暦が変わる「毎回大きな町に到着するたびに、お互い外套が駄目になっているのは今後の装備に関する課題だと思うのだが」
「それは同じように考えている」
遅い夕食を終え、宿屋に戻った二人は、眠る支度を終え、それぞれのベッドに腰掛けて向かい合わせに座っていた。間には、ぼろ同然の二着の外套。
ラーハルトは足を組んで天井を見上げ、ヒュンケルはやや背を丸めてうつむいていた。
泥まみれになった、裾が裂けたレベルならば、洗うなり縫うなりで済むからまだよい。
敵の攻撃で焦げる、溶けるなど、物理的に破壊されるのは修復に難儀するので困る。野営の際の毛布代わりにもしているため、あまりに傷んだものを使い続けるわけにもいかない。しかも、新調した場合は防御力を上げるために何かと工夫が必要で、そのたびにパプニカに戻らなくてはならないのだ。
公費で旅をしている以上、外套一着とはいえ無駄遣いはできない。例え多少の浪費はしても、表立って咎める者はいないが、知らぬところで後ろ指をさされるかもしれない。だから二人は、目立たぬよう、よほどのことがない限り宿では安い部屋を選び、質素な食事を摂り、派手な酒は飲まなかった。
その代わり、ラーハルトは小遣い稼ぎと称して道行く町先々で、二人で仕留めた獣の皮や肉を商人に売りさばき、ときおり日雇いの魔物退治に参加して報酬を得ては、路銀の足しにしていた。難所を越えた日、竜と勇者に関する手がかりの報告書を書き終えた日と、特別な時は店の戸棚の奥に鎮座する高い酒と上等の肉を二人分注文し、それを部屋に持ち帰り楽しむのだ。これはこれで俺たちで稼いだ金だから、というのが彼の言い分だった。
「まあ、しかたない」
ラーハルトが取り出したのは厚手の生地で作られた生成りの外套が、二着。
「今日の夜に暦が変わるのだろう。俺は気にしたことがないが、新しい服は良い魔除けになると町中で聞いた。明日から着ろ。俺も新調した」
そのうち一着を投げ渡され、ヒュンケルは目を丸くした。
そして、渡されたものを傍らに置くと、同じようにベッドの脇から包みを取り出す。
「奇遇だった。俺も同じ話を聞いたらしい」
生成りの外套がまた二着。
「おい、この金はどこから」
「お前がいつもでかけている間に貯めた。書庫整理なり、家畜の世話なりで。お前に比べて額は少ないが、そのくらいはできる」
ヒュンケルは立ち上がり、ラーハルトに一着を「気に入るかわからないが使ってくれ」、と手渡す。しばらく、二人とも無言だった。
「ヒュンケル」
先に口を開いたのはラーハルトだ。
「お前、次から買い物するときは一言相談しろ。そう来るのは計算外だった」
「悪かった。隠すつもりはなかった」
「しかも、色だけかと思ったら厚さも織りも俺の買ったものと全く同じじゃないか」
「それはお前の審美眼にかなって何よりだ」
この偶然には、どちらともなく、笑いがこみあげた。
夜半、眠りについた頃。
窓の外に一瞬、光が刺す。それから、ぱぁんぱぁんと、乾いた音が弾ける。二人して即座に身を起こし、窓に駆け寄る。
「閃光弾にしては火が細かく、多くはないか……?」
「違う、あれは花火だ」
「あれが。聞いたことはあったが、見るのは初めてだ」
二人ででまるで魅入られるように夜空と、爆ぜる無数の火花を仰ぐ。打ち上げ音がやみ、ふと、見下ろすと、まだ街の灯も明るく、人々が笑いながら装い、往来を歩いていた。きらびやかな楽隊から音楽が軽やかに流れる。露天の鍋には真っ白い湯気が立ち昇る。
「この分だと、一晩中店が開くようだな」
「行ってみるか」
暦が変わる。
真夜中の花火に、夜通しの明かり。
弦を鳴らす調べに、小麦と肉が蒸し上がる香り。
冷えた床に触れる飛び起きた裸足にさえ、何故だが言いしれない高揚感があった。手早く着替えて準備をすませると二人は部屋の扉を開ける。
それぞれに受け取った、真新しい贈り物を手にして。
〈おわり〉