ラーヒュン1d1w お題 くちづけ誰も見てない
「もう少しだから寝るな、絶対に寝るな」
「すまん、もう、あるけない」
ラーハルトは耳まで真っ赤になったヒュンケルを背負いながらカールの城下町の石畳を歩いていた。ヒュンケルの自宅に着いた頃には夜半も過ぎていた。師匠に招かれた夕食会で羽目を外したのか、久しぶりに人前にでるものだから酒量の加減を忘れたのか、注がれたワインを次から次に飲んで、このありさまだ。
旅をしているときのヒュンケルは、己を律して酔いつぶれることもなく、宿では淡々と身支度をして寝付く姿しか見たことがなかったので、今日の姿にはいささか驚いている。
家の鍵を探すためにポーチを漁っても見つからず、おい、と背後の友に問うと、ここ、と首にかけていた紐を渡された。保管場所が子供じみていて、思わず笑ってしまった。
扉を開けると、書物を広げたままの机と椅子、横に食べかけのパンと汚れたコップ、寝間着が床に放り出されたままだった。待ち合わせの時間に遅刻した理由はこれか。書き損じの紙を踏みながら、別に奥に寝室があるのでそこに運ぶ。やっとのことで、ベッドに寝かせることができた。
「のどかわいた」
「水、置いておくから適当に飲め」
「きもちわるい」
「枕元に桶は置いた」
「さむい」
「予備の毛布もかけてある。あとは朝まで我慢しろ」
「かんしゃしてる」
「わかってるじゃないか。酔っ払いめ」
返事がない。代わりにすやすやと静かな寝息が聞こえてきた。
ラーハルトはベッドに腰掛けながら、じっとヒュンケルを見つめる。ふと邪な考えが浮かんだ。
寝付いた今なら覚えてないはずだ。前からチャンスをうかがっていたじゃないか。一瞬ですむ。なんてことはない。起きるかもしれない。ならごまかせばいい。頭の中に様々な言い訳が飛ぶ。
どうせ、朝には友と友に戻るのだから。
無防備に酔って、笑って、無邪気に寝付いた顔を見て、ラーハルトは、短く息を吐くと、ゆるく結ばれたヒュンケルの薄桃の唇に、己の唇を重ねた。
(了)