兄弟 ある宿屋の夜半。
壁に立てかけた刺突向けの剣の柄は紫色の宝玉が埋まっている。それが、ぼんやりと光りはじめた。
『今日は鞘から抜いてもらえたけど、2匹しか魔物を斬らせてもらえなかった。俺もご主人も弱いのかな』
隣に並べられた槍の大ぶりの穂に収まった緑の宝玉が応えるように光る。
『強いぞ、お前の主人は』
『嘘。全然じゃないか。こういうのをお飾りっていうんだ。俺知ってる。』
紫の光が3回、強く光る。
『兄弟のご主人は強いから。今日も魔物山程なぎ倒してた。それに鎧にもなれるじゃないか』
緑の光は弱くなり、足踏みのリズムで点滅しながら、今度は長く光った。
『お前の主人は、昔少しだけ俺と旅をしていた。大魔王にも立ち向かったんだぞ』
『そんなの聞いたことない』
『話すと長くなるし、生まれたてのお前に伝えると、ひねくれるから秘密にしているんだろ』
緑の柔らかい色に光りは温かいランプのようにみえる。ここで、もっと前の主人はお前よりも大きくて鎧になる剣と長くいたことを教えると、よけいに騒ぐからやめておいた。
『人間は生きていると色々都合が変わるらしい。俺たちが時々刃こぼれして斬れなくなるみたいに』
『柔らかいのに刃こぼれ?』
『たとえだ、たとえ。力が減るってほうがわかりやすいか』
『ふぅん』
『お前を始めて鞘から抜いたとき、ご主人は喜んでいたぞ。また剣が持てるとは思わなかったって。嬉しすぎて鞘ごと抱いてベッドで寝たのを、流石に危ないと俺の主人が無理やり引き剥がしたの、お前、忘れたのか?』
『生まれたことに興奮してて、それは忘れちゃってた』
面目なさげに、照れるように紫の光が小さくなる。
『お前の主人は、お前といれば絶対にまた強くなれる。だからな、自信を持て、兄弟!』
緑の光が雲を払った満月のように部屋を明るく照らす。
「お前等ッ!」
突然怒りのこもった低い声がする。魔槍の主人だ。
「夜は光の出力おとせ。揃って何してるか知らんが、ランプみたいに派手に光ってる余力があったら、少しでも修復に力を回せ。明日も魔物が多い道だからな!」
ラーハルトは魔槍の光源の宝玉に刃よけの布を二重にかけ、さらにそれぞれの武器に外套を追加して巻き付け、眠れやしないと、独り言を言いながらベッドに戻った。
翌朝。出立の準備をしながら、ラーハルトは生あくびをした。
「おい、ヒュンケル。魔槍と魔剣、並べて置いたら、あいつら一晩中なにか光って交信していやがったぞ。叱ったあともチカチカしていたおかげで寝不足だ」
「もの同士が意思疎通するなんてよくあることだ。兄弟のようなものだから、互いに意識しているんだろうな」
ラーハルトは魔槍にかけていた外套を外しながらため息をついた。この旅は、時々どちらの常識が正しいのかわからなくなる。
「何を話しているのだか」
「こいつらも、俺たち見て同じ事考えてるだろ」
冗談を言いながら、腰にベルトを回し、剣を装備する。ヒュンケルは心地よい重みに、柄をひと撫ですると、宝玉の芯がきらきらと光った気がした。
《おわり》