだ朝まで時間はある。この下にお前がいる。どんな形でもいい。肉体があればどうにでもできる。
    「なあ、そうだろう?」
     ふと、気配を感じると、ラーハルトが背後に立っていた。だが、何かを語ることもなく、黙ってそこにいるだけだった。膝立ちのままその足にすがりつくが、すり抜けてしまう。呆然として立ち上がると、ラーハルトはヒュンケルの髪を強く撫でる仕草をし、霞のように消えた。
     お前は何をしてる、とたしなめるとき、旅の道中も、街を歩くときも、抱きしめ合う腕の中でも、二人きりのときに何度も何度も受けた感覚が蘇った。
     ヒュンケルは、深い息を何度かしたあとに、初めて声を上げて泣いた。泥まみれで獣のように吠え、涙をこぼしながら刃こぼれした魔槍を抱き、口づけた。なぜ、おまえが、先にと、伴侶の名前を何度も叫んだ。
     衛兵が、ラーハルトの墓前でヒュンケルが倒れているの見つけたのは、夜明けを過ぎたころだった。
     ヒュンケルはそれからも同じ場所に住み、長く生きた。


     目の前には広い草原、遠くに霞がかった高い山が見える
    「この先の山、なにがあるんだ?」
    「わからん。お前を待ってから行こうと思っていた」
    「長かっただろう」
    「なに、ここでは時間はあってないようなものだ」
    「一緒に旅に出たときみたいだ。なんだか懐かしい」
     ふたりは、青い花の咲く長い道を、並んで歩き出した。


    (了)



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