灯火 旅先、相棒が隣のベッドでまだ寝ついてないことは、気配から察していた。
あんなに小さい子供が。彼らは親からあれを倣うのか。そう、独り言をつぶやいている。
夕暮れの辺境の街はずれ、子どもらが戯れになにかに向かい石を投げていた。
ヒュンケルは何をしている、と大声を上げて駆け寄り、彼らを散らす。残されたのは縛られた子。魔族の持つみどりの肌に黄色の目。縄を解くとヒュンケルを睨み、腕を咬み付いて礼も言わずに逃げた。牙は革の手甲を破り、血が滲んだ。
「眠れないのか」
「いや。気にしないでくれ」
目元に手を当てながらヒュンケルは答える。
ラーハルトはベッドに腰掛けて、黙って毛布の上から、ヒュンケルの胸元を何度かなでる。
灯りを消しているから、夜目が効くとは言え闇の中である。
「ラーハルト、気を悪くしなければ、横に来て手を握ってもらえるか。なんだかすこし寒い」
突然の申し出にラーハルトは無言で、掛け布をめくり、ヒュンケルの傍らに身を忍ばせ、右手を握った。
「狭いが、これでいいのか」
ヒュンケルは笑って頷いて、温かい、昔もこんなことがあったな、覚えてないがきっと子供の頃だ、とだけ言って目を閉じ、ようやく寝付いた。ラーハルトは胸の中にちいさな火が燃えるのを感じた。
旅のはじめ、ヒュンケルは寝付いてからも、よく悪夢に唸された。何事かと起こしても、うわ言ばかり言うので埒が明かず、もうどうとでもなれと、抑え込むように傍らに添い、ずっと手を握った。すると不思議なことに、唸り声は安らかな寝息に変わる。ラーハルトは大抵は涙や汗を拭うなどしながら、そのまま夜明けまで浅い眠りに付き、明け方には冷えた自分のベッドにそっと戻った。
ヒュンケルは「夢見が悪かったが、何故かよく眠れた気がする」と言って、起きてくるので、
「何事か言っていたが、きちんと寝付いていたぞ」と、ごくごく軽い嘘を交えて答えていた。俺がさっきまで子供にするように一緒に寝てやったからな、とは、死んでも言うつもりはなかった。
「お前、わかってくれていたのか」
ラーハルトは、握る手に力を込める。隣からは静かな寝息が聞こえると、闇の中、ひとり呟くと、伏せられた睫毛に触れるように柔らかく瞼に口づけた。
《了》